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幻獣戦争 1章 1-2不在の代償まとめ版

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1章 1-2不在の代償まとめ版

 翌日、用意された自室で目を覚ました俺は、田代本部長お付きの副官の案内で食堂に向かい、朝食を済ませ九州要塞の教育棟へ赴く。座学室前で俺は副官と別れ中で講義が始まるのを待った。
 座学室は広く大学の講義室のような造りで、俺はその一番左端先頭の席に座っていた。程なくして朝食を終えたのであろう教育中の隊員達が入室し始める。

 入り方は様々でおよそ30~40人程度の隊員達が席に座っていく。が、残念な事に俺の事は気にしていないようだ。一応上官のはずだがなあ……
 他の隊員達が座り終えると遅れて指導教官が入室。教官は教壇に立つ寸前俺に気づく。
「全員起立!」
『あっ!』と、表情を変え教壇に立ち直ぐに発声。その号令に従い俺も起立。

「比良坂陸将に敬礼!」
 教官は俺を見て敬礼を向けてくれた。俺は敬礼を返し続いて隊員の敬礼を返す。
「着席!」
 教官が号令すると隊員達は速やかに着席。どうやら俺に驚いているようで、興味津々に視線を向けているのがわかる。しかし、態度変わりすぎだろ……

「本日は怪我で長らく前線から離れていた比良坂陸将と一緒に座学に励んでもらう。陸将。本日座学を担当させて頂きます南綾香一等陸曹であります。よろしくお願い致します」
 陸曹は俺を見てそう述べる。
「よろしく頼む」
「では、皆陸将に質問したいこともあるだろうが座学を始める」
 俺の相槌を軽く流して綾香陸曹は隊員達に目を向け言う。
「復習になるが我々の敵、幻獣についてから始める。現在日本国内で観測されている幻獣タイプはいくつある?」
 陸曹は隊員達に投げかける。

「大きくわけて、大型、中型、小型の3タイプであります」
 隊員の一人が手を上げ立ち上がり答え座る。陸曹は頷き、教壇に設置されているプロジェクターを起動させ、備えられているスクリーンを降ろし映像を映し出す。
「そうだ。まず小型タイプから話していこう。小型タイプには3種類の幻獣が居る。一つは欧州の神話に登場するゴブリン種、宗教で馴染みのある天使種、それから日本で確認された鬼人と呼ばれている角を生やした鬼人種だ。この3種は我々人間とあまり変わらないサイズで、我々が持つ銃火器でも十分対応が可能だ。しかし、この小型タイプの中に通常弾が通用しないタイプの幻獣が現れ始めた。こいつらへの対応には魔弾が必要になる。ここまでは良いな」
 陸曹は順に述べ続ける。

「君達の中にもいるだろうが、魔弾は特殊な術者にしか作ることが出来ない。そこで開発されたのが現在様々な兵器に運用されている封魔鉄だ」
 陸曹は封魔鉄の映像を出し解説する。
「この封魔鉄が使用されている弾丸は魔弾と同程度の効果があり、人類の技術と精霊が共同で開発し量産化にこぎ着けたものだ。諸君らが任地に赴いた先では必ず通常の弾倉と封魔鉄の弾倉が渡される。使い分けを忘れて無様に殺されるなよ」
 そう総括すると陸曹は次に中型幻獣の資料を映す。

「さて中型タイプに移るが、中型には様々なタイプが居る。蜘蛛型、憑依型、タウロス型、オーガ型、大体の襲撃にはこの中型から指揮官型が出没する。陸将、指揮官型のご説明願います」
 陸曹は唐突に俺を指名してきた。別に眠いわけではないのだが……仕方ない。
「いわゆる群れのボスだな。解っているのはそいつを倒すと周辺の幻獣も消えてなくなるということだ。大体のケースでは群れの後方に控えていることが多い。誤解されがちだが決して弱いわけではない。むしろ戦闘力はずば抜けている。戦う時は用心するに越したことはない。これで良いかな? 綾香陸曹」
「ありがとうございます。では、続けて各タイプを順にみていこう」
 俺の着席を待ち陸曹は頷きスクリーンの映像を切り替える。

「まずは蜘蛛型だ。こいつの見た目はハエトリグモのような姿をしているが、小型幻獣のキャリアーとしての機能も持っている厄介なタイプだ。大きさは戦車の4倍程度で戦車より機動性がある。加えて我々でいうところの機関砲と榴弾砲を装備している。機甲課希望の者はこいつを見たら優先して撃破しろ。普通科隊員の損害を減らすことと同時に乗っている戦力を潰すことが出来る」
 陸曹はそう解説して映像を切り替える。次は憑依型のようだ。

「次に憑依型だ。霧状の幻獣と言われているが詳しくはわかっていない。なぜなら生きて情報を持って帰ってきたものが居ないうえに滅多に遭遇しない。残念だが貴官らが見かけるケースは憑依された後の幻獣だ。こいつは多くの場合、ヘリや足の速い車両に憑りついた状態で現れる」
 軽く咳払いして陸曹は次の映像に切り替える。最後はタウロス型とオーガ型だ。

「次にまとめるが、タウロス型とオーガ型だ。タウロス型は先日熊本県益城群に現れた個体と同じだ。動きはそれほどでもないが装甲が厚く、火力も生体ミサイルを使ってくるので極めて強力と言って差し支えない。我々でいうところの戦車に位置する幻獣だ。最後にオーガ型だ。見た目は牛の化け物だがこいつは実に厄介で、タウロス型よりも大型で俊敏であるため機甲車両での対応は困難だ。加えてオーガ型の多くは近接武器をもって接近戦を挑んでくる。しかし、それだけではない。生体ミサイルを持ちタウロス型と同様に装甲も分厚い。諸君らの中に戦略機に乗る者が居れば、このオーガ型と戦うこともあるだろうから覚悟しておくことだな」
 そこまで解説して陸曹は俺を見る。最後は大型幻獣だ。これは俺が現役の頃日本では2種観測されている……が、まさか俺に解説しろというのか?

「陸将。大型幻獣の解説をお願いします」
 陸曹はそう言って映像を切り替えた。俺が接触した戦艦の形状をした幻獣と亀のような形状の幻獣、その2種が映されている……ということは、増えていないということか?
「仕方ない。陸曹、確認するが新型は見つかっていないのだな?」
「はっ。肯定であります」
 俺の問いに陸曹は即答して敬礼する。講義中にしなくて良いだろ……まったく。

「では、大型幻獣について説明する。これは戦場で見るのは稀な存在だ。現在というより俺が昔撃破したタイプは、戦艦の形状をしたタイプと亀のような形状のタイプだ。この2種類の共通している点は一つ」
 俺はため息交じりに述べ言葉を止める。
「火力がとてつもなく強力で、そいつらだけで要塞レベルの戦力を保有しているという点だ。もし戦場で見かけたら速やかに司令部に指示を仰げ。いや、仰ぎながら逃げろ」
 改めて隊員達に向き直し伝える。無駄死には軍人の仕事ではない。聞いていた隊員達の一人が手上げて立ち上がった。
 俺は促し言葉を待つ。

