ハジマリハ深い谷底から　二章　滅びの足音②

2023年6月28日 19:00

はじめに

　そこそこ原稿の蓄積ができましたので、短期集中的に更新を再開します。
今回の更新内容全体をざっくり述べると、嵐の前の静けさというところでしょうか。
　ですので、ちょっと足りないなと感じるかもしれませんが、ご了承ください。

二章　滅びの足音②

首都東京の中心部。旧江戸城を改造して造られた皇族の住まう地は、古来より継承する儀式を執り行う施設から、攻撃を受けた際に防衛できるように要塞化の工夫が凝らされている。

中でも皇居宮殿表御座所は、帝が執務を行う専用の執務室があり、他にも外国の要人を接待する部屋や、式典を執り行う部屋が存在するいわば来客向けの宮殿である。この日、帝は来客に備え執務室で報告書を読んでいた。

「……また、同胞(はらから)が高天原へ旅立ったか」
　僕は過日軍部より提出されていた、ラシア大陸の現状について記載された報告書を読み呟く。かつて直接手を組み交わした同胞は故郷の地を踏むこともなく、異邦の地に骸を晒しうち捨てられている。その事実が私の心を痛め、これから起きる悲劇を予感させていた。

「世界の終わりが来たのか、それとも僕らの終わりが近づいているのか……」
　僕は報告書を机に置き椅子に体を預け天井を仰ぎ見る。じきに吉田君が何らかの提案を引っ提げてやってくるだろう。僕はそれに同意するべきだろうか？　今樺太で戦っている同胞は大丈夫だろうか？　幻獣の本島上陸を許せば民に犠牲が出る。そうなる前に民をせめてこの東京に疎開させるべきだ。問題は民にどう伝えるべきか……か。

「――失礼致します。陛下、吉田首相がお見えです」
「わかった。直ぐにいく」
　僕が考えを巡らせていると、正面入り口のドアを開け侍従長が入室。そう伝えてきた。僕は応接間に向かうべく立ち上がり執務室を後にした。

応接間に入室すると吉田君が直立で僕を待っていた。応接間は１０畳程度の洋室で上座に応接用の机と椅子が用意されており、来客者には長椅子のみ与えられている。基本的に一対一で対話するように作られている部屋だ。

「掛けなさい。吉田君」
僕は上座の応接席に座りそう促すと、吉田君は後ろに用意された長椅子に座る。
「軍部から報告は受けている――手短にいこう。どうする？」

「先程統幕議長らから、北海道住民に向けて避難訓練を実施してはどうかと提案を受けました。私としても穏便に事を運ぶには丁度良い案と思っています」
　僕の問いに吉田君は穏やかに答えた。僕は机に手を置き思案する。確かにその名目なら納得して民は行動するだろう……が、余計な不安を撒くことにならないか？

「では、どこまで情報を公開する？　全部公開してしまえば混乱は避けられないよ」
「そうですなぁ……ひとまず、大陸で戦う我が軍が劣勢であるくらいの抽象的な内容でよろしいかと。万が一のためと伝えればそれほど動揺を誘うことにならないでしょうな」

「実際は樺太を突破されつつある状況で、北海道上陸は時間の問題なわけだけど、君達は何処まで想定している？」
「……北海道で抑え込みます」
　僕の真意を問う言葉に吉田君は顔を引き締め述べた。なるほど、北海道を蹂躙されても、本島への上陸は抑える込むつもりでいるわけか。ならば、責任はきっちりとらせて地獄に行って貰おう。

「君達の意向は大体わかった。ならば、北海道に住まう民には僕から直接言葉を伝えよう」
「――えっ？　よろしいのですか？」
　僕の言葉が思いがけなかったのか吉田君はそう訊き返す。

「その方が君が伝えるよりいくらか説得力が増すだろうからね。代わりに万時抜かりなく事を実施するように。良いね？」
「――はっ、はい。承知致しました！」

　多少語気を強めた僕の言葉に吉田君はそう答え立礼する。僕は一度大きく息を吐き立ち上がり応接間を後にした。有史以来敗北を続けてきた僕らに果たして逆転の機会は訪れるのだろうか？　それとも、このまま滅びるのが人類の定めなのだろうか？

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