『ブニーとブールド』新刊著者対談つづき
福音館書店では、6月に新刊『ブニーとブールド』を刊行しました。お金はもちろん、パンも大好きという2ひきのブタの貯金箱を描いた愉快なお話です。前回につづき、この本の作者・山下篤さんと、お話の絵を描いてくださった広瀬弦さんの対談をお届けします。
お話に登場するキャラクターたち
広瀬 お話の中に意地悪なカラスが出てきますけど、あのカラスはいいですね。
山下 絵本から、もう少し長いこの物語を書こうと思ったとき、カラスのことは考えました。できれば、悪者になってくれる登場人物がほしいなと。
ブニーとブールドは兄弟ではないけど、ちがった性格の2ひき。例えば、ブニーは「どうしてこうなの? どうしてそうなの?」っていつも、ブールドに質問する。それについて、ブールドは、すごくいい加減に答えているじゃないですか。本人はいい加減なつもりはないんだけど、間違っていても答えようとするんですよね。
その間違いを指摘するのがカラスの役で、2ひきはカラスがきらいだからこそ、カラスの言うことを認めようとしない。でもカラスの言っていることはほぼ正しくて、読者もそれをわかっている。
広瀬 カラスは、そういう役割ってことですね。
山下 そうですね。いい人ばかりじゃつまらないし。そして、カラスの意見には同意するけど、でもやっぱり自分はブニーとブールドの味方だと読者に思ってもらえれば、より物語に入り込んでくれるんじゃないかと感じながら書いていました。
2ひきが怖がるような存在で、でも賢くて、そう思ったらカラスだろうなあって。
広瀬 そこからカラスになったのか。じゃあ別の何かでもよかった?
山下 なんでもよかったんだけど、でもやっぱり、ブニーとブールドは地面にしかいられないけど、カラスは空から見ることができますよね。人間の世界のことも町のこともみんなよくわかってて。
広瀬 あのカラス、ただ普通のこと言ってるだけですもんね。
ところでこれ、おばあちゃんってどこ行っちゃったんですか?
どこかにいるかもしれないとか、自分の中では「こういう設定が」とか決めているんですか。
山下 ぜんぜん決めていないです(笑)
広瀬 じつはおばあさんはっていうのはないんだ(笑)
山下 それはないですね。ある日出ていったきり、そういうのがいいかと思いました。孫ができるから子どものところに行っちゃったとか、病気になって入院しちゃったとか、そうではなくって、とにかくもうここにはいないっていうことにしたんです。おばあさんがどこでどうしていようと、それを書くことは、余計な説明になってしまうような気がしたので。
広瀬 でも以前はこの家に一緒に暮らしてたんですよね? ブニーとブールドがすごくパンが好きなんですけど、おばあちゃん関係ないんですかね。
山下 それはどうでしょう(笑)、最初からパンでしたね。ご飯に味噌汁じゃ日本になってしまいますし。
広瀬 無国籍じゃなくなっちゃう(笑)
このお話、パン食べたくなりますよね。
山下 2ひきはしょっちゅうパンのことを考えてますからね。パン屋さんのシーンも多いですし。
ちなみに広瀬さんのパンの好みは?
広瀬 あぁ、しょっぱい方が好きですね。ハムチーズパン?
山下 ハムチーズパンじゃなくて、ハムマヨネーズパンね。
広瀬 そうだった。ハムマヨネーズ(笑)
2ひきのパンの好みは山下さんの趣味ですか。
山下 ハムとマヨネーズは最強の組み合わせですよね。たまにお昼にコンビニに行って見つけたりするとつい買っちゃう。もう1個ってなったら、チョコレートコロネを買ってしまって。(笑)
広瀬 やっぱりそうなのか(笑)
山下 今回、ブニーやブールドやカラス以外にも、パン屋のおじさんや犬を連れたおじいさん、迷子の女の子など、登場人物が多かったと思うのですが、絵にするのはどうでした?
広瀬 けっこう難しかったですねえ。例えば、パン屋のおじさんって何才くらいだろうとか。このブタたちはおじさんって呼んでるけど、読む子どもたちはおじさんって今どのくらいのイメージなのかなとか。ぼくが思うおじさんの感じだと、けっこう年齢が上がっちゃうでしょきっと。最近そういうことを考えちゃって。
山下 うーん、たしかに。
お話づくりの背景には・・・
広瀬 さっきも言いましたけど、お話を作るときに実際には書かないけれど、実はほかにこういう設定があるということはあります?