「逃げろって、我々が逃げてしまったら民間人を守る者が居なくなります。それは構わないのですか?」
「無論良くはない。だが勝てない相手に立ち向かうのは君達の仕事ではない。君達が簡単に死んでしまったら民間人を守る者が居なくなり、ひいては態勢に影響が出てしまう。繰り返すが、太刀打ちできない相手に無理やり挑むのは我々の仕事ではない」
 隊員の投げかけに俺は断言する。無謀と勇気は別だ。
「では、陸将はどうやってこいつらを倒したのですか?」
「やつらのコアを破壊して倒したよ」
 続けて問う隊員に俺は淡々と答える。この先の質問は聞かなくてもわかる。

「僕らにもそれは可能ではないのですか?」
「無論可能かもしれないが、9割9分ここにいる皆が全滅する」
 隊員の尤もな疑問に俺は即答する。事実俺以外皆戦場に散った。
「そんな――」
 俺の言葉に隊員は愕然とする。
「こいつは近接戦闘をする相手ではない。可能なら超長距離射撃で仕留める相手だ。俺の頃はそんな装備がなかったので、所属していた部隊は俺を残して死んだよ」
「もっもうしわけありません!」
 隊員は今更察したのか慌ててそう言って立礼する。そう、もう思い出したくない過去の話だ。

「いや、良い。気にしないでくれ。綾香陸曹、これで良いか?」
「ありがとうございました! では、午前中はここまでとする。各自昼食後、再び戻ってくるように」
 質問が終ったと悟り俺は陸曹に目を向け投げかける。陸曹は速やかに抗議終了を宣言。隊員達は立礼すると退室していく。
「大して変わってなくて安心したよ」
「喜ぶべきことかもしれませんね。ですが、戦況は悪化しています」
 俺がそう言葉を漏らすと機材を片付けている陸曹は淡々と述べた。
「それも午後から講義してくれるのか?」
「午後からは戦略機が主な内容です。戦況については講義終了後に個別で報告させて頂きます」
 確認がてらの俺の問いに片付けを終えた陸曹はそう答え敬礼する。

「わかった。では午後また戻ってくるよ」
 俺は軽く答え敬礼を返し教室から退室した。
 

  昼食を終え再び座学室へ戻ってくると、綾香陸曹と他の隊員達が既に集まっており、立礼して俺を迎えてくれた。俺は敬礼を返し午前中と同じ席に座りそれ合わせ他の隊員達も座る。
「では、午後の講義に入る。午後は諸君らの中から今後乗る者が現れるかもしれない戦略歩行人型戦闘機。通称戦略機についてだ。心して聞くように」
 陸曹はそう前置き、既に準備していたスクリーンに74式戦略機を映し出す。

「まず戦略機が生まれた経緯についてだが、誰かこの経緯について正確に答えられる者はいるか?」
 陸曹は隊員達に向かって問いを投げかける。その言葉に隊員達は沈黙する。

「よろしい。では解説する。幻獣戦争開戦当初、世界各国の軍部は人型兵器の開発を考えていなかった。当時はタウロス型や蜘蛛型が幻獣の主力でこいつらは比較的機動力がない。裏を返せば、戦車やヘリ、戦闘機で十分に対応が可能だということだ。加えて、戦術的に見て兵器を人型にするメリットは殆どない。自分から的になるようなものだからな。ではなぜ開発されたか。それは近接戦闘を得意とするオーガ型が登場したためだ。装甲が厚く機動力が高速車両並みの化け物。オーガ型の機動力に戦車は対応できないが、それだけでは戦略機を開発する理由にはならない。オーガ型は近接戦闘力が非常に高い、接近されたらあっというまに戦線を破壊される。これが問題だった。戦車には格闘戦ができないからな」
 陸曹は一度頷きそこまで解説すると一呼吸おき続ける。

「このオーガ型の登場により人類は敗北に次ぐ敗北を重ね、欧州が壊滅しラシア大陸は幻獣の支配下に置かれた。当然その余波は我が日本にも及び、満州は幻獣の手により壊滅。深刻な被害により人類はオーガ型への対応可能な兵器の開発が急務となった。世界各国で兵器研究が始まり、当初既存兵器を改修することをベースに研究を進められた。そうして生まれたのが我が国の場合、61式戦車をベースに改修された61式戦略機だ。61式は下半身を車体にしたまま砲塔部を人間の上半身の形状に改修、それに伴い兵装も新たに開発された。しかし、一定の戦果は挙げたがオーガ型の近接戦闘への対応がまだ不十分で、加えて弾薬をそれほど多く搭載できない欠点があった。この2点から最終的に量産化には至らなかった」
 そこで陸曹は隊員達が寝ていないか確認する。

「次に61式戦略機のノウハウをベースに新たな戦略機開発計画がスタートする。74式戦略機の開発だ。74式戦略機は車両の方はすぐに完成し配備されていった。しかし、人型化させるには技術蓄積が圧倒的に足りず開発陣は頭を悩ませた。というより匙を投げた。当時は敗戦濃厚で技術確立する前に人類が滅びると予想されていたからな。だが、そんな時世でも諦めなかった人間が居た。そう、帝だ。先帝は『相手がインチキしているのだからこちらもインチキをすれば良い』と、そう語り八百万の神々、精霊を日本に降ろす事に成功する。これが人類と精霊との初めての接触になる。八百万の神々は我々に積極的に協力してくれた。科学と魔法が手を結び、精霊からもたらされた知恵と力により、人型ロボット技術が飛躍的に向上し精霊の力、霊力を行使するための動力、神霊機関が開発された。この機関は一般的にはフォースエンジンと呼ばれている」
 寝ていないと確認し終えるとそこまで解説して、今度は俺に目を向けてきた。さすがに寝るわけにはいかないが、眠くなるのも事実だ。

「神霊機関が完成したことにより74式戦車の改良が進められ、それと同時に戦略機用の装備も本格的に生産されていく。今諸君らが見かけている74式戦略機は最近改修されたものだ。当時は変形機構をオミットした完全な人型兵器、74式B型、通信システムに特化したC型、装甲と火力を重視したD型、機動力と火力を重視したE型、指揮官用のF型、最後にそれらすべてのノウハウが集約され、諸君らが良く見る可変タイプのG型が現在でも活躍している。また、派生型として普通科隊員支援用の87式戦略機や、89式戦略機などがある」
 そこまで言って陸曹は87式と89式の映像をスクリーンに映す。

「87式と89式は小型幻獣及び蜘蛛型に対応するために開発が進められたもので、装備は74式と違い重機関砲が主武装。61式に近いモデルになっている」
 綾香陸曹は補足するように言葉を添えた。そう、この2機種のおかげで圧倒的に普通科の損害が少なくなった。昔戦っていた頃は重宝しすぎたうえに、弾を使い過ぎで上層部に文句を言われっぱなしだったな。
 続けて、終わりなのか陸曹は90式戦略機と10式戦略機の映像をまとめて映す。

