私が私になる前に(2)
学校の最寄駅を二つ離れた駅から、歩いて30分ほどの住宅街に並んでいる紗英の家に着くまで、話す時間は充分にある。彼女は敢えてバスを使わず、途中のコンビニでスナック菓子を三つほど買った。
「安いスナック菓子に抵抗なく手が出ちゃう女の子は嫌い?」
コンビニを出るなり彼女は言う。
「好きなものを食べれば良いよ。それに僕は女性を好きにはならない」
私は表情を変えずに返した。
「私、まあまあ胸大きい方だと思うんだけど、それもドキドキしないんだ?好きになる性が違うってそういうことなのかな」
「魅力的な女性なんだろうなということはわかるよ。賢くて人付き合いもいい。僕みたいな奴に自分から声をかける女性なんて、君が初めてだったよ」
「これは、口説かれてるって事でおーけい?なかなかやり手なのかこう見えて!」
「逆だよ。口説く気がないからこんな平常心で正直に伝えることが出来るんだ」
彼女は私の返答を意に介さず、魅力的という一言で既に別世界に飛んでいる様だった。
「付き合うなら付き合うで、彼女は早々に家にあげるものなの普通?」
女性に限らず、振られたこの日初めての告白以外、恋愛とは無縁の生活を送ってきた。告白と同時に家に誘う彼女には、正直不安がある。
「普通なんてないよ。私の都合が良くて、君にとっては早いに越したことはないと思って。それよりさ、最初の質問に答えてよ。彼のどんな所が好きなの?」
彼女の言っている意味がやはりわからない。どこか引っかかる様な言い回しが余計に私を不安にさせる。
「彼のことだけど、単純に顔が好きだよ。野球のことは詳しくないけど、スポーツ出来るのも魅力的だと思うし、委員会がたまたま一緒で、一緒に働いて、それで、普通に素敵だなと思っただけ。ありきたりな魅力が、十分に備わってる。それって運命的なきっかけよりも断然恋に落ちる要素だと思う。完璧な人なんていないのはわかってる。けど彼は、好きになるのも烏滸がましいくらい魅力的な人だと思うよ」
彼のことを思うと、自然と言葉が溢れてきた。振り方さえも模範解答の様な棘のない彼のことだ、その彼女もきっと幸せに違いない。
「可愛いね、そういう所好きだよ。彼のことが好きな君を好きになったんだと思う。彼はとても幸せ者だねぇ、嫉妬で刺し殺しちゃいそうだよ」
「そんな物騒なこと言う人と付き合うなんて御免だよ、やっぱり来るんじゃなかった」
わざとらしく怯える私を笑いながら、彼女は腕を掴んできた。
「冗談だってば!とは言っても逃しはしないよ!」
言うなり何なり、彼女の家に着いてしまった様だ。彼女は立ち止まって口を開いた。
「今更なんだけど、付き合ってくれなくても家に誘う事はやめないよ。これは私が君を好きな以前に、君が君自身を好きになってもらうための、きっかけの一つに過ぎないんだから」
「言っている意味がわからない」
誘われるまま、私は彼女の家の敷居を跨いだ。