#03 精神科医療の「均てん化」とは
~過去投稿はマガジンから~
今、精神医療での課題は、「均てん化」でしょう。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、「どの先生に相談しても、同じ治療が受けられるようにする」ということです。
たとえば内科の場合は、どこで診てもらっても抗生物質や痛み止めが出されるなど、ガイドラインがしっかり定まっています。
診察してもらうと、同じような治療法が提案され、提供されます。
しかし、精神科はどうでしょうか。精神科は、診断基準を厳密に均一化することが難しく、診断基準が仔細に書かれている資料をきちんと使って
診断したとしても、医師によって診断がばらけてしまうのです。
精神医療というのは、なかなか数値で計れるものではありませんし、症状や要因の個人差は大きいものです。
そのため、医師は自身の経験値(臨床経験)によって判断することが、どうしても多くなります。
内科の場合は、たとえば数値で血圧が○~○までの人に薬を使うと塩分を制限するよりも効果がある、といった明確さがあります。
しかし精神科は、どこまでが病気の症状なのか、どの程度なのかの見極めが難しいのです。
人間は自分で悪い状況になると、その状況をがんばって克服しようとする生き物ですから、今出ている症状が、病気の症状なのか、その病気にならないように自分で予防している行動なのかという判断一つ取っても、難しいのです。
ややもすると、医師の診断が「独りよがり」になってしまうこともあるかもしれません。
A医師に相談すると薬を勧められ、B医師からは薬ではなく環境調整だ、あるいは漢方の方がいいだとか、全然違う対応を取られてしまうことも考えられます。
そうすると、患者さんはどれが本当なのか分からなくなってしまう。
やはり、医師によって患者さんの受ける治療がバラバラになってしまうのは問題です。もう少しガイドラインを整えるなど、どの先生に診てもらっても、ほぼ同じ処方がなされるという環境を一層整えていくことが、これからの課題です。
つい先日、ある40代の男性が会社の人事部から「専門の先生に診てもらってきてください」といわれて訪ねてこられましたが、その方には薬を使いませんでした。
その代わり、診断書には「業務の調節を」と記し、環境調整を図ってもらっています。適応障害で、まだ症状が軽かったのです。
このようなケースは、まずはストレス要因から離れるということが、いちばんです。
会社の人事部は「その社員が出社できているか否か」ということが、いちばん気になるところです。
出社できないから重症ではないか、と。
ところが難しいのは、心身が「ストライキ気味」に反応してしまって、会社に出社できないというケースもあるのです。
つまり、ある仕事が大きなストレスである、上司と上手くいかないから出社しない(出社できない)といったケースも考えられるのです。
そのような「ストライキ気味」の方は会社に行かなければ、自宅で動けたり外を散歩できたりします。
仕事以外のアクティビティはあまり下がらないのです。そのような場合は、やはり薬ではなく、まずは環境調整が大切でしょう。
一方、会社にも行けす、家での日常生活もままならない人もいらっしゃいます。
たとえば、ベッドから起き上がれない、好きな趣味の活動も一切できなくなったといった場合には、仕事以外でもアクティビティが低下しているということです。
そういう時には、薬を使うことを考慮しなければならないでしょう。
※本コンテンツはCOCORO 8号をもとに再構成しています
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著者プロフィール
高橋 一志( たかはし ひとし)
1995年秋田大学医学部卒業。医学博士。
秋田大学医学部付属病院、横手興生病院、厚生連由利組合総合病院勤務を経て、米国エモリー大学医学部精神科留学。
2007年東京女子医科大学医学部神経精神科勤務。
東京女子医科大学医学部神経精神科・心身医療科講師、ウェルリンク株式会社顧問。
日本医師会認定産業医、精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医。
専門分野は、臨床精神薬理学、精神科治療学。学術論文を多数執筆。