「その後、74式のノウハウをベースに諸君らがニュース等でよく見かける90式戦略機の開発がスタートする。こちらは完全な上位互換機を作ることを前提に設計がされ、74式よりさらに大型化した。火力、装甲を重視した結果だな。しかし、74式に比べ機動力がやや劣る結果となり、そのノウハウが現在の主力戦略機として生産が進められている10式へ受け継がれる形となった。90式と10式の大きな違いは、オプションパーツのバリエーションだ。90式はどちらかというと車両に予め装備させるタイプで、10式は作戦に合わせて装備を換装するタイプだ」
 説明し終えると陸曹は改めて隊員達を見る。

「最後になるが、この戦略機に乗るには適性が必要になる。精霊と同調しやすい者、簡単に言ってしまうと霊能力のようなものだが、これから先諸君らにはその適性検査を受ける時が来る。適性がなかったからと言って腐らず訓練に励んでほしい。では、解散!」
 陸曹は最後にそう宣言して座学は終了。隊員達は立礼して座学室から各々退室していく。

「では、現在の戦況を報告します陸将」
 スクリーンを切り替え日本地図が映し出された。そのうちの隠岐の島、対馬、奥尻島、沖縄が赤く塗られている。戦況は俺が居た時と変わらないようだが?
「ああ。頼む」
「こちらの地図には反映されていませんが、現在、隠岐の島、佐渡島、対馬、奥尻島、沖縄に加えて四国が制圧され、欧州戦線では新型の幻獣が確認されています」
 促す俺に綾香陸曹は淡々と答える。俺は愕然とした。たった4年でこうも変わるのか……しかも、多くの仲間を失ってまで取り返した佐渡島までまた奪われている。

「……俺達の努力は無駄だったんだな」
「それは違います。陸将、貴方が佐渡島を取り戻してくれたから、私達に希望を見せてくれたから、今戦場では多くの仲間が奮起してくれているのです。なにより新しい隊員が志願してきてくれている。貴方が創った道は未来に続いているのよ!」
 ため息交じりに消沈する俺を陸曹は鼓舞するように演説する。しかし、俺は冷めた視線を送るしかできなかった。
「……なあ、それは仲間や上司を失ってまでやることだったのか?」
「――貴方だけが特別仲間を失っているわけじゃない! 私だって、今も前線で戦っている人間だってみんな同じように失っているわ!」
 俺の態度がよほど気に食わないのか陸曹はそう当たり散らす。

「そう、皆同じだ。だったら俺がやる必要性はないだろ。君が英雄をやればいい。他の奴らだってそうだ。何故俺なんだ? 何故俺に賭けようとするんだ!」
「……」
 俺の言葉に陸曹は返す言葉が見つからず沈黙する。

「俺はただ、逝ってしまった戦友達の笑顔が守りたかっただけだ! なのに俺だけおいてけぼりにしやがって……俺は、俺はこんな未来を望んでいたわけじゃない! 俺が守りたかったのは人類の未来なんかじゃない。仲間達の未来こそ俺が守りたかったものだ。俺一人残っても仕方がないんだよ」
「陸将……私には貴方にかけてあげる言葉を持ち合わせておりません。申し訳ありません」
 気づくと眼がしらに涙が滲み、陸曹は俺の心中をおもんぱかって沈痛な面持ちで言葉を漏らす。程度がどうであれ彼女もまた同じなのだ。同じ傷を抱えているが故に舐めあうわけにはいかない。

「つまらない話をしたな――話を戻そう。新型の幻獣とは何だ? ドラゴンでも出たのか?」
「――っ!? はい。まさにご明察の通りです。飛行型の幻獣が観測されました。しかも、戦車より硬いそうです」
 俺の切り替えに驚きながら陸曹は答える。このくらいの切り替えをしなければ指揮官はやっていられない。
「そうか。元から制空権はあってないようなものだから、戦術レベルで対策を考えないといかんな。時期にこちらでも観測されるだろう」
「恐らく陸将の予想は当たると思います。それから、空自でも人型の採用が始まりました」
 こともなげに呟く俺に陸曹も同意する。

「そいつは良いな。戦術の幅が広がる。ところで佐渡島が再び奪われた原因は?」
「佐渡島海上に大型幻獣が出現。制海権を奪われたためやむなく放棄したそうです」
 俺の質問に陸曹は淡々と答えた。
「そうか――戦艦タイプか?」
 陸曹の答えに俺は納得して頷き訊き返す。奴らの強さは身に染みて理解している。
「形状は違いますが、上層部はそうだろうと結論を出しています」
「なるほどな。となると瀬戸内にも同様の奴が胡坐をかいていてもおかしくないな」
 陸曹の言葉に俺は現状を勘案しながら呟く。

「国内の現況は以上です。現在自衛軍は散発的に出現する幻獣への対応が主任務になっています。それから世界、国外の状況についてですが……」
「――芳しくないみたいだな」
 俺の問いに陸曹は静かに頷きスクリーンの地図を世界地図に切り替えた。同時に表示された世界地図の大陸北西部が赤くマーキングされる。まず欧州から説明するようだ。

「そうですね……まずは欧州から説明させて頂きます。現在の欧州は、幻獣の本拠地と目されるラング帝国とランス王国を境に国境沿いで激しい防衛戦が繰り広げられています。そのため人的資源の損失が著しく敗戦が近い事が予想されています」
 続けて陸曹は地図中央ラシア大陸全体を赤くマーキングする。欧州……幻獣戦争始まりの地であり70年余続く激戦地。欧州一丸となって頑強に抵抗を続けている他方で、幻獣が欧州人民を嬲り続ける地とも言われている。幻獣の戦力から鑑みれば既に欧州は瓦解していてもおかしくはない。

「次に大陸ラシア連合ですが、満州崩壊後河北から済州が激戦地となり劣勢を覆せないまま戦線が押され、首都を大陸から門島に遷都する情報があがっています。同様に我が国と同盟関係にあるスラビア連邦は、ノーム州に撤収後防衛戦力の一部を樺太と大陸ラシア連合に合流させ共に戦線を支えています」
 陸曹は説明を終えると大西洋の先、東部メリア大陸を赤くマーキングする。幻獣戦争勃発前までは世界最大規模の軍事力と経済力を有していたメリア連合だ。我国とも同盟関係にあるがその実情は侵略に近い形になっている……さて、どうなっていることやら。

「それから、スラビア連邦にノーム州を居住地として提供したメリア連合についてですが、幻獣の侵攻によりメリア大陸西部全域が主戦場となり、殲滅のため使用した戦術核の影響で西部地域全域は汚染された大地と化しています。しかし、現在も大陸西部全域で幻獣との戦闘は続いており、国民の安全確保のために日本へ居住地の提供を要求。現政府との外交交渉が難航しております」

「やっこさんの我儘ぶりは今でも健在なわけか。先の世界大戦では負けたわけでもないのに横須賀、三浦を盗られた挙句もっとよこせか……他にも要求してきているんじゃないか?」
 困った口ぶりで呟く俺に陸曹は頷き報告を続ける。そう言えば退官する前も連合とは揉めていると言う噂を耳にしていたが、4年経っても丸くなっていないわけか。悲しいというか寂しいものがある……仲間割れをしている場合ではないと思うのは俺だけなのかもしれないな。

