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小説 『202X年 びょういんで はたらく パパ』

202X年の朝、
勤務先の建物は、関係者入り口まで列が続いていた。

ガラス扉の向こう側、ビニールシートで区切られた待合スペースはもちろん満席。

昨夜の健康情報番組で、あんな話題が出たから当然か。

うちもそろそろ当日受付は止めて、
完全予約制にしてほしいものだ。

でもそういうことは経営者が考えること。

自分は目の前にいる一人一人に対し、
できることを淡々とやるだけだ、
それがプロフェッショナルというものだ、
そう言い聞かせてエレベーターに乗った。


消毒室を抜けて、ロッカールームに入る。

カバンから弁当箱を取り出して、除菌ボックスへ入れる。

「今日も愛妻弁当か。
うらやましいことだ」

タケルさんが白衣に着替えながら言った。

「うちはもう口を聞くことすらなくなったよ。
家にいる時間が格段に増えてから、険悪さは倍増だ」

うちも似たようなもんですよ、
そう返しながら、白衣に着替える。


着替え終わったタケルさんは、ロッカーの内側の鏡を見ながら防護マスクを付けていく。

鏡の下には息子さんが描いた絵が貼ってあった。

ヒゲの生えた人の横に、ビルのような四角がある。

「パパ」
「びょういん」という文字も書かれている。

僕の視線に気づいて、タケルさんは笑顔を浮かべた。

「5歳にしちゃ、しっかり書けてるだろ」

そう言って職場へと向かっていった。


僕は手袋の袖口にテープを貼りながら、
「びょういん、か」とつぶやいた。

まあ、似たようなもんだ。


人の髪に付着したウイルスは、最大で3日間、感染力を保ち続けている、
との研究結果が発表されて以来、
ショートカットにする人、スキンヘッドにする人が後を絶たなくなった。

昨夜の健康情報番組では、どこかの専門家が
「カラーリングしている髪はウイルスが付着しにくい」と断言していた。


もはや、オシャレのために、この店を訪れる人は例外だ。

僕らは一人一人へ「処置」を施す。

明日を生き抜くために。


※この作品は近未来を舞台としたフィクションです。

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