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親愛なる"間借り人"(DearTenant)

台湾映画「親愛なる君へ」(原題:親愛的房客 /英題:Dear Tenant)を見た。
予告編を見て公開前から期待していたが、鑑賞後はそれ以上のものを受け取った気持ちになった。

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*以下、使用画像はすべて日本配給公式Twitter(@filmotto)のものを使用。

日本語字幕版予告編
https://youtu.be/pUsBpfUnfuw

ピアノ講師のジエンイーは、5年前に亡くなった同性パートナーのリーウェイの実家に間借りしながら、リーウェイの老母シウユーの介護と、リーウェイと元妻との息子ヨウユーの面倒をひとりで見ていた。ある日、持病があったシウユーが急死してしまう。実家を離れているリーウェイの弟リーガンは、ジエンイーが遺産目的で故意に母親を殺したのではないかと不振を抱き、警察に通報してしまう。同性愛者への偏見を持った警察官の捜査による取り調べや不利な証拠が次々に見つかり、ついには裁判にかけられてしまう。だが弁解は一切せずに、なすがままに罪を受け入れようとするジエンイー。時間軸が前後しながら、次第に彼の想いが明らかになっていく。


あらすじだけだと、今までも聞いたことがあるような感じがする。
でも、僕はこの作品の凄さは脚本だと思う。
大抵このような話では、主人公カップルが善良で、対する家族や警察が偏見や差別にまみれた対応をする、と言うような設定が多い。
でもこの作品は、そんな単純な物語になっていない。
絶妙なタイミングで回想シーンを入れ過去と現在を行ったり来たりすることにより、視聴者は少しずつジエンイーの気持ちが分かってくる。
そして他の登場人物皆の心情を理解し納得できるような想像の余地がある。
これは当然のようで、ものすごいテクニックだ。

そこが、僕が心をつかまれた理由だと思う。

・個人的なキャラクター雑感。

作品の感想を書こうと思っていたのに、考えれば考えるほど登場人物たちに思いを巡らせてしまう。それくらい、みんな“生きている”と感じられた。
☆以下、ややネタバレを含みます。

チョウ・シウユー(リーウェイの母)
重い糖尿病を患っている。
リーウェイとジエンユーとの関係を孫のヨウユーに伝えることを口止めしていることがこの物語のしこりの一つとなっているが、彼女はジエンユーを疎ましく扱ったりはしない。それに、献身的に自分の面倒を見るジエンユーに対して「息子が惚れるのも当然だ」と言ったりする(このシーングッときた)
彼女は不器用なだけで、孫も、息子も、息子が愛した人も大切に思っている。それがよく伝わる。
養子の話も不動産の話も、ジエンユーと孫のヨウユーに幸せになって欲しいという一心だったんだろう。
演じるチェン・シューファンは現在82歳で台湾では有名な俳優と言うことだが、その情報を知らなくても伝わる名演だった。
大御所であるにもかかわらず"台本を読んで二つ返事で引き受けた”というエピソードもグッときた。

ワン・リーガン(リーウェイの弟/ヨウユーの叔父)
僕は、こういう役の描き方で作品の品が決まると思っている。
とことん悪役にできるし、その方がわかりやすく盛り上がる。
でもこの作品ではそのような演出をを極力抑えて、リアリティを感じさせる人物にしている。
見た限りでは、若くして家を飛び出し中国でビジネスをしているが、借金をして家族を困らせてきたようだ。
兄のセクシャリティをいつから知っていたのかは知らないが、自分のせいで兄が望まない結婚をしたことや、死後もジエンイーに家族を背負わせていることに対しての負い目があるように感じるし、自分がジエンイーより母親に大切にされていないのではないかという嫉妬のような気持ち、それがあのような行動につながったのではないか。心から同性愛者に対して偏見があるとか差別的と言うよりも、個人的な感情を強く感じた。



ヨウユー(リーウェイの息子/ジエンイーの養子)
いわゆる「かわいい子役」ではない。あんまり笑わないし、愛想がいいとは言えない。
でも、だからこそ物事をよく見ている。そしてジエンイーへの確かな信頼を感じる。
日常ではさりげなく過ぎていく想いが、重要な局面でドッとあふれ出すような演技がとても上手だった。



ワン・リーウェイ(ジエンイーのパートナー)
何より象徴的だったのはジエンイーにブレスレットを贈るシーン。
実は元妻と同じものをプレゼントしたことにジエンイーは怒るが、僕は心の中で「そう言う人だから好きになったんでしょ」と苦笑いした。
自身のセクシャリティを自覚しながら、弟はあてにならず、長男の自分が家を背負って行かねばならない。母を安心させる、社会的に一人前になるために“女性と結婚し子を設ける”ことは必要不可欠だったのだろう。
でも、彼はそれを割り切ってはいなかったんじゃないか。彼なりに元妻を大切にしようと思っていたんじゃないか・・・そうじゃなければ、“本命”の男と同じものを贈ったりしないはずだ。きっと彼なりに元妻のことも大切にしていたんだ・・・と想像できた。
自分が背負わざるを得なかった弟の借金や母親や長男としての社会的な重圧に対して、リーウェイは彼なりの優しさで乗り越えようとしていたのではないだろうか。
家族から逃げ出すこともできたはずだ。ジエンユーと駆け落ちして、どこか誰も知らない町で生活することだってできたかもしれない。
でも、彼はそれをしなかった。ジエンユーとも別れなかった。
それは優柔不断とか社会的なプレッシャーに負けたと言われてしまうかもしれないけど、僕は不器用だけどそれが彼の優しさで、だからこそジエンユーはリーウェイのことを好きになったんだと思う。だって、この作品を見て僕はリーウェイのことがとても素敵に見えたから。
死後5年経過しているはずなのに、回想シーンとは思えないほどジエンユーの思い出の中で鮮やかに生き続けている。