「はい。神霊(フォース)機関(エンジン)の技術(ブラック)情報(ボックス)開示や国連軍(メリア連合軍)が速やかに展開できるよう国内法の改正など、かの国の要求は止まる事を知りません」
「神霊機関の技術情報? 各国で生産できるよう殆ど開示していたはずじゃないのか?」
「陸将のお言葉通り製造に必要な情報は提供しております。しかし、どうもメリア連合は精霊に頼らない神霊機関の開発を目指しているようで、いくつかの工程で実現不可能な技術が使われていると誤解しているようです」
「確か神霊機関のコアユニットは、精霊か精霊を媒介できる術者にしか作れないはずだが、連合には術者と呼べる人間が居なかったな」

「はい。そのためコアユニットだけは我々が製造し輸出という形式をとっています。ですが、連合の技術者は正しい認識をできる人間が居ないようです」
「ふふっ陸曹も中々言うじゃないか。しかし、核か……確か欧州も使っていたな」
「はい。欧州では開戦初期に運用され多くの犠牲者を出しています」
「核を使っても尚、奴らと対等に戦えない。このどうしようもない事実が連合の焦る理由なんだろうな」
 陸曹の回答に俺は寂しく呟く。開戦当初は砲弾ひとつで消えていた存在が砲弾をものともしない存在になり、倒しても復活する存在となった。今でこそ封魔鉄と精霊のおかげで何とかなってはいるものの、およそ生物の理から外れた存在に人類は勝利し得るのか? そんな疑問が多くの人間に焦りを生ませているのだろう……誰だって逃げたくなるさ。

「――トリア共和国との仲はどうなんだ?」
「変わらず友好な関係を築けております。南極方面から侵攻してくる幻獣に手を焼いているようですが、日本、ひいては世界の兵站を担っている自負はあるようで生産拠点の被害は出ておりません。また、幻獣による通商破壊も現時点では発生しておらず物資の供給に問題はありません」

 俺の問いに陸曹は、日本より南方に位置するトリア大陸をマーキングして答える。現世界において最も被害が少ないトリア共和国。南極方面に位置するこの国は幻獣戦争勃発後、世界のエネルギー、食糧、産業の供給国として世界中の国々から出資を受け開拓され、現在では世界の胃袋、生命線として戦場と現存する国々を支えている。特に日本との交易関係は深く、トリア共和国との供給ラインが絶たれたら、戦況はより厳しいものになるだろう。

「それが唯一の嬉しい情報か。メリア連合と政府の動向は注視しておいた方が良いか」
「はい。それから確認はとれておりませんが、どうやら連合はスラビア連邦に居住地提供の対価として、戦力の提供を迫っているようでして現在情報部が調査中です」
「なるほどな。家賃を払えと迫っているわけか。連邦もさぞ肩身が狭いだろうな」

 陸曹の追加情報に俺は呆れ気味に頷く。連合はこの状況下で世界征服でもやる気なのだろうか? 世界征服した後に待っているのは幻獣による破滅だけだと思うんだがなあ……それとも奴らを殲滅できる算段でもあるのだろうか? いや、あったら自国を放射線まみれにするわけがない……
「報告は以上です。陸将、今後の予定ですが……」
「座学以外に何かあるのか?」
「はい、パイロット訓練です。若本陸将補から『勘を取り戻せ』と、言伝されています」
 陸曹は俺の問いに答える形で述べた。

「そうか――編制に時間かかるようだな」
「いえ、それも来週までには完了させる予定だそうです」
 そう察した俺の呟きに陸曹はそう補足する。
「あいつ本当に手際が良いが、無茶苦茶だな」
 俺はこれまでの事を思い返しぼやく。復帰に昇進、やることは通常の手続きからかけ離れすぎている。
「陸将が戻ってきた時点で十分無茶苦茶だと思いますが?」
「ははっ言うじゃないか。これからも新人達をよろしくな」
 そんな俺を陸曹は苦笑しつつ茶化してきた。俺はその事実に同意する。確かに無茶苦茶だ。とても軍隊がやる事じゃない。

「はっ! 新兵の教育は私の使命です」
「そうか……では、失礼するよ」
 胸を張る陸曹を見て俺は立礼し座学室を後にした。
 使命か。彼女の使命がそうなら俺の使命は世界を救うことなのか? 考えても答えなんぞ出てこないか……

 座学室を出ると待ち構えていたのか勇司と出くわした。
「どうした?」
「まだ渡していなかったからな」
 何気なし声をかける俺に、勇司はそう言ってIDカード付きの身分証を差し出す。
「そういえば持っていなかったな」
「どうした? 階級が不服なのか?」
 俺は受け取り確認する。その様子を見て勇司は不思議そうに軽口を叩く。身分証の階級は陸将と書かれている。呼ばれていたからそうだろうが実際に見ると改めて実感するもんだ。

「いやそうじゃない。本当に陸将なのかってな」
「因みに俺はお前の部下になるので陸将補になる。が、このくらいの地位になるともう階級は関係ないだろうな」
 俺は感慨深く答える。現在の自衛軍の階級では最上位に位置している。これより上の階級は幕僚長と作戦本部長くらいしかない。しかし、そんな俺を勇司は対面なんぞ気にするなと鼻で笑う。
「そうだな。年上の……年上なのか?」
 俺は勇司の年齢を知らなかったことに気づき、思わず問いかけてしまった。

「勿論だ。今年で35になる」
「そりゃよかった。年上のあんたに敬語なんぞ使われたら気味悪くて仕方ない」
「そうか? 敬語が良ければそうしてやらんでもないぞ?」
 俺の反応が面白いのか冗談交じりに勇司は言う。
「やめてくれ。帰りたくなっちまう」
「ふはははは。なら、やめておこう」
 俺の困り顔が余程面白かったのか勇司は高らかに笑う。
「ところで、部隊編制の方はどうだ?」

「既に承認は得ているからな。もうじきお前にとって懐かしい顔ぶれが着任するはずだ。ああ、忘れていたがお前の執務室も用意しなければいかんな」
「やっぱ事務処理はあるのか……」
 勇司の言葉に俺は露骨に嫌な顔をする。将官になるとやはり事務仕事が多くなる。それは前もって経験済みであるが、昔は色んな意味で膨大な手続き処理をしたもんだ。
「そう嫌な顔するな。俺だけでは手が回らないんでな――頼むぞ、相棒☆」
 まるで、一人だけ天国にはいかせまいと地獄の笑みで勇司は言う。

「やめてくれ、その悪魔の笑顔は――笑っちまうだろ」
「はっはっは。そうだ部隊編制と言えばお前の副官人事だが、これがまだ決まっていない」
 俺がツッコミをいれると、勇司は笑いながら話したかったのであろう話題を切り出した。
「……そうか。麗奈は止めてくれ。あいつは副官向きじゃない」
 俺は少し思案して言葉を口にして廊下を何気なしに歩き始めた。時刻は昼過ぎ、15時くらいだろうか? 廊下の窓から見える外の景色は、若干日が沈み始めており夕暮れになりつつある。

