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臨界パワーモデル(6)

臨界パワーモデルって何だっけ

 臨界パワーモデルは、2分から20分の間のいずれか2点の維持可能な最大パワーが判明すれば、何分でも継続可能なパワーの上限値「臨界パワー」を割り出せるという考え方です。パワーは、ランニングにおいては走速度とほぼ比例するので「臨界速度(クリティカル・スピード:CS)」と言い換えられます。臨界速度は、最大乳酸安定状態 = MLSS(maximum lactate steady state)の時のスピードとされています。

 CSあるいはMLSSは、最大酸素摂取量(VO2max)とか乳酸製作業閾値(LT)とか同様に、持久力の指標となる個人個人が持つ生理学的な値の一つです。ランニングに当てはめると、この走速度はVO2maxとLTの間に位置していて、理論上はいつまでも走り続けられる上限のスピードとなります。

血中乳酸濃度の挙動は

 生理学的にはCSを境に、それより上か下かで代謝の状況が大きく異なります。その一つが、血中乳酸濃度です。

 走速度が上がるにつれて、血中乳酸濃度がどう変化するかを説明するときによく出てくるのが、上のようなグラフです。

 このようなグラフがどのような計測を元に作成されるかというと、被験者が一定速度で3分間走った後に血中乳酸濃度を測るというサイクルを、少しずつ速度を上げながら6回くらい繰り返すようです(横浜市スポーツ医科学センターの例)。

CSの上か下か 乳酸濃度の異なる挙動

 ここで注目したいのは、この計測値は3分間走った時のものであるという点です。ではそのまま3分を超えて一定スピードで走り続けたら、血中乳酸濃度はどのように変化するのでしょうか。その答えを下記の概念図に示してみました。

 このグラフには、先ほどの血中乳酸濃度の曲線に、その曲線から枝分かれする5本の線、水平な直線が2本を追加しました。このグラフを使って、CSの生理学的側面を説明しましょう。

 この枝分かれした曲線をここでは短く「分岐曲線」と呼んでおきます。分岐曲線は、枝分かれした時点の速度を維持して走り続けた場合の、血中乳酸濃度をの変化を表します。グラフとしては変なのですが、横軸は、枝分かれまでは走速度、その後は目盛と関係なく継続時間と読み替えてください。

 水平な線は、下がLT、上がMLSS(CS)を示しています。ここではLTの速度が2.5m/秒、CSは4.2m/秒となっているのが見てとれます。

 一番下の黄色い分岐曲線は、LTより遅い速度(2.25m/秒)で走り続けた例を示しています。ここで注目すべき特徴は、血中乳酸濃度は一定を保つという点です。

CSより上だと乳酸濃度が”発散”

 その上の緑と紫の2本は、LTとCSの間(3.0m/秒、4.0m/秒)で走り続けた例。注目すべきは血中乳酸濃度は上昇を続け、やがて一定になるという点です。

 そしてCSより速い速度(4.5m/秒、5m/秒)で走り続けた例が水色と茶色で、血中乳酸濃度は上がり続け、最後は最大値(ここでは8mモル/リットル)に達して終わるところが特徴です。この最大値に達した時に身体はどうなるかというと、疲労のためもはやその速度を保てない状態です。

トレーニング強度の3領域

 このように、走速度が(1)LT未満、(2)LT以上CS未満、(3)CS以上 では生理的な状況が明確に異なることが分かりました。私の怪しげな説明より、ちゃんとした論文を確認されたい方は、こちら「Slow component of VO2 kinetics: mechanistic bases and practical applications」あたりをどうぞ。

 トレーニングの際は、この3つのどれを選ぶかが重要です。インターバルは(3)がメーンでしょうし、(2)はペース走、(1)はジョグといった具合に。私が思うに、トレーニングの強度を決める時に、CSに対して何%増しか、あるいは何%減かを考えると何かと便利だと思います。

 運動の強度を決めるのに学術論文などでは、最大酸素摂取量に対して何%かというのが使われます。しかしトレーニングメニューを考える場合は繰り返しになりますが、CSの何%かの方が練習の中身を考えるうえで分かりやすいと思います。

CSとダニエルズの「スレッショルド」の関係

 私が尊敬するジャック・ダニエルズ(言わずと知れた「ダニエルズのランニング・フォーミュラ 第3版」の著者)の練習ペースでいえば、レペティションとインターバルはともに(3)の領域です。気になるのはスレッショルドですよね。これが実はCSとほぼ同じで、詳しくみると1キロペースで7秒前後遅くなっていました。

 次回はこのCSを元に、一流選手のトレーニング内容を分析してみたいと思います。

 

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