『クララとお日さま』 カズオ・イシグロ (著), 土屋 政雄 (翻訳) 直近イシグロの追い求めるテーマ連続性の上にある、本格的重量級のイシグロ・ワールド全開の大作です。(と同時にオスカー・ワイルド『幸福な王子』を想起させる、寓話性に満ちている。)
『クララとお日さま』 単行本 – 2021/3/2
カズオ・イシグロ (著), 土屋 政雄 (翻訳)
Amazon内容紹介
「ノーベル文学賞 受賞第一作
カズオ・イシグロ最新作、
2021年3月2日(火)世界同時発売!
AIロボットと少女との友情を描く感動作。」
ここから僕の感想
おそらくベストセラーになり,そうしてから手に取る人も多いだろうと思うので、極力、内容に触れないように書こうと思いますが、それでも書いているうちに、ある程度、触れてしまう。あらかじめ、お断り。
まず、ともかく、これぞイシグロの小説、という読み応えのある、素晴らしい小説です。期待して裏切られることはない。絶対にない。
『わたしを離さないで』に感動したけれど、『忘れられた巨人』は、読みにくくてつまらなかったり、途中で投げ出した方、大丈夫です。この小説、『わたしを離さないで』に、冒頭導入からしばらくの雰囲気はとても似ています。いろいろな意味で、あの小説との距離が近い。
もう一冊、著者の他作品との近縁性を言うならば、僕の友人知人家族の中でいちばんのイシグロ読みである、大友さんと、私の妹がいちばん好きという『充たされざる者』に、小説が進むにつれ、どんどん雰囲気が似てきます。イシグロ作品の中で、いちばんの難物、不条理小説と呼ばれるものです。でも、心配はいりません。あれほど分かりにくくはなりません。ただ、表紙の童話風の絵から想像されるのとは異なり、複雑で多様な問題がどんどんと小説世界に入りこんできて、重みがどんどんと増していく小説です。読み応え十分です。『充たされざる者』では、混沌は小説自体が持つ特徴でしたが、この小説ではロボットの知覚の特性設定により、独特の世界観を創り出すことに成功しています。
AIロボットという今どきの話題テーマだけでなく、遺伝子操作、格差社会、環境問題、そしておそらくはブラックライブズマターでの北米シアトルやポートランドでの解放区運動(と反対の白人だけコミュニティ?)のような、イシグロ作品ではおなじみの「政治的立場」問題も。
しかし、私のイシグロ論note『カズオ・イシグロに最適の年齢』を読んでくれた人ならば、イシグロが一貫して追求してきたテーマとの連続性も、必ず発見することになると思います。できれば、本書を読んでから、私のnoteを再読していただけると嬉しいです。直近『わたしを離さないで』『忘れられた巨人』で追いかけてきたテーマに、今回、どのような結末をイシグロがつけるのか。
もうひとつ付け加えるならば、この小説を読んでいて、ずっと頭の中でイメージが渦巻いていたのは、オスカー・ワイルドの童話『幸福な王子』です。イシグロ本人が言及しているかどうかは知りませんが、『幸福な王子』へのオマージュと言っていいのではないかと思います。全然、童話のようでないと言いつつ、『幸福な王子』に言及するってどういうこと?というのは、読んでもらえば納得してもらえると思うなあ。
イアン・マキューアンの『恋するアダム』が、自意識に目覚めたAIロボットに翻弄される人間側から、この問題を描いたのに対し、本作ではイシグロは、AIロボットが話者、視点人物となって、この問題を描きます。そして、あくまでも人間の幸せを願うというAIロボットの設定は終止ぶれることはない。『幸福の王子』の、王子というより、燕を思わせる。そういうまっすぐな善意に貫かれた小説です。AIというものが進んだときに生じる問題と言う点での踏み込みで言えば、マキューアンの方が、それは「専門的知識を学習し小説に取り込む手際」という意味で、よくできているし、面白かったのだが。イシグロは、イシグロが一貫して追求してきたテーマと「AI・ロボット」が出会った時の、そのふくらみかたに価値、小説としての、文学としての価値、重みがある。両者の違いの比較も、読み比べると面白いと思います。
とにもかくにも、文学を読む喜び楽しみに満ちた傑作です。読みましょう。おすすめ。
関連noteマガジン カズオ・イシグロに最適の年齢
「長い」という方は、これだけでも読んでみて