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#3 定期券を返却しただけの話










新型コロナウイルス感染拡大を受け、会社がしばらく閉鎖になった。

完全に自粛モードをきめ込みたいところだったが、会社からの指示で一度しか使うことのなかった4月に通う予定だった会社とは別の仕事現場までの定期券を払い戻ししてもらうために急行の停まる駅まで出向いた。

必要書類を記入し、さすがに客のいない受付に向かうと対応してくださったのは"研修中"のバッジをつけたなんだか初々しい男性だった。

後ろには見守り要員であろう駅員さんがいた。

新卒社員さんなのかもしれないな…大変なこのご時世に入社して準備されていたマニュアルにはないような気配りも必要とされているんだろうな…

本来なら入社早々気にしなくてもよかったこと・慣れて余裕が出てきたら徐々に覚えていくべきイレギュラーなことが今一番に彼らには強いられているのかもしれないと思うとなんだか不平等だなあとも思えてくるが、それも仕事でそれが仕事なんだろう。


仕事ができなくなってしまったからしなければならないことがあるわたしみたいな人間の生活を支えてくれるのは結局そんな時でもお休みできず仕事をしてくれている人たちの存在なのだなぁと頭の片隅で考えながら、言われるがままに手続きを進め控えをもらった。

「ありがとうございますー。」
そう言って控えを財布にしまいながら立ち去ろうとしたら
「あっ…今から(最寄)までそのままお帰りになられたりしますか?」
「…?えぇ、はい。」
「でしたら切符出しますので…!こちらそのまま改札通してもらえれば…」
「ぁ、ありがとうございます…」
「お気をつけて…!」
「…お気をつけて。どうも。」


会社までのIC定期の中に最寄りから訪れた駅までの区間が含まれていたのだが、その場で咄嗟に「あっ、(最寄)からここまでが含まれてる定期はPASMOに入ってるので大丈夫です」なんて言えなかった。

これこれこういうわけでお金かけずに帰れますなんて言うのが煩わしかったってのもあるが、研修中である彼の機転の利いた優しさを突き返すような勇気はわたしにはなかったのだ。




改札どこから入ろう

なんて日常ほとんど考えることなかったが
切符を通せる改札をキョロキョロ確認しながら入ろうとすると、生憎電車から人が降りてくるタイミングだったようだ。

通ろうとする改札の向かいから人がやってきて
横にズレるとIC専用でまた横にズレるとまたIC専用で
さらに横にズレるとまた人が向かいからやってきて…

1回くらいこっちからサッと切符を入れて通ってしまえばいいじゃないかって思うがどうしても譲りたくなってしまうのが性で
譲って隣にズレてを繰り返した結果、自分の乗るホーム側から入ろうと最初に挑んだ改札から最終的には最も離れた反対ホーム側の改札までスライドされていた自分が情けなくてちょっと笑った。


これがもしも自分と同じようにホームに入ろうとしている人が後ろに並んでいたら、それこそ後ろの人たちに迷惑をかけることになるわけで


人は生きてるだけで無意識に知らない人間にいじわるをしてしまうことがあるんだろうな。






最寄りに着いて家に着くまでに

(最寄)→(現場)

の定期券という情報量だけで、スタート地点がわたしの最寄りであるとは限らないのにわたしがそこに帰るかもしれないとすぐに推理したのシンプルに頭の回転早いなあ。

切符勿体なかったかな…勿体なかったよな…

でもあの場で要らないですって返して(あっ、そうですか…)ってちょっと悲しくなって次同じようなシチュエーションに遭遇した際に気持ち言いづらくなってしまう新人さんの気持ちをなんとなく想定できてしまうしな…

受け取った優しさを無駄にしたくなくてちゃんと使ったし…

許してほしい(誰に許してもらうんだろうか)


なんて自分の小並感に呆れながら見た青空と並木の桜は綺麗だった。皮肉なもんだ。

そういや桜の花は受粉すると花の中心が赤くなるらしいよって中学生頃好きだった図書委員の先輩が言ってたっけな。えっちだなあ…。




また平穏な日常が戻ってきたらきっとあの研修中の新人さんは誰よりも活躍できる若手社員さんになっているだろう。

だからどうか健康でいてほしい。ありがとう。


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