『理不尽ゲーム』 サーシャ・フィリペンコ (著), 奈倉 有里 (翻訳) 「ロシアの忠実な弟」ベラルーシの独裁社会の現実を、若いいまどきな感覚の作家が、いまどきな感じの主人公を通して描いた小説。ウクライナの隣人、ロシアの弟国、あの地域の雰囲気を知るためにも、おすすめ。
『理不尽ゲーム』単行本 – 2021/3/26
サーシャ・フィリペンコ (著), 奈倉 有里 (翻訳)
Amazon内容紹介
ここから僕の感想、意見。
まさかウクライナがこんなことになると思わなかった昨年末に買って積んであった。新聞書評欄で話題になっていたから。
この本の中では、登場人物たちが、ロシアのことを「兄さん」自分たちを「弟」というところがたくさん出てくる。
今回の戦争関連ニュースでも、プーチンを兄と慕う、ベラルーシの独裁者、ルカシェンコがよく映る。うちの妻は、『鎌倉殿の十三人』に出てくる北条義時のお父さん北条 時政 (坂東 彌十郎) みたいな人ってルカシェンコの印象を言う。お調子者でけんかっ早くて、あんまりというか全然知的な感じがしなくて女好きで。
そういう人物が独裁者としてやりたい放題をしていて、それを誰も止めることができず、大事なことは兄さんの国の言いなりで。
しかし独裁のやり方は兄さんの国よりもっと乱暴で。
そういう国で、実際に起きた、1999年の事故(これは政治暴動ではない)で、16歳で意識不明になり、10年後に目覚めた主人公。1999年の時から独裁者だったルカシェンコがそのまま独裁者でいつづける、停滞し、いや、ますますひどくなっている国。
普段は、大統領は自分のアイスホッケーチームを持っていて、わざと負けてくれるチーム相手に試合をしたりという、しょうもない独裁者ぶりを発揮しているのだが、選挙の時はえげつない。若く有力な対立候補を自殺にしたてて殺してしまうし、選挙結果に抗議しようと集まる反対派のことは容赦なく暴力的に弾圧して1000人以上も逮捕しまくる。反対派がやったとおぼしき爆弾事件がおきると、なんと、男子国民全員の指紋を登録させる。
ウクライナとの関係や、ドイツとの関係なども、この小説からうかがい知ることができる。
チェルノブイリの所在地はウクライナだが、国境に近い。ので、ひどい汚染、被曝はベラルーシの子供たちにもあった。主人公は1984年生まれの設定だから、2歳のときに事故があったことになる。で、被曝した子供の保養(放射能汚染のないところで夏休みを過ごすことで被曝の影響が下がる)ので、ドイツの家庭に夏休みに保養に行く、という制度があり、主人公は別に被曝したわけではないが、その制度で毎夏、「ドイツのパパとママ」のところに毎夏、保養に行っていた。主人公がこん睡状態になった後、このドイツの両親が「自分たちが引き取って、ドイツで最先端の治療をしたい」と申し出る。
この小説全体がある種の「比喩」として書かれているとすると、ロシアが「横暴な兄」であるならば、ドイツは「他人だがベラルーシを気に掛ける善意の人」のように、ベラルーシに(おそらくウクライナにも)関わっているということなのだろう。
「ことば」の問題も興味深い。ベラルーシ語とロシア語は、方言くらいの違いらしいのだが、ルカシェンコは、公用語をロシア語にしてしまったので、主人公はベラルーシ語は、学習してしか話せない。ネイティブ的には話せないのである。
このあたり、ウクライナは反対で、ウクライナ語ロシア語を公用語にしていたが、最近、ロシア語を公用語から外した。
この三兄弟国、乱暴で力も金もある長兄ロシア、貧乏で長兄に頼るしかない末弟ベラルーシ。に対して、乱暴な長兄ロシアから離れたくて、西側にいる、親切な他人のほうに出ていきたい真ん中の弟がウクライナ、ということなんだろうな、ということは分かる。
一方、(前に投稿で書いたが)、先の大戦中、独ソ戦の最中、ナチスによってベラルーシで起きた村ごと丸焼き皆殺し虐殺事件(660もの村がそういう目にあって、全人口の1/4も死んだのだが)、その象徴的なハティニ事件を起こした118大隊というのが、ドイツ人はごく少数で、ウクライナ人とリトアニア人が主体だった。つまり、戦争中の出来事でいえば、ウクライナへのうらみつらみというのも、ベラルーシにはあるのである。
今回、「ウクライナにはネオナチがいる」というのも、独ソ戦最中に、ロシアの支配が嫌だった反ロシアのウクライナ人の一部は、上記のように、ナチスのSSに加入した、という歴史的経緯があり、「ウクライナ愛国者・反ロシア主義・ネオナチ」というのは、そういう根深い歴史を持っているのである。
まあ、そういうことはちらっとしか出てこないのだが、むしろ、独裁に抵抗しようとデモをしては弾圧される恐怖、独裁社会の閉塞感が色濃く描かれ、今回の戦争でたびたびニュースで映る「ロシアでの反戦デモと、弾圧する警察」っていうのは、こういう感じなんだろうな、ということがリアルに描かれる。
というわけで、直接ウクライナ紛争関係が描かれるわけではないが、今回の戦争の舞台となっている、あるいはプーチンの「ウクライナとベラルーシとロシアは兄弟、本来、ひとつの国」というのが、どういう感覚なのか、弟の国の人はどんな現実を生きているのか、ウクライナの民主化や、EUに加入したい、NATOに加入したいという希望が、どういうところから生まれているのかは、とてもよく分かるのだな。
と、この時期に読むと、そういう政治的比喩の文脈での読みばかりになってしまうが、こん睡状態で「臓器移植のドナーになれば」と説得されても、ただひとり主人公をずっと看病しつづけるおばあちゃん、ただひとり、ときどき見舞いに来る親友、家族や登場人物もいきいきと魅力的に描かれていて、小説としての出来もなかなかのものです。デビュー作なのだそうですが。そう、小説として魅力的だからこそ、ヒットもしたし、(本国では、当然ルカシェンコに睨まれて、今は読めないらしい)、ロシアでいくつも賞を取り話題になったのだそうです。
この時期「ベストセラー1位」になっちゃったりしているので、在庫あるかどうかわかりませんが、kindle版もあるみたいなので、ぜひ、読んでみて。
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