「理由はそれだけではないだろう?」
「そうだな」
 俺に続いて隣を歩き問う勇司に一言頷く。副官は必要だが正直に言えばどうするべきか迷っている。しかし、俺と同レベルの技量を持つ人間を傍に置いても意味はない。
「副官で思い出したがお前、結婚はまだだろ?」
 勇司はわざとらしく質問してきた。
「そうだが、それがどうかしたか?」
「折角だから、結婚相手を副官にするのはどうだ?」
 俺は訳が分からず問い返すが、茶化したいのか勇司はそうのたまった。

「おい、気は確かか?」
「至って真面目だがね。ま、考えておくといいさ」
 馬鹿じゃねえのか。と、言い返す俺を見て勇司はこともなげに言い返す。
「副官か……正直、俺には彼女しかいなかったな」
「――水原黄泉一尉か。実のところ言うと彼女は生きている」
 俺は懐かしむように呟く。すると、勇司はさらりと有り得ないことを言ってきた。
「冗談はよせ。彼女は佐渡島で……」
「そう、死んだはずだった。が、お前が奇跡を起こした」
 辛くなり言葉を詰まらせる俺に勇司は淡々と述べる。

「どういうことだ?」
「彼女は君に力を与えるために死の直前に八百万の神々、精霊と同化したらしい」
 困惑する俺に構わず勇司は驚愕の事実を突き付ける。奇跡? 何のことだ?
「じゃあなにか? 俺があの大型幻獣を倒せたのは……」
「そう、ぼろぼろのお前に生きて欲しくて力を貸したそうだ。奇跡を起こす力をな」
「……そうか。俺はてっきり……」
 たまたま生き残ったのではなく彼女のおかげなのか。
「だが精霊と同化した彼女はお前の心に触れてしまった。そのせいで彼女は直接再会するのを躊躇った。自分の見えないところで、本当はずっと泣きながら戦っていた事に気づかされたそうだ」
「……そうか」
 勇司の情報に俺は何も言うことが出来なかった。彼女が生きていたことは嬉しい。嬉しいが、何とも言えない複雑な心境でもある。

「どうやら、副官は決まっているようだな」
「おい!」
 俺の様子に勇司は再びそうのたまった。冗談言うな。俺は彼女を副官にするとは言っていないぞ!
「これ以上何か言うのは野暮だな――連れてこよう。後は君達で解決してくれ」
「……」
 揶揄うように勇司は言う。何か手は無いか? 俺はワザと閉口して何か手段がないか思案する。
「さて、一番の難題が片付いた事だし仕事に戻るとするか」
「おい! 俺は同意していないぞ!」
 軽口を叩くように告げる勇司に俺は苦し紛れに抗議する。

「意義は認めない」
「俺は、階級が上なんだがなあ」
 俺は切り札を使うように嘯いた。ここは会社ではない。自衛軍だ。階級が上の人間には逆らうことは出来ない……はずだ。
「ほう……なら、さらに上に上申するだけだ」
「――クソっ」
 しかし、勇司はこともなげに言い返す。やっぱダメか。俺は悪態をつくことしかできなかった。この少し抜けた色男に勝つことは難しいようだ。
「はっはっは。何年裏方をやっていると思うのかね? 私に階級なんぞ何の役にも立たんぞ! はっはっは」
「なあ、どんな顔して会えばいい?」
 敗北を認めた俺が面白いのか勇司は高笑いをあげる。俺は気にせず真面目に問う。ぼろぼろに泣いて悲しんだ人間が生きているとわかったのだ。どんな顔で会えば良いんだ?

「そう深く考えなくてもいいさ。そうだ。暇なら格納庫でも覗きに行ってみたらどうだ?」
「……? 何故だ?」
 勇司は悩むなと気さくに答え言ってきた。言葉の意図が読めず俺は問い返す。
「IDカード、渡したからな」
「ああ、そういうことか。なら行ってみるか」
 勇司は手に持っているIDカードを指して答える。この後の予定が特にない俺はその提案に乗ることにした。
「じゃあ、俺はこの辺で失礼する……きっかけは用意したぞ」
 そう言って軽く会釈する何かを呟きと勇司は去っていった。
 俺は気にせず軽く会釈を返し逆方向の格納庫へ向かった。 
 

「彼らしいなぁ……」
 これが僕の率直な感想だった。若本陸将補から連絡を受けた時、驚きこそすれ予想を裏切るほどではなかった。僕は鬼籍に入った連中よりも付き合いが長く、幼少の時から家族ぐるみで彼と交流がある。僕が彼と出会った頃、彼に両親は既になく代わりに祖父母が親代わりをしていた。まあ、不幸な境遇かというと、昔も今もその辺に転がっている普通の家庭環境でそんなことはない。ただ一緒に居た時間が長い分、仲間の中でもダントツに彼の性格を熟知している自負はある。

 九州要塞近辺で幻獣が発生した時、いよいよ敵の大攻勢かと身構えたが、結果はいつもと同じ小規模なテロ活動。蠢動に近いもので、いつも通り要塞の弾薬庫が腹ペコになるオチつき。本部長のため息が聞こえてくる気がするが、彼女の戦略は間違っておらず人的被害が殆どないのがそれを裏づけている。

 只、彼と違い単に雑なだけだ。そんな彼がたまたま現場に居合わせてボスを撃破する英雄的な事件が起きているのは出来過ぎで、奴らが彼を狙って現れたのではないかと疑いもした。しかし、そんな出来過ぎた運命力の補正なんぞ彼にかかるわけがない。そんな補正がかかるなら今のような状況に陥っているわけが無い。本当にたまたまそこに居合わせて巻き込まれたというところだろう。彼の運が良かったのは戦略機が目の前に転がっていた点。幻獣にとって不運だったのは彼が乗って戦ったという点。もしかすればそのまま彼はそこで死んでいたのかもしれない。ほんの僅な差が彼の命を救ったのだ。

 そんな彼の最大の不幸は本部長達に捕まってしまった点だろう。復帰するしかない状況に追い込まれ、まるで自分の意志で復帰したかのような錯覚を持たされているに違いない。彼は今も千切れかけの枝そのもの。大丈夫そうに見えるのは、その枝がやたらめった丈夫で硬質だからだ。誰かが樹脂で固めて包帯を巻いてやらねばならない。それに気づいて補強してやれるのは僕しかいない。

 彼と別れてから4年。ここ自衛軍鹿屋基地の基地司令を任されてから惰眠を貪る毎日だったが、それも今日でおしまい……のはずだ。もしかしたら僕を要塞に呼び戻すための口実かもしれない。実際に顔を出してみたら既に彼が帰宅していた……なんていうオチも十分に考えられる。情報部の若本と言う男は軍部、政界共に死神と揶揄され恐れられている人物だ。本当に彼を復帰させるつもりなのか怪しく感じてしまう。本部長に計画書が提出されていることと技術部が裏で動いていること、この二つの事実があってもやはり彼の顔を見るまで信じることは出来ない。

 僕は基地執務室で基地副司令への引継ぎの資料と、決裁が必要な書類の処理を手早く済せたところで、呼びつけた基地副司令に口頭で後任を依頼。戦略機で要塞へ向う事にした。そちらの方が一番早い。副司令はとても嫌そうな顔をしていたが、後付けで昇進させると言ったら喜んで引き受けてくれた。まあ、僕が居ても基地業務の殆どは副司令がしていたし、僕が抜けたら自動的に昇進するのに、喜ぶほどのことじゃないはずなんだけどなぁ……
 この日の夕刻、僕は九州要塞に無事たどり着き格納庫の整備タラップに降り立った。そこで戦略機を見上げる彼の姿を見かけ安堵する――さて、どう声をかけてあげよう?

