根強い習性を変えていく
全ての事象は、感じ方、捉え方次第とわかっていますが、習性は根強くあり、悪く、歪んで、拗ねることがあります。
特に対人関係に関しては、悪く受け取る習性があり、取り越し苦労が多いものです。50代になった今はその習性に気付き、無駄な落ち込みが少なくなりました。これまで、自身にどんな習性があり、どんな落ち込み方をしていたのか振り返ってみたところ、その習性を変えることで日々の輝きが幾重にも増すのではないかと改めて気付きましたのでここに書き留めてみようと思います。
◆他人の機嫌の悪さに振り回されない
職場、家庭、その他コミュニティで、他人の機嫌の悪さは、たちまち自分にも伝染しがちです。特に職場は上役の機嫌に支配されがち、、、ではありませんか?
他人の機嫌とり、揉めなくない、嫌われたくない、これが加速して疲弊してしまうことが多くあると思います。他人の機嫌はコントロールできません。あくまで自分の機嫌をコントロールすること。不機嫌を察知したら、その空気から逃げるのが得策です。不条理な疲弊は自身のそばから取り除いてよいのです。
とは言うものの、現実には他人の言葉に不意打ちに落ち込む時があります。これも非常によくあることではありますが、こちらもなるべくスルーした方が良いです。意識してスルーするのです。
常に自分が不意打ちを食らう立場とは限りません。自分も何の意図も悪意も意味もなく、他人に何かを言うことがあるかと思います。後々「傷ついた」「腹が立った」など自分の予想外の受け止め方をされたことがあるのではないでしょうか。「えぇっ!そんな受け止め方をされるとは・・・」と思ったことも一度や二度ではないはずです。
他人の言葉をいちいち気にしない。ぐさりと心に刺さる場合もあるが、なるべくスルーする、他人はそんなに自分に関心がない。このことを常に頭に置いておきたいものです。
◆自分の機嫌は自分でコントロールする
上記で述べた「他人の機嫌に振り回されない」と同時に「自分の機嫌をコントロールする」ことが出来れば更に強みとなります。
長年の習性はゼロになることはないが、自分を俯瞰し、客観視することで大概の悩みはなくなります。機嫌は自分でコントロールできます。競争社会では意図的に比べる環境があり、この罠に嵌ると永遠に劣等感、不足感に悩まされることとなります。
絶対に避けたいですね。
次のポイントでも取り上げますが「何かと比べる」ということを自然におこなってしまう環境では、敢えて意識して「比べない」を実行する必要があります。
軸を他人に置くか、自分に置くか。
答えはもう決まっていますよね。
◆他人と比べることには何の意味もない
他人と比べることは最悪です。
敢えて少し強めに書いてしまいましたが、これ、頭ではわかっていてもやってしまうものです。私もそうでした。でも何一ついいことはありません。
日常で他人と関わり、ついつい比べて劣等感を抱く。
もし他人と比べる思考になったら、これは負のループであることに気づきましょう。そして一旦比べる意識から離れ、比べない環境を作る努力を自らするのです。
他人と比べることは何一ついいことがありません。
◆暇な時間は無駄ではない
暇な時間を感じると何かしなくちゃ、何でやることがないんだ・・・と罪悪感、焦りを感じることがあります。
これも今までの習性で、仕事、家庭に時間を追われ、限られた時間でいかに楽しみをつくるに徹していたから、だと思っています。
今はこの習性を修正する時「自分の時間は充分ある、暇な時間を無駄と感じるのではなく、余白、豊かさと捉えて過ごすことだ」と言い聞かせています。
いかに余白を楽しめるか。
これからも継続して自分の課題としている点です。