【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき―今、日本が取るべき選択とは(柳澤協二氏)
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■ロシアの軍事侵攻を見誤った3つの原因
ロシアがウクライナに侵攻しました。この間の出来事について、先の論考に追記させていただきます。私は、3つの点で見通しを間違えていました。
①プーチン大統領の狙い
プーチンは、昨年末からウクライナ国境近くに多数の軍を配置して大規模な演習を行っていました。私は、かねてから内戦状態にあった同国東部2州(ドネツク州、ルガンスク州)の支配強化を目指す行動だと思っていました。それにしては、軍の配置が大掛かりすぎるわけですが、欧米の干渉を恐れて、戦争瀬戸際の危機を演出しているにすぎない、ということです。
戦争を決断するには、目的の重大性、戦争のコストに耐えること、そして戦争の大義が必要です。プーチンが国内向けに強い指導者をアピールするには、「東部2州のロシア人を保護する」というのは、一応正当な理由が付きます。しかし、ウクライナに全面侵攻すれば欧米が黙っていない。相当なコストを覚悟しなければならないうえに、北大西洋条約機構(以下、NATOと略)に加入していないウクライナがロシアにとって脅威であるはずはないので、戦争の大義もない。
イラク戦争でさえ、間違いではあったものの、「イラクが大量破壊兵器を持ち米国に対して使おうとしている」という先制攻撃の”大義”がありました。プーチンが言う「ウクライナがNATOに加入すれば脅威だ」というのは、現にそういう動きがない段階では、先制攻撃以前の”予防戦争”にすぎません。この論理が成り立つならば、米国はとっくに中国を攻撃しています。
しかし、プーチンのNATOへの恨みや恐怖は、そんな”常識”を受けつけなかった。これが二つ目の見込み違いです。そして三つ目は、欧米は、ロシアが二の足を踏むようなコストを示さなかったことです。
②プーチンのNATOへの恨みや恐怖
プーチンは一貫して、NATO不拡大を要求していました。ソ連崩壊後、NATOが東方に拡大し、ポーランド、ルーマニアに加え、ロシアと国境を接する沿バルト三国が加入しました。これらは小国ですが、広大な国境を接するウクライナが加入すれば、ロシアの南と西がNATOに囲まれる。その恐怖感は、地政学的には理解できなくもない。だから私は、ロシアを暴走させないためにはウクライナがNATOに加入せず、ロシアから見た”緩衝地帯”であり続けるという”安心供与(reassurance)”がカギになると思っていました。だが、欧米は一貫してこれを拒否し、プーチンは不満を募らせていました。
これは、ロシアを抑止する観点からも不十分なものでした。ウクライナが”NATOに加入しなくとも安心できるロシア側からの保証”を求める姿勢で交渉すれば、論理的には、戦争という選択を封じ込めることができたのではないか、と思います。
マクロン仏大統領とショルツ独首相は、キエフやモスクワを回って仲介を試みていました。私は、その姿勢を評価していました。結果としては、”中級国の仲介の限界”を示すことになってしまいましたが、プーチンの狙いが”東部2州”にとどまっていたなら、また、”NATOの拡大をしない”というカードがあれば、仲介は成功の可能性があったと思います。
③腰砕けだった欧米の警告
一方、欧米は、ウクライナの側に立つことを約束し、ロシアには最大規模の制裁を警告していました。もちろん、軍事介入を約束したわけではないでしょう。そこは、欧米ともに慎重です。しかし結果的には、欧米の支援をあてにしたウクライナを”けしかける”形となり、妥協を難しくしたことは否めません。
■ウクライナ侵攻への3つの怒り
私は今、三つのことに怒りを覚えています。
①プーチン大統領への怒り
一つは、当然ながら、戦争を始めた独裁者プーチンに対する怒りです。自分の野心のために兵士や市民の命を顧みないことが人として許し難い。20年も独裁権力を握ってきたプーチンは、権力維持を自己目的とし、それが国家を救うことだという発想がある。そこに、国民の幸せという視点はない。批判を受け容れない権力の怖さは、そこにあります。権力は必ず「道徳的に」腐敗する。
国連憲章2条4項は「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と述べています。プーチンの行為は、これに真っ向から違反しています。
②核兵器による恫喝
