お年よりと絵本をひらく 第7回 「昔話絵本に心動かされる」中村柾子
絵本に求めるものは?
施設(デイサービス)に通いはじめた当初、絵本の時間に集まるメンバーは、その日によって違っていました。ですが、回を重ねるうちに、少しずつ顔ぶれが定まってきました。すると、みなさんが何を求めているのか、気になるようになりました。
面白いと思ったのは、知らないことに出会ったときの喜びの大きさ・深さです。年齢に関係なく、知ることは、嬉しいことなのですね。科学絵本や図鑑などが、こんなに喜ばれるとは! 文房具やつくしという「もの」を媒介に、会話が生まれ、話がひろがることも、嬉しかったのでしょうか。
でも、聞き手の方たちと私・絵本との距離が縮まるにつれ、物語に心が動かされる姿を目にするようになりました。『かさじぞう』を読んだとき、「胸が、きゅんとなっちゃった」という言葉を耳にしたのも、そのひとつです。『だごだご ころころ』を読んだ日も、物語を読む喜びを、いっしょに味わいました。
和やかな笑み
『だごだご ころころ』は、富山に伝わる昔話です。おじいさんが食べようとしたお弁当のだご(だんご)が、転がりだし、川を越え、洞穴の中へ。追いかけていったおばあさんは、そこで鬼に会い、だごを作らされます。でも、おばあさんは、以前に助けてやったトンボの知恵で、難を切りぬけ、おじいさんの待つ家に帰りつきます。最後は、二人の開いただご屋が繁盛、めでたしめでたし、で終わります。
読みおえた時のみなさんの、ほっとしたような、和やかな笑みが印象的でした。
「このおばあさん、働き者ね」
「おじいさんは、おばあさんのおかげで『左団扇(ひだりうちわ)』だ」
「あら、おじいさんだって働いてるわよ」
打ちとけた仲間内での言いあいを、楽しく聞いていました。事柄が伝える事実の世界にふれたときとはひとあじ違う、物語ならではの受けとめ方が、言
葉に表れています。
「ももたろう」の力
「次は、みなさんがよくご存じの『ももたろう』を」というと、「ももたろうの歌があったわね」と、Aさん。何人かが「ももたろさん ももたろさん~」とうたいはじめると、グループから離れたところに一人で座っていたCさんが、突然、大きな声でももたろうの歌をうたいはじめました。普段、声を発することのない人なので、びっくりしました。幼い頃の思い出が、よみがえったのでしょうか。
読みおえると、ももたろうが宝物を持って帰らないことへの驚きや、絵の美しさなどが、話題に。子どもたちと違って、物語が意味するものやどんな絵であるかを気にするのは、大人ならではです。科学絵本や図鑑などものを描く本と、物語の絵本。この2つのバランスを考えながら、絵本選びをしようと気づかされた日でした。
翌週、少し早く行き、Cさんの隣に座って、持っていった『ももたろう』を開いてみました。Cさんは、びっくりした顔で絵本を見つめ、「ももたろう」と言いました。みんなで見るのもいいけれど、ひとりの人のために読む機会も作れたらと、思いました。
著者プロフィール
中村柾子(なかむら・まさこ)
1944年、東京生まれ。青山学院女子短期大学児童教育科卒業。
10年間幼稚園に勤務後、保育士として26年間保育園で仕事をする。退職後、青山学院女子短期大学、立教女学院短期大学などで非常勤講師を務める。
著書に評論『絵本はともだち』『絵本の本』(ともに福音館書店)がある。
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