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豊かな人生

 かなり長い間バスに乗って出かけたついでに、偶然に見つけたカフェに入ってみた。

いわゆる古民家カフェと言われる趣のある場所だった。

一見してすぐにお育ちの良さがわかるような上品なマダムで、彼女が一人で切り盛りしているようだった。

お菓子とのセットの価格が意外にも安かったので、珈琲だけ飲もうと思っていた私たちも、なんとなくそのお菓子のセットを注文してみようかと話していたら、今の時点で出来上がっているお菓子をもってきてくださった。

その中から一種類を選んだ。

そして程なくアイスコーヒーと一緒にそれがサーブされた。

「わぁっ、美味しい!」

思わず声を出してしまった。こんな田舎にこんなステキな場所があるなんて。

私「これは......奥さまが作られたんですか?」

それまでの会話から、彼女は既婚であることが分かったので、とりあえず奥さまと呼んでしまった。彼女は嬉しそうに答えてくださった。

彼女「そう。全部ね、自分で作ってるの。中に入っているマロンは前日から仕込んであって。朝から私が作るんですよ。」

すべてお一人で?

カナメは古民家のリノベについて色々と興味津々のようだった。

カナメ「これって.......。リノベされてるんですよね。ボクも自宅をリノベして住んでるんですが、いやぁやっぱり天井が高いのはいいですね。うちは3メートルくらいしかなくて。ここは......買われたんですか?」

彼女「実はうちはすぐそこなんですが、この家にお住まいの方が亡くなられて。それでその息子さんがここを売りに出されて。この裏の農地もまとめて取得したんですよ。主人と一緒に色々と整備して。ここのリノベは(地元の)古民家再生プロジェクトの一環として色々な方にお手伝い頂いたんです。」

へぇ〜!!!そんなのがあるのか!

中には薪ストーブもある。

私「この薪ストーブは、冬になると火が入るんですか?」

彼女「火を入れますよ。ほんのりと暖かくてね。」

カナメ「こういう作りだと、夏はエアコンをつけなくてもいけますか?」

彼女「いえいえ、あれをつけてます。冬も薪ストーブだけではちょっと.....。」

彼女が指さした先には大型の業務用エアコンがあった。さすがに冷暖房なしでは無理か。

カナメ「めちゃくちゃステキにリノベされていて......これだと一千........二千万円くらいですかね。」

彼女「とんでもない!内装のすべて(照明や薪ストーブも)込み込みで500万円もかかってないんです。もともとなかった中二階も作って頂いて。屋根も(補修を)やって。でもこれもね、そのプロジェクトの一環で、若い方のトレーニングも兼ねていて自由に内装を触っていただいていいということでお願いして、その後もしばらく展示場として公開していたんですよ。だからかなりお安く......。」

お安すぎる!!!

カフェの裏側には、民家にはありえないような施設があった。ご主人のご趣味が高じて自分で作ってしまって、それを有料で貸し出しもされているらしい。ちなみにご主人は、アーリーリタイアメントされたそうな。

すごすぎるわ.........。

私「この.....カフェをなさる前に、コーヒーの淹れ方の講習会に行かれたんですか?資格とか色々とられたんですよね。」

彼女「私、子育て中にそういうのを全部とっておいたんです。昔からお菓子を作るのが好きで、義父母によく作っていて喜ばれていて。これなら私でもできるかなと思って。」

着々と準備されていたってことね.......。

私「お子さまは、皆さん県外に?」

彼女「それがね、一人だけ帰ってきたんですよ。リモート勤務が性に合わなかったみたい。今ね(和食の飲食店で)修行中なんですよ。そこね、見えるかしら。そこに土地があるので、もうすぐそこにお店を建てる予定。」

まじか!

土地いっぱいあるもんね!

そこまでは、のんびりと聞いていたのだが。私が行った時には他にお客様は一名のみだった。

カナメ「ここは、お客さんよく来られるんですか?」

彼女「週末になるといっぱいになるんですよ。平日も午後からよく来られるんです。でも、いっぱいになると、いつも来てくださる方にはちょっと居心地が......。特に宣伝とかはやってないんですけど。」

その言葉から、トントンで好きなことをやっているわという有閑マダムの趣味なんかじゃなくて、かなり訴求力があるのだということが分かった。ご自身として快適だと思う以上のお客さんが来ているということ。つまり、ビジネスとして十分に成り立っているということだ。

確かにこの周辺に競合するカフェなどないし、田舎だとデフォで車があるから、別に駅前でなくても人は集まってくるのだ。しかもその隣に和食レストランができたとしたら、周辺にないものだから勝算ありだよ。

都会に住んで、リモートワークなのに高いアパート代を払って、貯金もなかなか増えないカツカツの生活を送っていたならば、地元に帰ってお店をやるのは良いアイデアだ。

彼女としてもお子さんが帰って来て、広大な土地を有効活用してくれるなら、それはそれは楽しい生活だと思うよ。

彼女「ここの土地は最初は農地だったんですけど、トラック○台分の土を入れてもらって、ようやく整って。」

私「すべてご自身でされてるんですね。大変でしょうけれど、でもちょっと楽しいですよね。」

彼女「そうそう。まぁ主人が趣味を兼ねてやっているというか。」

昔からお菓子を作って誰かに食べてもらうのが好きだったという彼女が、ご主人のアーリーリタイアメント後に土地と物件を取得し、それぞれの趣味を生かして、無理のない範囲でそれを仕事にしたら、お客さんが絶えないようなお店になったなんて。

「豊かな人生」

という文字が脳裏に見えた。

本当に、豊かだ。一点の曇りもなく。

海外にいたときに、世界の上層コンマ01%くらいの超富裕層の生活っぷりを間近で見る機会があった。彼らは最低でも数億は下らないアパート(日本で言うところのタワマン)の、さらに最上階の屋上プライベートプール付きのペントハウスや、もしくは要塞のような外壁を持つ巨大な豪邸に住み、ロールスロイスなどのクラシックカーを含めたマイカーを曜日ごとに変えて使い(もちろん専属ドライバー付き)、エクスクルーシブな会員制クラブで余暇を過ごす。ヨットや馬のオーナーだったりもする。

彼らは、自分自身のビジネスが成功した喜びはあるだろうし、それに対しては「仕事が面白いだろうな」とは思ったのだが、超富裕層の彼らの生活を見ていても、そんな豪邸にお邪魔して生活ぶりを見せて頂いても、脳内に「なんて豊かな人生」という文字は浮かばなかった。

彼らはお金がないことに起因する苦悩はないのだが、だからといって人生すべてに満足しているわけでも、悩みがないわけでもなさそうだった。

古民家カフェを営む女性の人生が豊かだと感じたのは、それはたぶん私が日本人だからだ。

もし外国の方が見たら、前出の超富裕層の生活の方が圧倒的にステキな生活で、豊かな人生だと思うことだろう。

自分の好きなことをやって、それを誰かに提供して、それが支持を受ける。ヒマ過ぎて誰かに悪態つくことなく、日々やることがあって、それはとても楽しくて。

自分の生活に十分に納得してチャレンジもして、そして後悔を残さない生き方だ。

いいなぁ。ステキだなぁ。

人生が二期作できるくらいに長くなった。職場をリタイアした後でも十分に違うチャレンジの機会が与えられるのなら、その時に備えて着々と準備するのもいいものだ。若い時にしかできないと思って生き急ぐだけが人生じゃないのね。

こんな田舎にも色々とステキな場所が他にもあるのだと思うと、遠出するのも悪くないね。まだまだ残暑が厳しいけれど。

良き出会いを。

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