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XXXの向こう側

 X X Xの向こう側に何があるのか知りたかった。ここはニューヨーク。真っ昼間のニューヨーク。

 <「学生」は免罪符だ。冒険も、その失敗も、「学生である」という一点において許される。>

 そう信じていたわけでもないのだが、とにかく「日本の田舎者二人が世界の中心ニューヨークに降り立った」という事実が俺を高揚させた。摩天楼の間から垣間見える青空が、僕たちの道行きを祝福していることに決めた。道連れに選ばれたサトウは、全くの常識人。とかく暴走しがちな俺のリミッター役だ。

 バックパックでニューヨークの街を闊歩する。圧倒的な摩天楼。看板は全て英語で書いてある。意味はよくわからないが刺激的だ。McDonald`sの見慣れた看板までが、その風景の中ではなんだかおしゃれで違ったものに見える。マンハッタンを南北に貫く8番街をセントラルパークから闇雲に南へ歩くと、タイムズスクエア付近でとある文字の並びが目を引いた。

 “XXX”

 英語がそれほど得意ではない俺にも、Xの三並びは十分に「いかがわしさ」を伝えていた。見回せば、高層ビルの狭間に建てられた雑居ビルの中に、”XXX”を掲げた看板があそこにもここにも見つかる。つまりこの辺は、「いかがわしい」わけだ。”X-movie”、”X-videos”とかいう看板もある。察するに、Xが一個よりも三個の方が三倍いかがわしいのであろう。果たしてそれはどういう状態をいうのか?

「俺は行く。XXXの向こう側を見てくる。」
 毅然と宣言した。

「やめたほうがいいって。」
 サトウが止めた。想定内だ。むしろ「よし、行こう。」だったら引いてしまったかもしれない。

「行くとしたら、今しかない。なぜならば、夜になったら怖いからだ。」
 ロジカルに俺の考えを告げると、サトウは
「『行くとしたら』の前提に問題がある。」
 と主張し始めた。

 確かにその通りだが、俺はどうしても周りの誰もしたことない経験をしたかった。だって、ここはニューヨーク。世界の中心。俺たちは「見た事ないもの」を見にきたのではないか。もちろん、スケベ心はある。むしろそっちがメインかもしれん。だが、俺は微妙に自分に嘘をついていた。「スケベだからエッチな体験をしたい」を「学生だから未知の体験をしたい」に言い換えていたのだ。俺あるあるだ。

「うーんわかった。じゃあ待っててくれ。ちょっと行ってくる。」
 「スケベ心」という名の使命感に囚われた俺は、まなじりを決して、”XXX”、”Peep-show”などという看板を掲げた雑居ビルに向かって歩き出した。一人でこんな「いかがわしい」エリアに取り残されるのが嫌なのか、渋々サトウもついてきた。正直、これは心強かった。

 ニューヨークの空はあんなに明るかったのに、ビルの中は照明が抑えてあり、暗い。扇情的なダンスミュージックが奥の方から響いてくる。恐る恐る細い階段を下ると、音楽が大きくなってくる。天井付近で点滅する、”Girls-Girls-Girls”、”$25c”のネオン。退屈した感じの店番の男がパイプ椅子に座っていた。

“Fghaoiueanrao?”

 正直何を聞かれたのかわからなかったが、俺はポケットの中の10ドル札を差し出しながら頷いた。これが俺の代わりに英語を話し、男は俺とサトウを奥のブースに案内してくれた。

 ブースは一人が立っているのがやっとくらいの広さだったが、個室のテイをなしていた。目の前に$25cと書いたスロットがある。スロットがあるということは、ここにコインを入れたら何かが起こるのだと思った。全く、簡単だ。

 ドキドキしながらクォーターを入れると、目の前のスリットが下がり、目と鼻の先にいた怖い顔をした裸のお姉さんが突如動き出した、、。と思ったら、あっという間に消えた。スリットが上がったのだ。どうやら25セントで一定時間、裸のお姉さんが踊るのを眺めることができるシステムになっているらしい。ただ、その「一定時間」がやたら短い。ポケットの中を探ると、5枚のクォーター。もう一枚入れてみる。

 スリットが下がり始める。お姉さんが精一杯セクシーなポーズをするが、スリットは間髪入れずに上がり出す。お姉さんがダンスしながら”More quarters!”と叫んだ。右手の指先がこっちに向いて、小指から順番に折られていく。「カモーン」とかいう時のハンドサインだ。

 よしきた、とクォーターを入れると、スリットがさがり、またお姉さんがポーズをして、スリットが上り始める。お姉さんが”More quarters!”と叫んで、「カモーン」の指サイン。揺るがぬ黄金のパターン。3回目くらいには、自分が「お姉さんの掛け声に従ってコインを入れる仕事をしている人」のような気分になってきた。何せスリットがすぐ閉まるので、目の前のダンスに集中する時間がないのだ。

 5枚のクォーターが底をつく。お姉さんの叫びが虚しく遠ざかる。「カモーン」の右手の人差し指がスリットの向こう側に消えていく。申し訳ないと思ったが、もうコインはない。多分みんなポケットいっぱいにジャラジャラとクオーターを入れてここにくるのだろう。そして彼らはお姉さんのダンスに興奮しながらも、冷静に暗い中でスロットにコインを入れていくニッチな達人達に違いない。俺にはどっちかしかできない。

 ブースを出ると目の前でサトウが待っていた。俺よりもよっぽど早く飽きたらしい。友達がコインを入れて裸のお姉さんを覗いてるのをすぐ後ろで待っている気分はどんなんだろ、と思った。

 暗い階段を上りながら、二人は無言だった。11ドル50セントの冒険だったが、よく考えれば男より、お姉さんの方にもう少しお金を払うべきだった。男は訳のわからぬ事を話しかけてきただけだが、お姉さんの方は踊ってくれた上に、少なくとも5回は意味がわかることを言っていた。「クォーターを入れろ!」。

 雑居ビルを出て、明らかにしょぼくれた風のサトウに精一杯明るい声をかけた。

「どうだった?」

「お母さんの事を考えた。」

「そうか、、、、。」

 相槌を打った後、少し考えて付け加えた。

「俺はお父さんもだ。」

 急にホームシックになった二人の上にはニューヨークの青空が広がっていた。

(了)

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