山下 話が進んできて、この物語はきっとおしまいまでいくだろう思うと、よく地図とか描くんですね。今回も、町の地図を描いたり、家の周りを描いたり、家の中のものを描いたりしましたね。それで、私の絵にあって文章にほとんど出てこなかったのは、風呂ですね。家の外に彼らの風呂がある。
広瀬 へえ、風呂? 言ってくれたら描いたのに。
山下 ブニーとブールドは風呂が好きなんです。本物のブタもきれい好きですからね。風呂のことは、ちょっとだけ2ひきの会話の中に出したけど、シーンとしてはぜんぜん出てこない。ほら、犬が散歩に行ったら足洗うじゃないですか。この子らは足が短いんで、いつもおなかのあたりまで汚れるんです。
広瀬 はいはい。
山下 それで家に入る前に、体の三分の一くらいまで、ジャバジャバジャバとやったらそれがもうお風呂だっていう。2ひきはそれが大好きだっていうのとか。あとは出てこなかった彼らの知り合いっていうのもまだまだいたりして。
広瀬 そうそう、テキストと一緒に山下さんの中で決まっている設定の資料をもらったんですけど、描き始めるまでけっこう大変でしたね。家のサイズ、木の場所、部屋の中の様子も一度ぜんぶ絵に起こして。2ひきが部屋から外に出ていくときは、この家具のわきを通って、こういうルートで外に出ていったとか。ここがソファで、ここが本棚でって、それをつくるのにけっこう時間がかかりましたね。でもそれをやっておかないと、矛盾がところどころ起こる可能性があるから。まあ、それがぼくの仕事なんですけど(笑)
山下 きっとそこが大事なんでしょうね。書き手はある程度のディテールを提示して、あとは読者の想像に任せることはできるけど、絵描きさんはどんなものもあいまいにはできない。書かれているのは書き手の世界だけど、絵描きさんの世界を新たにつくらなければならないわけですからね。
表紙のこの石畳もこまかいですよね。広場の地面がこんな石畳だったなんて、知りませんでした。
広瀬 どこか、たぶんヨーロッパだったと思うんだけど、こういう感じの石畳の広場を見たような気がするんですよね。
山下 さらに、見返しには地図を丁寧に描いてもらって。見返しに地図があったり、何か別の情報があるっていうのは、子どもの頃からすごく得した気分になりましたね。何度も何度もそこに戻って、今ここにいるとか確認して、それがやっぱり嬉しかった。
広瀬 途中から地図も描くことになって(笑)。絵を描くのは最後までぜんぶ面白かったんだけど、女の子を描くのがちょっと楽しかったかな。あと犬。
山下 郵便局の石段で泣いている女の子、すごく好きなんですよね。なんだか切なくなる。
影響を受けた作家や作品
広瀬 山下さんは影響を受けた作家とかいるんですか。本とか。
山下 好きな作家はいますが、影響を受けたと言えるほどではないと思います。ただ、家に本があったという環境は、なにかしらその後に影響したと思いますね。私が育ったのは瀬戸内海の島ですから、まわりは海と山でした。家でじっとしているような子ではなく、とにかく外で遊んでましたね。走って1分で海でしたから、夏は日課のように海で泳いでました。なので、本はあまり読む方ではありませんでした。
それでも家に子ども向けの本があったので、友だちと約束のない雨の日とか、何かの拍子に本を手にすることは自然だったのかもしれません。強く印象に残っているのは、『シナの五にんきょうだい』と『長くつ下のピッピ』。『シナの五にんきょうだい』のあの痛快さは特別で、大人になっても読み返しました。
『長くつ下のピッピ』は祖父が買ってくれました。広島市内に住んでいた祖父に会いに行くと、必ず書店に連れて行かれ、「何でもいいから一冊選べ」と言われました。小学生の私は、ほぼマンガを選ぶのですが、それといっしょに祖父が選んだものも買ってくれたんです。その祖父が選ぶのは、リンドグレーンかケストナーでした。『長くつ下のピッピ』もその一冊で、ふだんはすぐには読まないのですが、母に「次におじいちゃんに会ったとき、買ってもらった本の話をしてあげれば?」と言われて、読み始めたら一気に読んでしまったのを覚えています。
大学生のときにアーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』のシリーズに出会い、児童書は侮れないと本気で思いました。出版社に勤めるようになってからは、読むのも仕事のうちですから、いい職につけて幸運だったと思います。時代もあったでしょうが、喫茶店で一日じゅう本を読んでいても、だれも文句は言いませんでしたから。
広瀬さんは絵を描くにあたって 影響を受けた作家や作品はありますか?
