在外邦人の見落としがちな大きなリスク
海外に長く住んでいたのだが、心の底でずっとずっと気をつけていたことがある。
それは、
運転中に人身事故を起こさない
ということ。
そんなの国内でも同じだろうと思われるかもしれないが、それはかなり違うのだ。
基本的に海外に住んでいて対人事故を起こした場合、被害者は高確率で「滞在国の人」、つまり日本人から見ると「外国人」なのである。
そして現地の国の法律は、その国の人のために作られたモノである。
だから外国人の自分の身は、基本的に自分で守らなければならないと肝に銘じて生活していた。
地政学的リスクが生じて、何かのアクシデントがあって逃げなければいけない事態に陥ったら、自分と家族の身は、自分で守るしかないのである。その国の人と同じようなヘルプが自分も同じように受けられると思ったら大きな間違いである。
しかも対日感情がよくない国ならば、なおさらである。
だから「過剰なまでに自分と自分の家族を守ること」については、私自身の血肉になっているので何も考えずとも、そういう方向に動けるようにはなっていた。
しかし、運転中に「人身事故を起こしてはならない」ということは、時々忘れてしまうのだ。
ドライブが楽しくて、ノリノリで大声で歌を歌いながら運転することもあれば、家から淹れてきたアイスカフェラテをゴキゲンに飲み干したりする時に、脳内がお花畑になっちゃうことが、たびたびあったのだ。
そういう時に、ハッと思い出せるかどうか。
海外で人身事故を起こしたら、外交問題になりかねない!
ということを。
国内で対人事故を起こしてしまった場合、すぐに自ら救急車を呼び、警察に通報し、保険会社にも連絡をとり、被害者の方に誠心誠意を尽くし、考え得る最大の補償をするなど色々とやらなければならないことがある。
が、あくまでもそれは、当事者間の話にとどまる。
それに「外交(国際)問題」が絡んだら、もう土下座してお金を積み上げても、それはもうどうにも止められない、自分の手から離れた大きな問題となってしまうのだ。
そのため、多くの駐在員は、家族も含めて「運転禁止」にしている会社も多くあった。
事故を起こさないこと以外にも、言動に気をつける、反感を持たれないよう心掛ける、悪いことで目立たない等、色々と気をつかうべきところはある。
現地の人にとって、私が「生涯で初めて見た日本人」「初めて話した日本人」であることが多かったので、私に対する印象が、イコールその人の生涯の「日本人に対する印象」になるのだと常に感じていた。
海外においては、そこに住む日本人は、良くも悪くも「日本を代表する人」になってしまうのだ。
これらの心がけは「海外でも日本でも、常に自分に厳しく他者にナイスに」を守れば、大きなトラブルには発展しない。
でもね。
現地の人が外国人に対してそう思っているかというと、それはちょっと違うのだ。
たまたま事故を起こした相手が外国人だったとしたら、彼らはどう思うかというと、
「ちぇっ、面倒くさっ」「高くつくかも」
と思うだけである。
日々の生活の中で「トラブルを起こした相手が外国人だったら外交問題に発展するかもしれないから気をつけなきゃ」などと考えている現地の人は、ほぼいないし、そんな外国人がからむ事故や事件が起こることは確率的にも低い。
つまり、
在外邦人の起こすトラブルは、ほぼ100%外国人相手のインシデントとなるが、現地の人が起こすトラブルで対外国人であることはほぼゼロに近い、という状況の中で生活しなければならないのだよ。
ところで、日本の周辺国において、ときどき「日本人をピンポイントにねらって能動的に起こされた事件」が報道されることがある。
日本人なら「そんな外交問題に発生しそうなことを、なぜに無邪気にできるのか」と不思議に思うだろうが、これはちょっと別問題でな。
信じられないだろうが、「国をあげて日本を仮想敵国とみなして非難しまくっているような国」においては、「国際的な場面で日本を下げる言動」や「日本人に蛮行をはたらく」こと自体が「国民全体の溜飲を下げる行為」であり、「英雄視される行為」とみなされることがあるのだ。
もちろん多くのエリート達や真面目に生きている一般の人は、そんなことをしたら自分の経歴に傷がつく損な行為だと認識しているが、どこの国にもいる「無敵の人」が一発逆転を狙って「ワンチャン英雄になれるかも」という一念でやらかしてしまうのだ。
でもさ。
過去の歴史を見るまでもなく、トラブルの発端はとるに足らないことなのに、対応をまちがうことでとんでもない大きな事態に発展することは、よくあることなのである。
在外邦人の方に伝えたいことは2点。
自分と家族は徹底して過保護なまでに守ること。過保護と過干渉は違う。多少の過保護は大人になってから自分で軌道修正できるけれど、それも命があってのこと。
悪目立ちせず、とにかく事故や事件を起こさないこと。起こしたら外交問題に発展する可能性があると肝に銘じて、なるべく穏便に最大限の誠意を見せて処理すること。
それでも強い悪意を持ってピンポイントで狙ってくる輩から自分や家族を守る方法は、ほとんどないのだ。それは日本でも海外でも同じこと。
防げたかも知れないと思うかもしれないが、ほぼ防げない。
単なる運である。
脳内で憎悪がうずまいている人が、一人でも減ればいいのに、と心の底から思う。
世界平和を願っても、それは絵に描いた餅ならば、せめて日々袖振り合う誰かに、常にナイスでありたいね。