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10年モノの彼と、彼をめぐる冒険の物語問題

「ものごとって結局さ、出会いで始まって別れで終わると思うんだ」
彼はいつものように、まるでこの世の真理を発見したかのごとく、至極当たり前のことを話し始めた。「すべての本が表紙で始まって裏表紙で終わるようにね」

「まぁ、そうなのかもね。」そう答えた僕の頭の中では、ビートルズの「ハロー・グッバイ」がおもむろに数小節分流れた。

それは彼との出会いからもう10年が経とうとしているときの出来事だった。10年という年月を考えると、確かに彼との別れの時期が近づいてきているというのもまた否定しがたい事実であった。

どうやら今度こそ本当にお別れなのかな、と思いつつ、もう何度ヒマつぶしに読んだかわからない彼の文章を改めて読んだ。

日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。

なんかかっこよさげだ。僕も人生で一度くらいこういうかんじのことを要請してみたい。


余談であるが、表紙に大きく描かれているのは十六一重表菊(じゅうろくひとえおもてきく)であるが、この紋章が国章だと定めた法律はなく、慣例的に国章に準じた扱いを受けているだけに過ぎない(突然の司馬遼太郎風)

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(wikipedia 「日本国旅券」より)


思い返せば、初めてマイパスポート君に出会ったのは、大学生の時に人生初の友人との海外旅行に行くのに取得した時だった。

「うわー、俺友達と海外行っちゃうぜー、大学生だぜー」と思ったのを今でも覚えている。
ちなみにガチでCAさんが何言っているかもアメリカ入国審査官が何言っているのかも全くわからなかった。つらたんだった。


そこから、数々の苦難を共にしてきた。

友人とカンボジアに旅行して最終日に散財し、最後に飛行機に乗ろうと思ったら「君のチケット予約できてないよ、今日の予約は締め切ってるからまた明日来てね」と残金17ドルで空港で1人追い返された時も、パスポートはそばにいてくれた。

クロアチアからハンガリーに抜ける寝台列車に乗ったときも、それなりによさげな寝台列車予約したかと思ったら椅子はめっちゃボロいうえに直角から動かないしよくわからん物乞いのおっさんめっちゃ近寄ってくるしアジア人自分だけでめっちゃジロジロ見られた時も、パスポートはそばにいてくれた。

ペルーからボリビアの国境越えバスで、スペイン語で謎にまくしたてられバスから降ろされしかもバスはどっか行っちゃって文字通り途方に暮れた時も、パスポートはそばにいてくれた。
(ちなみにその時はペンギン帽子を被ったスペイン語と英語が喋れるイスラエル人のおっさん(通称ペンギンのおっさん)が助けてくれた)


海外なんてほぼ行ったことなかった自分が、バックパッカーなり仕事なりで海外に気軽に行けるようになっていく過程を見守っていてくれたのがこのパスポートである。

入国時に毎回書かされるから、パスポート番号もすっかり丸暗記してしまった。それくらいに相思相愛だった。



また、パスポートの写真が大学1年生の時に撮った写真なため、髪色結構明るい&パーマかかってる&なぜかカメラ睨みつけているというなかなかイキったかんじなのだが、

一度「パスポート写真若すぎてうけるー」と言われたのに気をよくして、社会人になってから何かの飲み会で「俺パスポートの写真大学生時代のやつなんで結構はっちゃけてるんですよww」と言って見せたところ、

「あー、まぁ若いけど、自分で言ってくるからにはもっとすごいのかと思ったわ」と言われてしまった。

「期待値コントロールが大事」という社会人の基本もパスポートは教えてくれた。



そんなパスポートとも、ついにお別れである。古いパスポートは穴あけ後もらえるとはいえ、もう使えない時点でパスポートではなくなってしまってしまうのである。見た目は彼であるが、中身は彼ではなくなってしまうのだ。

でも、20代を共に過ごした仲なので別れは辛いが、新たな30代の相棒との出会いでもある。そうやって自分を奮い立たせ、パスポートに押された数々の入国出国スタンプを懐かしく見直しながら、東京都の旅券窓口に向かった。


いつだって別れは辛いが、旅券窓口のおばちゃんはこれまで何人もの別れを見届けてきた、いわば別れ見届けのプロである。そんなおばちゃんに、しっかりと引導を渡してもらおう。

そう心を決め、おばちゃんにパスポートを差し出した。

おばちゃんは、パスポートをパラパラめくり、おもむろに口を開いた。

「このパスポート有効期限切れてますね。新規発給申請になるので、本籍地の川崎市で戸籍謄本取ってまた来てください」


なんと、彼は既に彼ではなくなっていたのだ。
いつだって、別れは突然気づかぬうちに訪れるのであった。

-完-



p.s.「まぁもう有効期限過ぎちゃったんだし、コロナで海外行く予定も当分ないし、いつかやればいーや」となって1か月近く放置されています。今度だれか一緒にパスポート更新行きましょう。




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