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あの夏のセミ
数年前のある夏の日。
会社の空調が寒すぎて体が冷え切ってしまうので、当時は休み時間になると外に出ていた。
その日の夕方の休憩も、会社から歩いて5分ぐらいの、公園とも言えないベンチが数基ある広場に行った。
緑が多い場所なのでうるさいぐらいセミが鳴く中でベンチに座ってスマホを見ていた。
10分ぐらいでまた会社に戻った。
自席に少し座って、そのあとウロウロしてから席に戻ろうとしたら、座面に何かあるのが見えた。
黄色いような茶色いようなかたまり。
一瞬、「え? 私、自分でも知らないうちにウ◯コ漏らした??」と思ったが、近づいてよく見たら、それは瀕死のセミだった。
セミは羽が片方しかなく、体も半分潰れているようで黄色っぽい体液がたくさん出てしまっていたが、まだかろうじて生きていて、ゆっくり動いていた。
思いがけない光景にパニックになり近くの同僚に話しかけたら同僚はティッシュをくれて、社員はそのセミを外に持って行ってくれた。
私は椅子を拭きながら、何が起こったのか必死に考えていた。
もしかしたら、自分が持ち込んだセミを座った時に踏んづけたのか?とも思ったけどそれなら自分の服の尻部分が汚れているはずだ。
トイレに行って鏡を見てみたら、ほとんどどこも汚れていなくて、1ヶ所だけ、ふくらはぎにポツンと体液らしいものがついていた。
おそらく、外のベンチで座っていた時にベンチにいたセミが私の足に移り、そのまま会社まで連れて行き、私が自席に着いた時にまたその椅子に移って、椅子の側面から座面に移動した、と思われる。実際、椅子の側面から座面まで線のような体液がついていた。
それなら私の足にとまった時に動き回ってもおかしくないのにセミはじっとしていたらしい。
そのへんのセミの気持ちまではわからない。
どこかの時点で自分がセミを傷つけた可能性も考えてみたけど、そもそも元気なセミは、私の足にとまらないだろうし、歩き出してからもじっとして飛び立たないわけがない、と思う。
やっと事が飲み込めてからも私はなんとも言えない気持ちになっていた。
死んで道でひからびてるセミなど見慣れすぎてもう何も思わない。
あの瀕死のセミは事故に遭ったのだろう。
飛ぶことも鳴くこともできなくなっても、まだ、生きようともがいていた。
そんな生々しい生き物の姿はあまり目にすることがない。
一匹のセミに「いのち」を見せつけられている気がして、畏怖のようなものを感じた。
あのセミが私に何かを伝えようとしていたのかはわからないけど、私の中には確かに何かが残った。
セミの声が聞こえてくると、あの壮絶な死にかけのセミの姿を思い出す。