  勇司と別れ格納庫に着いた俺はその足で機体が置かれている整備区画へ向かう。整備区画は自衛軍重要区画のため、IDカードによる認証がなければ開けることが出来ない扉で固められている。俺はその扉の前に立ちIDカードを扉のリーダーにかざす。ピーっと音がして扉のロックが解除され整備区画への道が開いた。因みにパイロットスーツを着ていた場合は、生体認証で自動的に開くようになっていたはずだ。無論昔の話だが恐らく今でもそうだろう。

 整備区画の長い廊下を抜け出ると、機体が置かれている区画に辿り着く。ところかしこに懐かしい兵器が並ぶ光景が目に飛び込んでくる。手前には、最新型の10式戦車とその戦略機版、90式戦略機が並び、奥の方には74式、87式、89式、装甲車両が区画を分けて整然と並んでいるのがわかる。やはり兵器が並ぶ姿は壮観だ。

 俺はその足で90式戦略機が置かれているスペースに向かい、正面に立ち見上げる。整備中の隊員達が、突然やってきた俺を不思議そうに見るが構わず眺める。昔懐かしい俺の愛機だった90式は、74式と違い武骨なデザインで胸部、腕、足、各部に装甲が増設され多少角ばったボディになっているが、それに見合うだけの防御力を備え、右手から肩に移った一二〇ミリ滑空砲は多くの幻獣を打ち抜いてきた。

 また、変形機構をオミットすることによって、脚部と肩部にコンテナミサイルを搭載して推進力と積載力を向上。大型バックパックを装備させることができるようになった。後期生産型はこのオミットタイプが重宝され多くの90式が改修されていった。また、それに伴い、一二〇ミリ滑空砲も取り回しが良くなるように大型バックパックへ搭載され、滑空砲以外にも大口径のガトリングや多連装ロケット砲など、様々なバリエーションが生まれていった。この90式で培った技術は10式に継承され、90式より小型で大火力を実現した。

 俺が最後に乗っていた頃は当時愛機だった10式をぶっ壊されて、基地に残ってた90式を無理やり改修して戦ったけな……懐かしいが、やはり思い出すと辛くなる。
「色々あったなぁ……」
 俺は90式を見上げたまま感慨深くポツリと呟く。
「おや、ここは民間の方は立ち入り禁止ですよ?」
 不意に皮肉交じりの声を掛けられ、俺は声の方へ振り向く。視線の先にはパイロットスーツを着た男が立っていた。帰還したばかりなのか、ヘルメットをわき抱え男は俺に近づいてくる。

「……」
「……おかえりなさい」
 かける言葉が出ない俺をよそに男は隣に立つと、同様にかけて良い言葉がみつからないのかそう言った。
「……ただいま」
「良かったんですか? 戻ってきて」
 一言返す俺に男はやさしく問いかける。
「正直に言えば、良かったとは言えないな」
 俺は短く答えた。

「舞人、貴方が決めて戻ってきたなら僕は何も言いません。ですが、もしそうじゃないなら――」
「なあ一樹。どうも俺の周りには諦めが悪い奴らが多いらしい」
 俺は一樹の言葉を遮り言う。小野(おの)一樹(いつき)一等陸佐、俺の親友にして生き残っている唯一の戦友だった男。肩の階級腕章からするとその地位になる。どうやら昇進しているらしい。4年もたてば昇進もするか……
「ええ。人類も精霊も諦めが悪いんですよ……でも、一番タチが悪いのは舞人、貴方ですよ」
 俺に微笑みを向け一樹は言う。
「俺がか?」
「何も諦めていない癖に諦めたフリをしているんですからね」
 俺は一樹に、どうして? と目を向ける。すると、一樹は俺の核心を突くよう告げる。

「俺は――」
「だってそうでしょう? 現にこうやって復帰しているんですからね」
 一樹は俺の言葉を遮って言うと微笑んだ。
「ふっはは……そうだな。俺はタチが悪いんだろうな」
「若本陸将補から貴方が復帰したと連絡を受けたとき、なんの冗談かと思いました」
 微笑みに釣られ笑う俺に一樹は肩をすくめ言う。
「だろうな」
 その言葉に俺も同意する。自分でも信じられないくらいだ。

「正直、僕らを嵌めて殺す気なのかとさえ疑いましたよ」
「お前にとって勇司はどういう人間なんだよ……」
 冗談と受け取れない例えで言う一樹に俺はうんざりする。
「そのくらい驚いたという事ですよ……水原さんの事は聞いてますか?」
「聞いたよ。なあ、どんな顔をして会えば良い?」
 あっけらかんに答え改めて訊ねてくる一樹に俺は相談するように問う。
「気にしなくて大丈夫ですよ――ああ、一人で会うのが怖いんでしょ?」
 一樹は微笑んだまま気づいたように疑問を投げかける。

「俺は、別に……」
「図星ですね。何年貴方の相棒をしていると思っているんですか……ははっ。大丈夫、私も同席しましょう」
 反射的に肩を揺らす俺の狼狽ぶりに一樹は悟ったように笑い答えた。
「そうか! ありがとう」
「そんな所は昔とちっとも変わりませんね。本当」
 俺の豹変ぶりに一樹は困ったように呟く。今も変わらず本当に頼りになる。

「ははっ。すまん」
「良いんですよ……本当に舞人なんですね」
 バツ悪そうに軽く答える俺を、何処か安堵した素振りで一樹は呟く。
「どういう意味だ?」
「本当に無事でよかった。悪しき夢に憑りつかれているかもしれない。そう思っていたんですよ」
 俺は意味が解らず訊き返すが、一樹はそう言って胸を撫でおろしているようだった。皆に心配をかけてしまっているんだな……本当にすまない。
「……そうか」
「今度は私も付き合います。だから、余計な心配はなしです」
 一樹は笑みを消し決意に満ちた顔で言う。佐渡島の時を気にしているのか? あの時一樹は負傷して後方に下がっていたからな。こいつが居ればひょっとすればあんなことにはならなかったかもしれない……意味のない仮定だな。

「ありがとう」
「覚えておいてください――私は貴方を見捨てない。他の人間が見捨てても、貴方が傷つき動けなくても、決して」
 俺の言葉に一樹は覚悟を決めているのか言葉を続ける。
「――これからもよろしく頼む。一樹」
 真友が帰ってきたのだ。こんなに嬉しいことは無い。
「ええ、任せてください。それと麗奈さんの事は知っていますか?」
 そう話題を変え一樹は俺に訊く。
「何の事だ?」
「降格されて一等陸佐として貴方の幕僚に加わる件です」
 俺の問いに一樹はそう答えた。どうやらある程度情報を持っているようだが、勇司のやつ俺には何も言わないんだな……

