【短編小説】モッチー1
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「メメント・モリ《死を忘れるな》」が口癖の女の子がモッチーだった。
正確には、途中からそれが口癖になったのだ。
中学生の頃、僕に初めて彼女ができた。その女の子はモッチーではなかった。モッチーは彼女の親友で、もう一人の女の子を含めた女子三人組でよくつるんでいた。
彼女のことを僕は川村と呼んだ。利発的な性格で、よく主張する女の子だった。僕の所属している部活は男子テニス部で、川村は女子テニス部だったから、それなりに親交はあったのだが、付き合い始めたのは中学三年生になってからだった。しかし、そんなことは今はどうでもよい。
もう一人の女の子は青木という名前だった。実は僕は青木についてほとんど何も印象を抱いていない。だから、やはりどうでもいい。
モッチーは美術部に所属していた。何度か絵を見せてもらったことがあるが、中学生にしては相当に上手で、市内コンクールでも表彰されていた。モッチーはショートの髪型で、眉が垂れ気味の女の子だった。
三人と僕は同じクラスだった。インターネットで流行っていたアニメや漫画の内容でよく盛り上がり、もう一人の背の高い男子(柏崎という)も入れて合計五人のグループができていた。当時はスマホは普及していなかったから、家のパソコンで調べたことを学校で話すのが日常となっていた。
川村と僕が付き合い始めた当初、モッチーを除いた二人は
「ひゅう、熱いねぇ」
「川村、抜け駆けするな!」
と揶揄ってきた。モッチーだけは興味がなさそうに絵を描いていた。そんな一幕があった後も僕たちの親交は続いた。
ある日、青木が自殺した。
突然の事だった。
青木が一日学校を休んだその次の日、おどおどした様子の男性担任から青木が転校したと告げられた。
しかし、実際はそうではないらしいと、生徒の間で噂話が流れていた。なんでも、電車に飛び込んで死んだらしいと。
放課後、夕暮れの中で、最も親しかった川村とモッチーが青木の家に事情を聞きに行った。
次の日、二人は僕と柏崎にだけ、青木が死んだことを伝えた。
言い終わった後の川村は涙目で、沈んだ様子だった。モッチーは気まずそうに顔を伏せていた。
川村の家で過ごしていると、震えた声で彼女が切り出した。
「どうしよう。あたしたちのせいだよ」
「どういうこと?」
「青木さあ、なんで自殺したか、知ってる?」
「知らない。家の人が話してくれたの?」
「うん。あたしとモッチーだから話してくれたけど、一応君にも教えておくね」
川村はこちらに向き直って言った。
「青木、大学生の彼氏がいたんだよ」
「へぇ!」
初耳だった。中学生からしたら、大学生なんて大人すぎる。
「川村は知っていたの?」
「ちょっと前に教えてもらった。M学院大っていうところだって」
「そうなんだ」
川村が言った大学はよく知らなかったが、有名な私大と名前が似ていることだけ分かった。
「三日前、あたしたちと別れた後、青木がその大学生の車に乗っていくところみたんだ……」
「うわぁ。それは……」
「ね、まずいでしょ? 怪しいよね?」
「それで、どうして僕たちのせいになるのさ」
「そう、それなんだけど……」
川村はまた泣きそうになる。僕の制服の端を掴んで、決心してから言った。
「青木がその大学生と付き合い始めたのって、あたしたちが付き合い始めてすぐ後なんだよ。気づかなかった? 青木のあの目……。あの、恨めしそうな……」
「あぁ……」
僕はすべてを了解した。要するに、青木は僕たちの真似をして、もしくは嫉妬をして、焦って彼氏を作ったのだと、そう言いたいのだろう。
「その日は泊りだったって……」
「家の人は? 止めなかったの?」
「あたしたちと泊る……って聞かされてたみたい」
つまり青木は両親に嘘をついて、大学生彼氏と会っていたのだ。男女が外泊して何をするかということは、中学生ならば誰でも知っていた。
「家に帰ってきた青木、ボロボロで、家に帰って三時間もお風呂にこもってたんだって。ずっと泣き声がしてて何事かって聞いたんだけど、何も答えなかったらしくて……」
僕はその光景を想像して辛くなった。その大学生がどんな顔をしているか、どんな名前をしているか、どこのどいつなのか気になった。
少しの沈黙の後、川村は言った。
「だから、あたしたちが付き合いさえしなければ……」
「そんなこと言うなよ」
つい口に出てしまった。けれどこれは本心だ。青木が死んだのは僕たちに端を発するのかもしれないが、直接的な原因ではない。青木の死で僕たちの関係に傷が付くのは違うだろうと思った。
川村は決壊したようにぼろぼろと涙をこぼした。その日、僕は彼女を抱きしめることしかできなかった。
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