二つ目は、プーチンが「ロシアは核大国である」と公言していることです。「ロシアと戦争すれば核を使う、だから文句を言うな」と国際社会を脅しているのです。核は、もっぱら抑止のために必要であると考えられてきました。核を使うような戦争をしないために、いわば”使わないための兵器”として存在が認められてきました。核の使用を前面に出して他国を威すことで、プーチンは、世界の人々の命を何とも思っていないことを証明しています。こんな論理もまた、許してはいけない。
この二つの点でプーチンの戦争は、第2次大戦後の世界秩序を根底から覆すものです。
③欧米諸国のウクライナへの”裏切り”
三つ目には、自分が血を流して守るつもりもないのに、結果的にウクライナをけしかけ、見棄てることになった欧米諸国の”裏切り”です。軍隊を送らなくても、ロシア経済を破綻させるような制裁を予告していましたが、実際にはプーチン個人の資産凍結のようなシンボリックなことしかやっていない。大規模な経済制裁は、対象国内の弱者を直撃しますから、決して人道的とは言えない。ただ、戦争という究極の人道危機を防ぐためには必要な場合もありうると思っていましたが、それすら実施できていない(※)。
街なかで暴漢に立ち向かう青年を、「俺たちがついている」と応援しながら、いざ彼がボコボコにやられると、「あれはうちの子ではないから」と見て見ぬふりをすることなど、できませんよね。しかし、いま私たちが目にしているのは、そういう構図です。これは、見通しを間違っていた私にとっては、怒りというよりトラウマとして残るでしょう。私には、何の政治的力もないけれど、一人の市民として感じる不条理を見過ごせないのです。
■日本がとるべき道とは
では、私たちに何が問われているのか。
「台湾有事で中国も同じことをするのではないか」とか、「ウクライナは米国の同盟国ではないからやられた」という発想が出てきます。それは、一面の真理だと思います。しかし、「台湾はご近所だが、ウクライナは隣町の話だから仕方ない」で済ませていいのだろうか。「自分のことを優先するのは当たり前」だとしても、「他国のことは無視して当たり前」ではないと思います。
今回の経緯の中で私たちは、”戦争”を映像として見ています。戦争をしてはいけないという思いが自然に出てきます。それは、遠いか近いかに関わりません。そこを出発点にしましょう。まずは、プーチンのような政治家に本当の代償を払わせなければなりません。代償は、今の戦争を止めるのではなく、将来の戦争を止めるためです。
国連安全保障理事会は、ロシアと中国が常任理事国として拒否権を持っています。それは、国連の理想を実現するためであって、自ら国連憲章を踏みにじるような国が特権的な権利を持っていては、国連は成り立たない。今、改めてこうした国連の仕組みの見直しを求めたいと思います。それは、今日のウクライナが明日の自分の運命かもしれない中小国の意見を反映するものでなければなりません。日本は、国連総会でこうした議論を起こすべきだと思います。
そして、核の脅しにも国際世論を結集して対抗しなければなりません。この機会に、”核の先制不使用”をすべての大国に約束させることは、不可能ではないと思います。大国には特別な”わがまま”が許されるのではなく、特別な自重の責任があることを示していく。その姿勢が、気候変動や感染症対策など、人類共通の課題にもつながっていくと思います。
私は、こうしたことを、野党を含めた政治に求めたい。政治がやらなければ、市民がやらなければなりません。ロシアでも反戦デモが起き、プーチンが躍起になって弾圧しています。やはり、市民の力は無視できないのです。
日本の憲法前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあります。公正と信義を踏みにじる国やリーダーがいれば、立ち向かわなければならない。その意味でウクライナは、「国際社会と協調して」行動する以前に、日本自身の問題としてとらえなければならないと思います。
「一人の力は微力だが無力ではない」。これが実は知り合いの民族派右翼の活動家から聞いた言葉だと言えば、日本国憲法前文を引用した直後に驚かれるかもしれませんが、立場の違いにかかわらず守るべきものは同じなのだと思います。私は、この言葉を信じたいと思います。そうでなければ、ウクライナの悲劇はくり返されると思うからです。
【執筆者紹介】
柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)
東京大学法学部卒。防衛庁(当時)に入庁し、運用局長、防衛研究所所長などを経て、2004年から09年まで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)。現在、国際地政学研究所理事長。
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