リン・ジエンイー(リーウェイのうちに住む"間借り人”)
たしか劇中で“1977年生まれ”と言っていたので、現在40代半ば。自分の人生の行く末を考え始める年齢だろう。
亡きパートナーの母親の介護と息子の世話を続けることは、きっと彼にとって幸せだったんじゃないかと思う。
多くの場合、同性カップルの片方が亡くなった場合そこで関係は終わる。
“その後”が続くことはない。
でも彼は毎日息子や母親のなかにリーウェイの存在を感じていたはずだ。そして、彼とのつながりを感じていたはずだ。
だから、きっと負担より幸せが勝っていたんじゃないだろうか。
ジエンイーの家族がまったく描かれないのもポイントだ。裁判になっても肉親が出てこないということは、おそらくジエンイーは肉親がいないか絶縁しているのだろう。だからこそ、今自分が関わっている家族のことを大切に思っているのではないか。

だからと言って彼を聖人のように描かなかったところが、この作品のいい所だと思う。
人知れず小さく泣くシーンがいくつもある。たまにストレスを発散するシーンもある。そして、彼が抱えていた“贖罪”を描くことによって一気にジエンイーというキャラクターが深くなった。
細かい描写と演じるモー・ズーイーの演技によって、素晴らしいキャラクターが生まれたと思った。

・タイトルについて

別々の人間同士が想い合って寄り添い合って生活しているとき、彼らは“家族”なんだと思う。
それを踏まえたうえでタイトルの意味を考えたい。
英題は「DearTenant」ここでTenantは“間借り人”という意味だろう。
これは、だれがだれに向かって言っているんだろう。

劇中ヨウユーがジエンユーになぜ自分を養子にしたのか尋ねる場面がある。
確実にパートナー同士でありながら、ジエンユーとリーウェイの関係を公的に証明するものは何もない。
警察での取り調べを受けるとき、ジエンユーは言う。
「もし自分が女性なら聞かないですよね」
いくら当人同士が証言しても、周囲の人が認めても、公的にはジエンユーはあくまでもリーウェイの“間借り人”でしかないのだ。
制度がないということがいかに人を苦しめるのか、問題提起している。
残念ながら邦題では変わっているが、このタイトルに込められたメッセージは重要だと思う。


・映画で社会を考える

以下はチェン・ヨウチェ監督のメッセージだ。

最初は、ある男性が、亡くなった同性パートナーの代わりに、その家族の世話をするという物語を描こうと思いました。
パートナーが暮らした中で生き、彼が愛した人を愛することが、男性にとって彼を想い続ける方法だったのです。
しかし物語が進むにつれて、登場人物の間にさまざまな感情が交差していきます。
この感情は相手の心に響き、自分のところにも帰ってくるのです。
言葉には表せないけれど、それは確かに存在するものです。
いかなる民族や性的指向にかかわらず、この種の感情が血縁のない人々を家族にするのだと、私は心から信じています。
(公式サイトより)


この作品は、第57回台湾アカデミー賞(金馬奨)の最優秀主演男優賞、最優秀助演女優賞をはじめ、数多くの賞を受賞した。

監督は2018年から脚本を書き始め、制作中に台湾で同性婚法案が可決されたそうだ。
日本での同性カップルへの権利獲得が遅々として進まず現実に憤りを感じている中で、隣国でこんなに深く真摯に同性カップルが「家族になること」を見つめた作品が作られ評価されていることに驚くとともに、自分の気持ちを代弁してくれているようで希望を感じることができた。日本にも、ジエンイーのような思いをしている人は、今も確実に存在しているだろう。

現実社会ではどんなに愛し合っていようが「きみと僕」の2人だけで世界を完結させることはできない。関係が深まり長くなればなるほど、お互いの所属するコミュニティや家族と関わらなければならなくなる。ただ“一緒に住んでいるだけで十分"ではいられなくなる。じゃあ、どうすればいいか、それを静かに訴えてくれるような作品だった。


物語の重要なシーンで使われる主題歌のMVが見られます。
これだけでも素晴らしい作品になっているので、ぜひ見てみてください!

『親愛なる君へ』主題歌「夢の中で」日本語字幕入りミュージックビデオ
https://youtu.be/Rcvne0bTQl0

日本語公式サイト
http://filmott.com/shin-ai/index.html


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