「そうかぁ。勇司のやつ結局手元におかせたいのか」
 俺はため息交じりに思案する。幕僚においてもあいつが消耗するだけなんだよな。
「そうらしいですね。でも、彼女にも休養が必要ですよ」
 心配しているのか一樹はそう告げる。
「お前から見てもそう見えるのか?」
「そうですね。貴方と同じようにぼろぼろです。一緒に戦わせるのは止めた方が良いかと」
 俺がそう訊くと一樹は頷き断言する。
「……休養がてらに新人教育に回してみるか」
 俺は考えをまとめ呟く。しかし、あいつの性格を考えると……
「中々良いポストですね。新人のレベルが格段と上がりそうだ」
「まあ、喧嘩になるだろうがやむを得ないか」
 満足げに頷く一樹に俺は困り顔で述べた。

「そこはしょうがいないでしょうね。彼女からすればお払い箱と言われるようなもの、なんでしょう。そう言うつもりがなくても」
「そうだな、あいつは変なところで視野が狭くなるからな」
 その意見に俺も同意する。昔から跳ねっかえりでツンデレのような奴だからな、麗奈は。
「彼女、頑張り屋さんですから――貴方と同じで」
「俺は我慢しているだけだ。ところで俺達の機体はどうなるんだろうな?」
 そう言って微笑む一樹を俺は軽く否定する。いつも言いたいことを言わずに戦ってきたからな。

「10式が回ってくるらしいですよ。部隊全員最新装備になるらしいです」
「そうか。本部長、本気なんだな」
 一樹はそう答え目の前の90式に目を移す。俺もそれにつられ90式に目を移した。
「いえ、若本さんが大分手を回しているみたいですよ」
 俺の言葉に一樹はそう補足する。
「――なるほど。あいつが無双しているのが目に浮かぶよ」
「物資も大分無茶言ってかき集めて、九州内の軍事メーカーにも手を伸ばして技術陣を無理やり連れてきているみたいです」
 冗談交じり呟く俺に知っている限りではと、付け加え一樹は言う。あいつがお得意の情報で相手を手玉に取っているのが目に浮かぶ。

「あいつは俺達を本当に最強にする気か?」
 俺はそう疑問を投げかける。あいつは世界を救うと言っていたが……正直冗談かと思っていた。
「でしょうね。決して負けない。負けても諦めない不屈の師団にするんでしょうね」
「笑えないな」
 自分がそう望むように一樹は言う。しかし、俺は冷淡に返す。そう、本当に笑えない――だって、あいつらは……
「だって貴方がボスなんですから。不屈の第13機械化連隊の再来です」
「そいつらは佐渡島で死んだ」
 そう、自身に言い聞かせるように俺は答える。皆、俺を庇い、俺に託し、砲火に焼かれていった――今でもあの時の光景が目に浮かぶ。

「いいえ、まだ死んではいない。貴方が居る。貴方が生きている限り決して死なない。それに今度は僕らが居る。だから、決して負けない」
「一樹……」
 鼓舞するように言う一樹に俺は力なく呟くことしかできなかった。
「どんな経緯であれ舞人、貴方は奇蹟を起こしたんです! だからもっと胸をはるべきだ! 貴方の事を笑う奴が居れば、私はそいつを絶対に許さない」
 一樹は熱く断言する。胸を張れと、顔を上げろと言っているのだ。

「……ありがとう」
 俺はそう絞りだすのが精一杯だった。我ながら涙脆くなったもんだ。
「――さて、食事でもどうですか?」
「……そう言えばそんな時間だな。行くか」
 大きく息を吐き、一樹は俺の様子を見てまた話題を変える。俺は目頭を拭い外に目を向けた。いつの間にか夕陽が沈みはじめていた。
「ええ。行きましょう」
 一樹は促すように頷き、俺達は食堂へ向かうため格納庫を後にした。 

 舞人と別れた後、俺は作戦本部長室を訪れていた。田代作戦本部長に進捗状況を報告するためだ。俺達はお互いに応接用のソファに腰を掛け、俺は本部長の言葉を待っていた。
「しかし、随分と無茶をしたもんだな。関西と関東から物資の供出とは、奴さん達渋らなかったかね?」
 本部長は応接用テーブルに広げられている資料を確認しながら対面に座る俺に問う。

「そうでもありません。少し揺さぶっただけです。それにこちらの要求している量はつまるところ奴らが持っている総量の3割程度です。向こうの生産拠点の多さからすれば、ひと月もすれば元通りですからね」
「それはそうだが……まあ、野暮な話だな。しかし、内閣は本当に学度動員を議会に提出する気だったとはな。正直あきれて何も言えんよ」
 あっけらかんと答える俺に本部長はため息交じりにぼやく。

「ええ、まったく。学生を煽って動員しても碌なことにはなりません。未来ある若者の将来を優先して奪うなど正気の沙汰じゃない」
「そうだな。それに、そんな事をしてしまうと君という死神がやってきてしまうからなぁ」
「私は死神のように手を下しませんよ。ただ、相手が勝手に死ぬだけです」
 冗談交じりに言う本部長に対して俺はしたり顔で答える。
「はっはっはっは。怖い怖い」
「ところで比良坂君達の機体についてだが……新型の神霊機関とやらは大丈夫なのかね?」
 本部長は軽く笑い咳払いをすると話題を変え、改めて俺に質問する。

「はい。報告によれば封魔鉄に精霊達の死骸、『メタンハイドレート』を加えた結果、封魔鉄が新しい霊力生み出すエネルギー物質に変化したそうです」
「ふうむ。にわかには信じられないが」
 俺の報告を聞きながら顎に手をやり、本部長は呟き該当資料を手にとり目を通す。
「報告では新たな封魔鉄は、ほぼ無尽蔵にエネルギーを放射し続けるとのことです。これを神霊機関の新たな動力にすることでパイロットに負担をかけた初期稼働をより低減させ、加えて機体の大幅な性能向上が見込めます」
「それを彼らが乗る10式に搭載するわけか」
 本部長は俺の報告に納得して頷き資料の頁をめくる。

「はい。その新型神霊機関の先行タイプを搭載させ、得られたデータを基に最終的には自衛軍全体に配備します。それからもう一つ、変質した封魔鉄は従来の封魔鉄より強度が増し、幻獣に対して大幅な攻撃力を備えていることが確認されています」
「試したのかね?」
 そう補足すると、本部長は資料から目を外して俺を見て問い返してきた。
「はい。比良坂陸将が試してくれました」
「――そうか。あの74式は新型弾頭の試射試験前の車両だったな」
 俺の回答に、忘れていたと、思い出して本部長は呟く。

「彼が祝詞を加えたのも増加の一因でしょうが、それを差し引いてもかなりの威力になっています」
「そうか。しかし、うちの技術部はえらく優秀――神代博士達か」
 俺の言葉に本部長は驚くそぶりを見せるが、すぐに天才が居たことに気づいたようだ。
「はい。神代姉妹、創造の神を宿らせた彼女達をやる気にさせるには苦労しましたよ」
「最近の人事異動は全部そのせいかね?」
 うんざりしている俺の反応を見て、本部長は気になっていたのかそう質問する。

