アズーリの10年を振り返る #01
本連載の概要
UEFA EURO 2020(サッカー欧州選手権2020大会)は、準決勝と決勝をPK戦で制したイタリアの優勝で幕を閉じた。イタリアは2006年のW杯ドイツ大会での優勝後、15年ぶりのメジャータイトル獲得である。この記事では、2010年代のメジャー大会を中心に、筆者の主観でアズーリ(イタリア代表の愛称)について改めて見ていく。
初回となる今回は、上記の期間全体を概観するとともに、2010年のW杯南アフリカ大会までの状況を簡単に振り返る。
メジャー大会の結果
W杯ドイツ大会優勝後、アズーリの成績は以下の表のようになっている。
結果だけを並べると、芳しい結果を残せないW杯が続いている一方で、EUROでの成績は安定。EURO2012と2020での準優勝、優勝はもちろん素晴らしいが、準々決勝で敗退した2008年大会も、優勝したスペインにPK戦の末に敗れての結果である。同じく準々決勝敗退となった2016年大会でも、グループリーグ(GL)では優勝候補のベルギーを、ラウンド16ではスペインをそれぞれ 2 - 0 で破り、準々決勝ではドイツを相手にPK戦まで持ち込んで敗れている。
EURO2008での状況
「優勝したスペインを相手にPK戦で敗退した」という点だけを見れば、優勝に値するチームであったかのような印象にもなる。しかし、実際にはその戦力が十分に機能した大会ではなかった。言うまでもなくイタリアサッカーの特徴は「カテナッチョ(かんぬき)」と呼ばれる卓越した守備力をベースにしていること。現代サッカーにおいて守備偏重あるいは攻撃偏重のチームはほぼなくなったが、それでもイタリアと言えば守備の国である。「失点しなければ負けない」のサッカーができることは、この国の代表チームとしての大前提であることに変わりはない。
ロベルト・ドナドーニ監督が招集したEURO2008の選手は、2年前のW杯優勝メンバーが中心だった。ジャンルイジ・ブッフォン、ジェンナーロ・ガットゥーゾ、アレッサンドロ・デル・ピエロ、アンドレア・ピルロ、ルカ・トーニといった顔ぶれである。W杯優勝後に加わったメンバーでは、アントニオ・カッサーノやジョルジョ・キエッリーニといった選手が参加している。
しかしW杯優勝の立役者となった守備の大黒柱、ファビオ・カンナバーロはトレーニング中に負傷。出場不可能となってしまった。
カンナバーロを欠いたチームで臨んだEURO2008ではグループリーグの3試合で4失点。中でも初戦はオランダを相手に 0 - 3 の完敗を喫した。続くルーマニア戦も 1 - 1 の引き分け。第3戦のフランス戦でピルロのPKとダニエレ・デロッシのラッキーなゴールで 2 -0 と勝利し、グループ2位で決勝トーナメント進出となっている。オランダ戦の敗戦の影響は大きかった。この敗戦によって1位通過が叶わず、その結果、準々決勝でスペインと対戦することになったのである。
その準々決勝では、アズーリはスペインを相手に無失点で120分を戦い切ってみせた。しかし見事な守備とは対照的に攻撃には厚みがなく、ボール保持の安定感もスペインが上回った。イタリアは累積警告でピルロとガットゥーゾを欠いており、特にピルロ不在の影響は大きく、攻め手が非常に限られた末にPK戦に辿り着いた。
そしてそのPK戦で、最終キッカーとなったセスク・ファブレガスがゴールネットを揺らした瞬間から、スペインの黄金時代が始まったと言っていい。
この大会の4試合で徐々に明らかになってきたのは、守備陣を中心に世代交代が進んでいないことと、ピルロがいない場合に攻撃の選択肢が限られてしまうことの2点である。そしてこれらの問題の芽は大きく育ってしまい、南アフリカでの屈辱的な結果につながることとなる。
2010年W杯の悲劇
W杯南アフリカ大会の話に入る前に、その前年に行われたコンフェデレーションズカップ2009の結果を確認しておく必要があるだろう。
結果はブラジル、アメリカ、エジプトと同居したグループリーグで敗退。ブラジルに敗れたのは仕方ないとしても、エジプトを相手に1点も取れなかったリッピ率いるチームの限界は見えていた。シモーネ・ペペやリッカルド・モントリーボといった選手も招集されていたが、主力がベテラン勢ばかりのチームに勢いはなく、W杯優勝監督のリッピをもってしても大きな不安を露呈した結果となった。
そして迎えたW杯南アフリカ大会。前回王者のイタリアはグループリーグで敗退する。W杯で前回の優勝国がグループリーグ敗退となるのは、2002年日韓大会のフランス、2014年ブラジル大会のスペイン、2018年ロシア大会のドイツというように、近年はジンクスとも言えるような状況になっているが、これらの中でも主力の老朽化に起因して敗退した印象が強いのは2010年大会のイタリアだ。
パラグアイとニュージーランドを相手に2戦連続で 1 - 1 のドロー。第3戦でスロバキアに 2 - 3 と敗れた。守護神ブッフォンが初戦のパラグアイ戦前半のみの出場となり、DF陣の不安定さも顕著でズルズルと失点を重ねたことに加え、負傷によりまたもピルロが出場できず(第3戦の途中出場のみ)、チームとして効果的な戦いができないまま敗退した。
2年前にPK戦で勝敗を分けた両チームの差が格段に広がっていることを見せつけられたのである。
この大会でのイタリアのDF陣は、ドメニコ・クリシート、ジョルジョ・キエッリーニ、ファビオ・カンナバーロ、ジャンルカ・ザンブロッタ。36歳となったカンナバーロの衰えは明らかで、4年前では考えられないような失点を重ねた。ザンブロッタも攻守両面に以前のような輝きはなく、ベテランの力に頼ったリッピのチームは格下の相手にも成す術なく敗れたという印象を残した。
プラス材料は、限られてはいるものの若手選手がこの後のアズーリを支えていくための経験を積めたことだろう。ベテランの守備陣に交じって奮闘したキエッリーニを筆頭に、モントリーボも他の選手とは異なるリズムのボールタッチで躍動。クラウディオ・マルキージオも豊富な運動量を見せ、存在感を示したとは言える。こうした材料があっただけに、途中交代で投入される選手にもアントニオ・ディ・ナターレやマウロ・カモラネージといったベテランが目立った点は、リッピの残念な采配だったように感じられる。