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お年よりと絵本をひらく 第12回 「おじいさん、おばあさんの絵本」中村柾子

「子どもたちだけではなく、お年よりにも、絵本を楽しんでもらえたら」元・保育士の中村柾子(なかむら・まさこ)さんは、2年半のあいだ、毎週のように近所のデイサービスに通っては、10人前後の利用者の方々と一緒に、手作りのおもちゃで遊び、絵本を楽しんでこられました。その日々の記録を、連載でお届けしています。(編集部)

高齢化社会を反映してか、絵本の世界にも、お年よりがずいぶん登場するようになりました。
でも、絵本は本来、子どもが読むことを前提に作られていますから、それらの絵本が、即、お年よりに適しているかといえば、そうとも限りません。病気になったおじいさんを見舞ったり、今は亡き人をしのぶような絵本は、子どものお年よりへの理解になっても、高齢の方が読むには、つらいのではないでしょうか。
では、どんな絵本が好まれるでしょうか。
 
子どもを見守る存在
たとえば、おじいさんやおばあさんの存在が、やさしさや励まし、深い知恵をもって子どもを見守る人であったら、とても嬉しいはずです。

『よあけ』に登場するおじいさんも、その一人でしょう。湖のそばで毛布にくるまる、おじいさんと孫。あたりは暗く、物音ひとつしません。やがて動物たちが動きだすと、おじいさんは孫を起こして、ボートを押しだし、湖に漕ぎだします。そして二人が見たのは、一瞬のうちに緑に染まった、山と湖でした。

『よあけ』
(ユリー・シュルヴィッツ  作・画 瀬田貞二  訳 福音館書店)より

夜明けの瞬間を描くその絵に、施設(デイサービス)のみなさんから、感嘆の声が上がりました。
そして、聞き手ひとりひとりのなかにも、戦時中の疎開先で見た日の出の光景や、海で迎えた夜明けなど、夜明けの思い出が、しっかりしまわれていました。
「このおじいさん、孫に夜明けを見せたかったのね」
「いろいろなところに子どもを連れて行ったけど、夜明けを見せてやろうと思ったことはなかったわ」

夜明けを目の前で見ることは、幾度もあることではないでしょう。孫に、買うことのできない贈り物を与えたおじいさんの気持ちが、静かに、喜びをもって迎えられた絵本体験でした。
 
おばあさんの無償の愛
『こんとあき』に出てくるおばあさんは、孫娘のあきの誕生祝いに、きつねのぬいぐるみを作ってやりました。「こん」と名付けられたきつねは、あきのまたとない遊び相手で、とうとう腕がほつれてしまいました。
悲しむあきにまた笑顔を取り戻させたのは、おばあさんのやさしさです。おばあさんがつくろってくれたおかげで、きれいなきつねに戻ったぬいぐるみは、あきをまた元気にしてくれました。

『こんとあき』
(林  明子  作 福音館書店)より

「おばあさんが作ってくれたから、特別だいじなのよね」と、いとおしそうに絵本を見直していたSさんが、中表紙に描かれている絵に目を留め、「これなにかしら」と、言いました。すると、すかさずMさんが言いました。「これで、『こん』ができるんじゃない?」 

『こんとあき』より

私は、カバンの中から、その図面で作ってみた、「こん」のぬいぐるみを取り出しました。20センチにも満たない、小さな「こん」です。
「まあ、かわいい。でも、何か着せてやって。はだかじゃかわいそう」
「こん」は、みなさんの手から手へ渡り、頭をなでられていました。

息をのむような夜明けの光景を孫に見せてやったおじいさん、孫娘のぬいぐるみに再び命をよみがえらせたおばあさん、どちらの子どもも、このうえなく満ち足りた体験をしました。身近な親しい人から受けるこうした無償の愛が、子どもの育ちを支えるのだと思います。
 
「ああ、よかった」エールの拍手
子どもと祖父母との温かい関係を描くこの2冊のほかにも、施設のみなさんに感動をもって迎えられた、お年よりが主人公の絵本がたくさんあります。

一人の女性の生涯を描いた『ハルばあちゃんの手』は、そのうちの1冊です。

『ハルばあちゃんの手』
(山中 恒  文 木下 晋  絵 福音館書店)より

ハルの手は、子どもの頃からとても器用でした。そのハルの目の前に、やがて伴侶となる男の子があらわれました。ユウキチです。大人になったハルとユウキチは、結婚の約束をします。けれど、故郷を離れ菓子作りの修業に励むユウキチは、いつになってもハルのもとに帰ってきません。

ここまで読んでくると、聞き手の表情に緊張感がただよってきます。祈るように手を合わせている人もいます。やっと「ごめんよ、またせたな」といってユウキチが帰ってくると、Iさんが「ああ、よかった」と、声を弾ませました。ほかのみなさんの顔にも、笑顔がこぼれます。

ハルは一生働きづめだったけれど、物語が少しも暗くないことが、共感を持って迎えられました。それは、ハルが思い出の人ではなく、今を生きる人だからです。見終わって、拍手をした人もいました。いろいろあっても、決して不幸ではなかったハルへの、エールの拍手だったのだと思います。

著者プロフィール
中村柾子(なかむら・まさこ)
1944年、東京生まれ。青山学院女子短期大学児童教育科卒業。
10年間幼稚園に勤務後、保育士として26年間保育園で仕事をする。退職後、青山学院女子短期大学、立教女学院短期大学などで非常勤講師を務める。
著書に評論『絵本はともだち』『絵本の本』(ともに福音館書店)がある。

noteでの連載は、今回が最終回です。ご愛読をありがとうございました。これからもぜひ、身近なご年配の方々といっしょに、絵本をひらいていただけると幸いです。(編集部)


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