臨界パワーモデル(4)
前回は陸上競技の男子日本記録を例に、臨界パワーモデルを適用して分析しました。臨界パワーモデルとは、パワーが一定の運動を継続できる時間は、反比例に似た分数関数にぴったり乗りますよという考え方です。ランニングはパワー(仕事率)が走速度に比例しているので、スピード一定の走りを継続できる時間は、分数関数にぴったり乗りますよ、ということです。
臨界パワーモデルは当たり前のことを示している
これは一部当たり前の話であって、つまり一定速度で走る場合、スピードを上げれば、その分だけ維持できる時間が短くなるということを表していて、その様子をグラフに示せばジグザグ、ギザギザにはならず、必ず滑らかな線を描くということです。
「一部」と言ったのは、その滑らかな線がどういう関数に乗るかはいろいろな考え方があるということです。臨界パワーモデルにおいては「分数関数」と主張しており、ダニエルズはVDOTの計算式だと考えているわけです。
男子陸上日本記録のグラフを再度チェック
上記は日本記録を分数関数と比較したものであり、前回紹介したものです。800mから5,000m競走までが、分数関数とほぼ一致しています。青いラインの2,000mの点が左に飛び出した形になっています。これは「3,000mの日本記録より2,000mの方が速度が遅い」という本来あり得ない逆転現象を意味します。つまり2,000m競走はもっと記録を伸ばせるはずということです。
女子陸上日本記録も見てみる
女子の方も興味があったので、グラフ上にプロットしてみました。
臨界パワーモデルにおいて、分数関数が当てはまるのは2分~15分継続できる一定最大ペースの運動ということがレビュー論文「The 'Critical Power' Concept: Applications to Sports Performance with a Focus on Intermittent High-Intensity Exercise.」に記載されています。上の分析もそれに従って、800m~5,000mの記録にフィットするように定数を調節しました。
その結果、理論上は無限に運動を継続できる最大速度「maximal lactate steady state (MLSS)」(最大乳酸定常状態)は、秒速5.4525になりました。これは400mトラック1周73.4秒となります。800mから5,000mまで日本記録並みの走力がある仮想の選手なので、とても速いのでしょうね。上図のようなグラフは個人で作成することもでき、それがその人のMLSSを示します。
ダニエルズのTペースはMLSSに近い
このMLSSは「ダニエルズのランニング・フォーミュラ」の threshold pace よりわずかに速いペースで、ジャック・ダニエルズ氏はMLSSを意識していたことがうかがえます。いわゆる乳酸性作業閾値は、運動の強度を徐々に上げていった時に、ほぼ有酸素性のエネルギー代謝のみの状態から、無酸素性のエネルギー代謝が顕在化する強度とされており、MLSSよりだいぶ「弱い」、ランニングでいうと「遅い」強度です。この遅い方がLT1、MLSSがLT2と区別する場合もあるようですね。両者は異なるものでありながら、しばしば一緒くたに語られて混乱するので、その時示しているのがどちらかよく見極めると話がクリアになります。
MLSSは持久力を向上させる練習の強度を決めるうえで、重要な指標となります。もう少し、MLSSについてあれこれよもやま話を続けていきましょう。