「すずめの戸締り」、地元映画館では一日一回上映になっていたので、あわてて観てきた。感想文。ネタバレありです。
いろいろあって今まで見ていなかったら、いつのまにか近くの映画館では一日一回上映になっていたので、昨日、あわてて観てきました、『すずめの戸締り』新海誠監督。
東日本大震災を直接題材にすることへの躊躇と覚悟を、公開直後くらいにNHKクローズアップ現代で、桑子ちゃんに新海監督がインタビューされていたのは見ていたし。
震災でご親族を亡くされているフェイスブック友人の 西條剛央さん(大川小学校の悲劇についての優れた研究著作『クライシスマネジメントの本質』の著者)が、お子さんと観に行って、とてもよかったと感想を書かれていたし。
しかし、Yahoo!映画のレビューでは、それを題材にすることについて否定的な意見・感想もある。というか、結構多い。
ということで、いろいろと期待と不安をもって観に行ったわけですが。
いや、良かった。最後の方では泣いてしまった。
僕は、戦争についての映画の場合、戦争を天災のように描く、庶民は100%被害者で悪くない、という形で描く映画というのは嫌いなんだが。でも天災は、ほんとに天災だからもう人間ではどうしようもない。
地震や津波や台風・水害というのは、これは人智を超えたスケールで、善悪を超越したものとして人間を襲うわけで、それが頻度高く襲ってくる条件の下で、日本人は日本人としての意識を形成してきた。
新海監督の、「君の名は」「天気の子」そして本作の三部作というのは、日本人の、そういう「天災と、それを祈り鎮める神道」という基本構図の上に、人々の、それとともに生きていくことの意味を描いていくというものだと思う。
形として、三作とも神道の祈りというものが具体的に描きこまれているのだけれど、見ている人はそれほど宗教的な映画を観ているという感覚はない。でも、これ、外国の人が見たら「日本の宗教の祈りの映画なんだ」という点は、はっきりと目につくと思うのだよな。
で、この映画では、地震を鎮めるために、主人公たちは、今はいなくなってしまった人の、その人たちが生きた日常の思いの積み重ねを感じて祈ることで、震災をなんとか押さえようとする。「天災」と「祈り」の関係を軸にドラマは展開するのである。
天災がなくても人の命は限りがあり、死は突然に訪れる。愛する人との別れは避けようもなく訪れる。それでも、そういう儚いいのちであっても、人は出会い、愛し合い、一日でも長く一緒にいたいと願う。
日本人の自然との向き合い方は、四季の移ろいを愛でるだけでなく、その根底に、自然の、避けようもなく破滅をもたらす、周期的に繰り返す天災とともに生きる宗教的心がある。(東大名誉教授の歴史学者、保立道久氏は日本の神道の主要な神々は地震と火山を起源に持つと主張している。)
本作では、震災により肉親を失った主人公、その主人公をひきとって育てたおばさん、そして思春期を迎え、初めて愛した人を天災を鎮めるために失うことに直面する主人公(これは天気の子と同じテーマ)など、さまざまな形で織り込んでドラマを紡いでいく
ここまでもネタバレなのだけれど、ここからもう結末盛大にネタバレなので、ネタバレいやな人はほんとに読んじゃダメ。
新海監督のこの三部作共通の終わり方は「幼い愛」(主人公は高校二年で、初恋をするのだ、だいたい。)を成就させ、肯定すること。大きな、避けようのない天災のあるこの国で、その中で命をつないできた僕らにできることは、高校二年生の初恋を、心から応援して見守ることなのだな。(おばさんも猫の大臣も友人も、旅の途中で出会う親切な人たちも、意識するしないは別にして、結果として、みんな揃って二人の恋愛の成就のために献身するのである。)高校生二年生で運命の人に出会ったら、何があっても初恋を貫くことが大事なんだぞ。
天気の子が「この世が滅んでも、そっち、愛を選ぶ」というかなり過激なものだったのに対して、本作はもうすこし穏やかである。祈りながら、避けようのない天災と共存する国で、希望をつないていくのは幼く一途な愛なのである。
この「すずめの戸締り」への批判理由には「震災を扱うこと」が表面的には多いのだけれど、ちょっと深読みすると、「幼い恋愛への絶対的肯定」という新海三部作の通奏低音に対し、飽きたり、否定的な感情をもったりする人が出始めたんじゃないかと思う。
主人公を育てたおばさんの痛切な本音吐露シーンについて「子どもを育てる事の重さ」を読み、少子化の原因を論じる批評も観られて、なるほどなと思う。おばさん自身、姪である主人公の親代わりになることで、自分自身の結婚、そして我が子を持つ機会を逃しているのである。(40歳くらい、と設定されていて、髭の年下男性とこの後、結婚ということになったとしても、子どもを持てるかどうかはなかなか難しい。)
どれだけ天災が起きて、愛する人と死に分かれる危険が、現実としてあるこの国であっても、そういう悲劇が事実繰り返されるこの国だからこそ、人は愛し合うのである。特に若い高校二年生は、どんどん恋をして、それを貫くべきなのだ。新海監督は、そういう強いメッセージの映画をたてつづけに三本作ったのである。愛がなければ命はつながっていかない。あまりに当たり前の、でも、厳然たる真実なのだから。
震災を題材にしたことへの賛否、より深いところで、そういう「幼い愛の絶対肯定」の物語に、共感したり感動出来たりするかどうか、ということで、評価が分かれているのだと、僕は思った。