広瀬 ぼくはマンガしか読まなかったから。手塚治虫とかトキワ荘の人たちとか。絵の勉強はマンガの描きかたの本を読んだくらいで。もう描くのは毎回大変ですね、基本がないから。
山下 いや、学んだかどうかは別として、きちんとしたスタイルがあるというのは、基本があるという証拠でしょう。
お話の世界を広げる挿絵
山下 ところで広瀬さんは、絵本から高学年向けの読み物の挿絵まで幅広く手掛けられていますけど、対象読者の年齢層によって書きやすいとか、得意だということはありますか?
広瀬 うーん。それはあんまり考えたことがないかな。自分が子どもの頃はどうだったかな、というぐらいで。すごく小さい時にごちゃごちゃした絵を見せられてもっていう記憶もあるし、ちっちゃい子にはシンプルに、それからだんだん……まあ自分の好きなようにしか描いてないんですけど。
それと自分の絵に飽きちゃうので、画材とか描き方を変えたりはしてますね。
山下 まあ当たり前なんでしょうけど、作品ごとに広瀬さんの世界を構築されてるってことなんでしょうね。2ひきのブタもそうですが、広瀬さんの絶妙な表現が、「これしかない」って思わせてくれてます。
広瀬 いやあ、それは結論から言えばで。だれが描いてもそうなるんじゃないかな。ぼくはどうしても細かい絵になっちゃうんで、余計ディテールが目立つんだと思うんですよ。もっと太い線で自由にザーッと描ければいいんだけど。そういう絵だったら、別にここに何がなくっちゃ変だとか、キャラクターの大きさが前のページと違うとか気にしなくていいじゃない。なんでこんな細い線を描くことになっちゃったんだろう、おかしいな(笑)
山下 でも、テキストがあって絵を描いたかもしれないけど、文と絵が一緒になったとき、逆にこの絵があるからもっとお話が広がるっていう感じは絶対にありますよね。
すごくこの挿絵に文章が助けられているところがあるなあと、読み返してね、嬉しいなあと思いますね。
広瀬 そう言っていただけるとありがたいです。
山下 今回は予想以上にたくさんの絵を描いていただきました。しかも線の多い絵で、相当時間がかかったんじゃないかと思うのですが。どのくらいのペースで仕上げられました?
広瀬 作業としては1日、2、3枚は描けてるんじゃないかな。さっきも言いましたけど場所とか人物の設定とか、どのシーンをどういう構図で描くかとか、そこが決まるまで時間がかかるんですよね。なので本描きをはじめてからはわりと順調に進みましたね。最初どのくらいの挿絵のボリュームになるかわからなかったので、ラフをたくさん描いてその中から選んでもらおうと思って。
山下 いつもそういうやり方ですか?
広瀬 いや、そんなことないですね。いつもはだいたい挿絵が入るページ数が決まってることが多いので。自由に描いて、ダメだったら描きなおすっていう感じです。
山下 じゃあこの本は、特別だったわけですね。これだけの絵が入って、とっても贅沢な本になりました。
広瀬 たくさん描いたラフの絵がどんどん採用されていって。自分でもこんなにたくさん描くとは思わなかった。このままいったら、いつまでかかるんだろうって(笑)
読者の子どもたちに
編集部 最後にお二人にうかがいます。このお話を子どもたちにどんなふうに楽しんでもらいたいですか?
山下 そうですね。自分が本を読んでいてもそうなんですけど、面白い本というのは、その場所に、その世界に連れていってくれますよね。そしてそこで起こる出来事や登場人物の言動に気持ちをゆらされてしまう。『ブニーとブールド』がそんな物語になっていればいいなと思います。そしてこの本を手に取ってくれた読者が、読み終えたあとでも「またブニーとブールドの背中の音を聞きたい」「また2ひきに会いたい」と思ってもらえたら、いちばん嬉しいですね。
広瀬 何回も読んでほしいですよね。
そして絵もじっくり見てくれたらぼくはとても喜びます(笑)
編集部 はい、たくさんの子どもたちに、繰り返し読んでもらえたら嬉しいですね。
山下さん、広瀬さん、今日はありがとうございました。