『アンジェラの灰』を読んで。アイルランドの愛すべき人たちについて。
『アンジェラの灰』 新潮クレスト・ブックス 単行本 – 1998/7
フランク マコート (著), Frank McCourt (原著), 土屋 政雄 (翻訳)
Amazon内容紹介
「内容(「BOOK」データベースより)
飲んだくれで、愛国主義者で、生活能力のない父。涙にくれる母アンジェラ。空腹と戦い、たくましく生きる子どもたち―1930年代のアイルランド南西部の町リムリックを舞台に、極貧のマコート一家の日々と少年の心の奥を、ユーモアとペーソス溢れる美しい文章で描き上げた珠玉の回想録。
内容(「MARC」データベースより)
父親はどうしようもない飲んだくれ、兄妹は病気でぽろぽろと死んでしまう。アイルランドの極貧家庭に育った少年の日々をユーモアと天性の語り口で描く、涙と笑いと感動の回想録。ピュリツァー賞受賞作。」
ここから僕の感想。
ラグビーワールドカップでたくさんの外国からの応援の人たちを見たけれど、一番陽気で一番ビールに吸い寄せられる愛すべきアイルランドの人たち、どんな国なんだろううということで、3年前に買って置いてあったこの本を引っ張り出して、読んだら、これはもう、とんでもない名作でした。(この本もしむちょんに教えてもらった本です。)
食べるものも着る服もまともな靴も無い、石炭もパンもない、ハムとたまごなんてもちろんない。そんな妻と幼い子供たちが待っているのに。週一度の失業手当も、たまーに働いてもらう給料も、とにかく、お金が入ると、全部、パブで飲んでしまうお父さんのダメっぷりが、まずもう強烈で、びっくり。お金が入るはずの日の、今日こそはお父さん、お金を持って帰ってくるかなあ、と期待して待っていて、結局飲んだくれて、お金なくなって帰ってくることが繰り返されるところ、もう、絶対そのパターンなのに、毎回期待する、お母さんと子供たち、可哀そうすぎる。
今回、ワールドカップ会場、最寄駅からスタジアムまでの道すがらの、ビールを売っている店、出店、コンビニ、歩いているアイルランド人が100%、そういう店にひっかかる。試合の時間が迫っていて、僕と妻は急ぎ足で焦って歩いているのに、アイルランド人は、間違いなく、ビールのお店で立ち止まって、飲み始める。あれを見ると、これは本当に、そうだったんだろうなあ、と思いました。
クリスマスに、お母さん、教会の慈善事業で、肉屋さんからなんかもらえるチケットは手に入れるのだが、肉屋に行っても鶏だのハムだソーセージ、そんなまともなものは当然もらえなくて、豚の頭をもらって、それを新聞紙にくるんで主人公は持たされるのだけれど、新聞紙が濡れて、豚の頭が丸見えになって、それを学校の友達に見られて馬鹿にされるところとか、もう本当に可哀そうすぎて。それをゆでる鍋もなくて、実家のお母さんから借りて、ゆでた豚の頭をテーブルの上にでん、と出すと。幼い弟が怖がって食べないのだけれど、お父さんが、ほほの肉だけ切り分けて、頭はテーブルの下に隠して「ハムだぞ、ハム」というと、弟が「わーい」と喜んで食べる、なんていうところ、もうなんだか、泣いてしまう。
このお父さん、アイルランドの北のほうの出身で、お母さんは南の方の出身。お母さんの親戚一同、北の人間が大嫌い。今、北アイルランド(イギリスの一部)とアイルランド共和国が分かれているのも、宗教とかイングランドとの関係とかあるけれど、そういうことが積み重なった、もう無条件に嫌い、みたいな庶民感情も、背景にあるんだなあと思いました。
そして、アイルランド人のイングランドへの恨み、憎しみの深さ。800年間迫害され続けた恨み。そういうものがあっても、第二次大戦中、アイルランドの多くの人が、イングランドに出稼ぎに行って、家族に仕送りしたという、そういう2国の間の関係。単なる憎しみだけでなく、そういう近さ、依存の仕方。一筋縄ではいかないイングランドとアイルランドの関係。そんなことも、見えてきます。
カソリックの信仰、教会の、生活の中、人の心の中への深い深い食い込み方も生き生きと描かれています。「こういうことをすると、しないと、天国に行けない」ということの、切実さ。それを幼い子供も大人も死ぬ間際の老人も真剣に信じて生きていること。この感覚も、信仰を持たない僕には、なるほどなあ、そうなのかあ。と思うことしきりでした。
また、カソリックでも会派によって、いろいろ個性があって、そういう細かなニュアンスも、こういう本を読まないと、ぜんぜんわからないこと。
主人公家族が本当にびっくりするほど貧しくても、近所の人が親切だったり、教会がいろいろな慈善の仕組みを持っていたりして、なんとかかんとか生きていける。主人公も、チフスになったり、ひどい眼病になったりして入院生活を送るのだが、あれだけ貧乏でも、そういう困った時には、何とか、救いの手が伸びる。そういう当時のアイルランドという国の、貧しいのだけれど、最後のところであったかい感じが伝わってきます。今やアイルランドは日本よりもずっと豊かな国になっているわけですが、国の基本に、こういう有形無形のセーフティネットがあった上で豊かになっていった国というのは、今現在、ずいぶんと安心で暮らしやすいのだろうなあ、と思ったりします。
主人公は、そもそもお父さんお母さんが、それぞれの事情でアメリカに渡っていた先で出会った結婚し、ニューヨークで生まれます。そのニューヨークで食い詰めた一家がアイルランドに戻り、お母さんの実家のある、南西部のリムリックという都市で暮らします。最終的に、貧しさから抜け出すために、筆者は、19歳にして、リムリックから、アメリカに渡る、そこまでの半生を描いた、実話、回想録です。
悲惨な生活なんだけれど、ところどころで炸裂するユーモア、一人で何度も大笑いしながら読みました。
どんな人にも、ぜひとも読んでもらいたい名作なんですが、2016年にAmazonで買った時も、そして今も、版元品切れで、古本でしか買えません。なんで重版しないのかな。古本なら、Amazonで、いろいろたくさん出品されています。
と思ったら、新潮文庫から出ていたが、文庫なのに、すっごく高い。どうせ高いなら、新潮クレストの、大きくてきれいな装丁で重版してー。