「はい。彼女達の無茶ぶりには骨が折れました」
「その成果が10式と空母加賀の改造か」
 本当にそうだ……これか先もあの天才達の好き勝手にさせなければいけない事実があるだけで、俺の胃に穴が空きそうになる。そんな俺を気にせず再び報告資料に目を戻して本部長は呟く。
「はい。新型神霊機関の完成に目途が立ったことにより、超大型の戦闘母艦の実現が可能になりました」
「だが間に合うかね? 四国攻略までに」
 抜かりはないかね? と本部長は問う。

「それはこれからの方針次第でしょうが、恐らく大丈夫かと」
「そうか……ここまでやって勝てなかったら人類はいよいよ終わりかもしれんな」
 予想の範疇でしかありませんが、と、付け加え俺は答える。あいつの方針次第だからこればかりは確実な事は言えない。本部長は難しい顔をして、読み終えた資料を応接用テーブルに置いた。

「必ず勝ちます。舞人ならやってくれます。それに新型の神霊機関と新封魔鉄。この情報を欧州に流してやればまだしばらく欧州戦線は持つでしょう」
「連邦と連合には渡さないのかね?」
「今これを彼らに渡したら総力をかけて全てを奪いに来るでしょうな」
 本部長の疑問に俺はあっさりと返答する。
「それだけひっ迫しているという事か……」
「自国の領土が殆ど無くなってしまっている国と、自国が核の放射線で汚染されている国です。何をしでかすかは容易に想像できる」

 本部長の言葉に俺は敢えて私見を述べた。両国共に最悪の状態に陥っているのは、誰がみても明らかで、その状況で起死回生の手を差し伸べれば奪いに来るのは必然だ。
「だから、関西と関東を楯にするわけか」
「今まで散々英雄を酷使してボロボロにしてくれましたからね。今度は我々の番です」

 察する本部長に俺は静かに宣言する。馬鹿共が政治的野心や私心を優先した結果が今のあいつだ。俺はあいつとはまだ付き合いはそれほどではないが、あいつの活躍はいつも耳に入ってきていた。あいつの活躍を聞くたびに何故か嬉しく勇気づけられる自分が居た。裏舞台で何が起きていたかを知っているからこそ俺は奴らを許さない。
「――それについては、私も罰を受けるべきなのだろうな」
「それをあいつは望んでいません。だから、私は貴方だけは許します」
「代わりに苦労しろという事か――はっはっは」
 俺の真意を理解してか本部長はそう言って軽く笑う。

「ええ。大変でしょうがよろしくお願いします」
「任せてくれたまえ。余計な横やりが入らないよう根回しはしておこう。が、君も無理は程ほどにな」
 頭を下げる俺に本部長は軽く応じる。
「――お心遣い、感謝します」
「はっはっは。しかし、準備する方は大変だな」
「ええ。まったく」
 本当は佐渡島の前にこのくらいの事はしてやりたかった。だが、彼女達は最後まで首を縦に振らなかった。それが当時の俺の限界だった。俺の相槌に本部長は話に一区切りついたと感じ、懐からフルベントシェイプを取り出す。

「ところでメタンハイドレートは確か海中にあるのだろう? 採掘は大丈夫なのかね?」
 そう質問しながら、本部長はシェイプに煙草をいれに火をつけ軽く吸う。
「現在のところ九州近海に限定していますが、これといった妨害もなく採掘できています」
「ふむ、採掘量の方は?」
 本部長は煙草を吸いながらさらに質問する。
「輸出してもおつりが返ってくる程度の貯蔵量だと聴いています」
「なら、当面はそちらより封魔鉄か……鉄鉱石は十分かね?」
 俺がそう答えると煙草を吸いながら、思案する素振りを見せ本部長はさらに訊いてきた。

「そちらも海底採掘の際に採取できていますので、当面は問題ないと思われます」
「よろしい。しかし、メタンハイドレート、精霊の死骸か……ひょっとすれば我々は太古の昔から守られていたのかもしれんなあ」
 俺が問題ないと答えると、本部長はロマンを求めるように呟き煙草を吸う。
「八百万の神々、精霊達にですか……」
「そう、でなければこんな非常識な戦争が起きるわけがない」
 俺が思案して言葉を漏らすと、長年思っていたのか本部長はそう言った。

「幻獣、我々の敵は一体何なのでしょうな」
「うむ。本当にたった一人の男が祈っただけで、あんな化け物どもが出現するとはにわかに信じられない」
 俺は何処か遠くを見るように応じる。お互いに答えを持ち合わせていないのだ。本部長はわかっている事実を確認するように感嘆と述べる。

「ですが、事実侵略された地域には青十字の旗が確認されています」
「そう。だが、それも答えのひとかけらに過ぎないのかもしれない」
 わかっている。と、本部長は煙草を吸う。
「もしかすれば、何者かがこうなるように予め世界を呪っていたのかもしれませんね」
「裏に控えている者が何者であれ、我々は倒さねばならない。後の世代に残さないようにな」
「その通りです。私も子供を戦場に送るようなことはしたくありません」
「私もだ――若本君、君に訊いておきたいことがある」
 煙草を吸いながら本部長は改めて俺を見て言う。

「はっ」
「人類は勝てると思うかね?」
 見つめ返す俺に本部長はまじまじと見て問うた。
「正直に言えば、わかりかねます。只、一つだけ言えることは私もあいつも諦めません」
「そうか。彼は返答に困っていたよ」
 真摯に答える俺に本部長は舞人を引き合いに出し満足げに言う。そりゃ誰だって困るだろう。
「あいつは真面目ですから、嘘をつくことはできない性分なんでしょう。真面目だからこけても立ち上がり、傷む体を引きずりながら戦い続けてしまった」
「その結果、ベッドから立ち上がることさえ難しくなる事態になってしまった……そこに気づいてやりたかった」
 本部長は後悔をにじませ煙草を吸った。

「気づいていれば助けていましたか?」
「当たり前だ。でなければ退官なんぞ承認しとらんよ」
 俺は敢えて試すように訊く。すると、馬鹿を言うなと、本部長は吸い終えた煙草とシェイプを片付けながら吐き捨てた。
「なるほど、やはりあなたも英雄のようだ」
「はっはっは。彼ほどではないよ……君もほどほどにな」
 本部長の言葉に俺は満足した。この人とならこれから先も大丈夫だろう。俺の苦労を知ってか、笑いながら本部長はそう労う。

「彼のこれまでの苦労に比べたら、私の忙しさは朝飯にすらなりませんよ」
「はっはっは。そうかね」
 茶化すように答える俺が頼もしく見えたのか本部長は笑い頷く。
 俺達の胸中には後悔がある。かつて、戦い続けた英雄を独りにしてしまった事。その事実があるからこそ互いに協力し合えるのかもしれない。今度は一人にしない……必ず支えると、それを証明するかのように。

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