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弾丸・信州上田行(3)
ー食欲は焦りを抑える特効薬
わずかに空いたクルマの窓。どうか悪い輩に目を付けられないようにと祈りつつ、蕎麦屋「刀屋」(長野県上田市)の前にできた長い列に向かう。奧さんを見つけると、すでにお品書きを手にしていて、それを見ながら思案顔。何を注文しようか悩んでいたらしい。クルマが故障して窓が閉まらないと伝えても、あまりピンと来ていない。一緒にお品書きに目を落とすと、いったん萎えたはずの食欲がどんどん膨らみ、さっきまでの焦りや苛立ちがさほど気にならなくなっていた。驚くべき食欲の効果。
連載「弾丸・信州上田行」シリーズ:「(1)迷子のイヤリング」「(2)窓閉まらずも蕎麦屋へ」
手の平返し
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古風な佇まいの刀屋。この蕎麦屋を最初の行く先に選んだ奧さんによると、この店は文豪・池波正太郎が通った蕎麦屋としても知られているらしい。日除けのよしずが立てかけてあって、それがまた一層、歴史情緒を掻き立てる。『鬼平犯科帳』『剣客商売』に登場しても、ちっともおかしくない。
先にお品書きを渡されていた奧さんと一緒にどれを頼むか吟味する。実はこの後、蕎麦屋をはしごしようという計画もあり、天ちらし(天ぷら盛り合わせ、税込み850円)と、それぞれもりそば普通盛り(同800円)を頼むことに。一応、腹八分目。自重したつもりだ。
ところが、注文を聞きに来た店のおばちゃんが奧さんを諫める。曰く、「うちのもりそばは普通盛りでも、通常のせいろの3枚分ありますけど、大丈夫ですか」。これにたじろいだ奧さん。悩み抜いた挙げ句、もりそば中盛り(同750円)に急きょ変更。手の平返しはダサいぜ、奧さん。
いざ出陣
「麺が切れて打ち直しますので、もう20、30分お待ちください」と、さっきのおばちゃんに言われるも、そんなことでへこたれるはずもなく、根気強く並ぶ。それどころか、ちょっと焦らされて期待がどんどん膨らむ。そして、いよいよその瞬間。「次の方どうぞ」と声がかかった。
いざ出陣。文豪が愛した信州そばを味わってやろうぞ。(続く)
(写真:『りすの独り言』トップ画像/刀屋の暖簾=奧さん撮影)
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