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幻獣戦争 2章 2-2 隠者は今日も惰眠を貪る

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幻獣戦争 2章 2-2 隠者は今日も惰眠を貪る

 自衛軍芦屋基地。北九州、対馬近海、及び西ラシア方面の防衛を担っているこの基地には、かつて自衛軍きっての名将と謳われ、現在では自衛軍きっての昼行灯と揶揄される男が居る。

 池田希助。九州要塞第2戦闘師団長の任を受けている彼は、珍しく忙しい日々を送っていた。隠岐の島攻略作戦が決定され、その準備と随伴する艦隊、及び航空部隊が当基地に集結しているためだ。

 この日、私は屋上のベンチに腰を掛け、書類を片手に基地沖合に集結する艦隊と滑走路に着陸するF-2戦闘機を眺めていた。
 手元に置いてる書類は、隠岐の島攻略作戦計画書とその準備に関する指令書だ。田代さんが直接連絡をよこしてきたので、何事かと警戒したが何てことはない。ただの作戦準備のお願いだった。

 しかし、司令部が珍しく攻略作戦を実行すると言っていたことには驚きだったが、作成計画書の立案者を見て納得する。
ここ数年の九州要塞司令部、いや自衛軍は私と同じようにやる気を失って最低限の作戦行動しかしてこなかった。人が死なないことは喜ばしい事だが、やる気を失っていたのにも理由がある。英雄が退官したからだ。失意の中退官した彼がどんな理由で再び戻ってきたのだろうか?

 直接の面識はないが、彼には人を惹きつける希望のような何かがあった。事実、彼の奇蹟ともいえる戦績と、過日襲来した幻獣との戦いに参加していた彼の行動が裏づけている。それに引き換え私は……
「お前が書類を持ってここにいるとは、珍しいな」
 声を掛けられ振り向くと山田先輩が立っていた。
「執務室で仕事をしていると息がつまりますからね。ここの方が集中できるんですよ」
「どうだか。隣良いか?」
 私が苦笑交じりに答えると先輩は肩をすくめ私の隣に座る。

「どうしたんです?」
「サボり癖のある司令官殿のご機嫌を伺いに来たのさ」
 先輩はそう言って正面に広がる海に視線を向ける。恐らく基地近海に浮かぶ艦隊に目を向けているのだろう。
「私には優秀な副司令官殿が居ますからね。その人に任せれば私は口を出さずとも仕事は回ります」
 私は皮肉交じりにそう答え、同じように正面に広がる滑走路と海に目を向ける。

「そうかい……今回の作戦、お前から見てどう思う?」
「提出されている作戦計画書には特に穴はありません。計画書通りに戦況が推移すれば隠岐の島は奪還できるでしょうね」
 私の見解を聞きたかったのか、先輩の問いに手元の書類に視線を落とし私は回答する。立案者が彼なのだ、隙なんぞあるわけがない。
「なるほど。書類選考は合格というわけか。田代さんは何て言っていた?」
 先輩は皮肉交じりに述べ私を見る。

「特に何も。急で申し訳ないが準備をよろしく頼む。くらいでしたかね」
「俺は、あいつとお前にそんなに差があるとは思えないんだが――やはり、沖縄の件か?」
 私がそう答えると、先輩はそう言って再び視線を海に目を向ける。
「仮に当時の状況で彼が私と同じ立場であったとしても、彼は私と同じ選択をしていますよ」
「だが、あいつは北海道を死守したぞ」

 私の回答に先輩は思いきった疑問をぶつけてきた。私だって彼と同じ状況に置かれていたら北海道を死守するけどなあ。大体沖縄と本島がどれだけ離れているか知らないわけじゃないだろ。

「そりゃ北海道は本島との距離が近すぎますからね。仮に放棄してしまった場合、本島が幻獣との主戦場となり、僕らはこうやって惰眠を貪ることもできなかったでしょうよ。だから彼は戦ったんです」
「……どうにも解せんな。あいつの戦いは理解され、お前の撤退は何故理解されなかったんだろうな」

「一つだけ言えることは、沖縄を守った場合、本島からの兵站ラインがこちらの弱点になり、幻獣はこちらの兵站に過剰な負担を強いる戦略を取ったかもしれないということです。現に今奴らに四国を奪われていますが、それ以上の侵攻を奴らはして来ていない。これは侵攻すれば、総力をもって袋叩きにされることを幻獣が理解しているからです。もっと言うなら、我々はイニシアチブをまだ失っていない。やる気を出せば幻獣を日本から叩き出せるはずです」
 先輩のボヤきに私はそう見解を述べる。もし隣に彼が居たら私と同じ見解を示してくれるだろうか?

「なら、何故お前はそれをしない? お前がやる気になれば喜んで協力するんだがな」
 先輩はそう言って肩をすくめ私を見る。先輩も私も家族がいるでしょ? それが理由ですよ……
「私は彼と違って、このまま何事もなく退官出来ればそれで良いと思っています。若干憂慮すべき問題がありますがね」
 私は同じように肩をすくめる答える。息子が入隊すると言っているのだ。私としては由々しき問題で何としてでも阻止せねばならない。

「そうかい。お前がそれで良いなら俺は何も言わんよ。俺も好き好んで死にに行きたいわけじゃないからな……なあ、あいつは何でやる気を出したんだろうな」
「それは僕にもわかりません。ただ、彼は恐らく戦う目的を全て失っている。ひょっとしたら、今の彼は死ぬために戻ってきたのかもしれない」
 真顔で呟く先輩に、私は夕陽をバックに着陸するF-2戦闘機に目を向け答える。出来ればそうあってほしくない。本音を言うなら私も彼と共に……

「もしそうなら……本当に救われないな」
「ええ。本当に」
 先輩の言葉に私は寂しく同意した。 

ここまでお読み頂きありがとうございます! 

次回に続く


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