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[映画レビュー] "純粋な青年はいかにして最強の権力者となったのか" - 衝撃の実話映画「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」
2025年1月17日、ドナルド・トランプの第47代アメリカ大統領就任を3日後に控えたこの日、一人の青年が"大統領"へと変貌を遂げる衝撃の実話映画が公開されました。「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」―それは、20代の純粋な青年だったドナルド・トランプが、伝説の弁護士ロイ・コーンとの出会いを通じて劇的に変化していく姿を描いています。
第82回ゴールデングローブ賞で2部門にノミネートされた本作が明かすのは、20代の純粋な青年が、いかにして強大な権力者へと変貌を遂げたのか、その驚くべき過程です。
映画概要
タイトル:アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方
監督:アリ・アッバシ
脚本:ガブリエル・シャーマン
主要キャスト:
セバスチャン・スタン(ドナルド・トランプ役)
ジェレミー・ストロング(ロイ・コーン役)
マリア・バカローヴァ(イヴァナ・トランプ役)
マーティン・ドノヴァン(フレッド・トランプ・シニア役)
制作費:1,600万ドル
興行収入:1,730万ドル
撮影場所:ニューヨーク市、カナダ・トロント
知られざる3つの事実
本作が明かす、トランプという男の意外な素顔:
純粋だった青年時代 物語は、デートの席で裕福な人々を指差すトランプの姿から始まります。この時の彼は、後の強烈な個性からは想像もつかない、純粋な青年でした。
運命を変えた"悪魔"との出会い 伝説の弁護士ロイ・コーンとの出会いが、彼の人生を一変させます。「常に攻撃せよ」「決して過ちを認めるな」「敗北も勝利と主張せよ」―この3つのルールが、彼の生き方を決定づけることに。
封印された家族の記憶 兄フレッド・ジュニアとの複雑な関係、厳格な父との確執。そして、語ることを拒む幼少期の記憶。権力者の仮面の下に隠された、深い傷跡とは。
あらすじ
1970年代のニューヨーク。若きドナルド・トランプは、会員制の高級なクラブでデートの相手に裕福な人々を指差しながら、いつか自分もあの世界の一員になると熱く語ります。しかし、父の不動産会社は政府から訴追され、破産寸前の窮地に立たされていました。
そんな中、トランプは運命的な出会いを果たします。それは、ローゼンバーグ夫妻の訴追で知られる悪名高き弁護士、ロイ・コーンでした。税金問題で困っていたトランプに対し、コーンは助力を申し出ます。
コーンはトランプにメディア対応から服装まで、成功者としての振る舞い方を徹底的に教え込みます。特に「常に攻撃せよ」「決して過ちを認めるな」「たとえ敗北しても常に勝利を主張せよ」という3つのルールは、トランプの人生哲学となっていきます。
コーンの指導の下、トランプは次々と大胆な事業を展開。コモドアホテルの買収では、コーンの助けを借りて1億6000万ドルの税額控除を獲得し、それを象徴的な58階建てのトランプタワーへと建て替えることに成功します。
しかし成功の裏で、トランプは次第に傲慢さを増していきます。妻イヴァナとの関係も悪化し、暴力的な事態にまで発展。さらに、体重や脱毛の問題に直面したトランプは、アンフェタミンへの依存も始めてしまいます。
物語は、トランプとコーンの関係にも亀裂が入るところで大きな転換点を迎えます。エイズを患ったコーンは、それを公に否定し続けます。一方、イヴァナはコーンに、トランプが贈ったダイヤモンドのカフスボタンが実は偽物だったことを告げます。この出来事は、二人の緊密な関係に決定的な傷を付けることになるのです。
映画の核心 - 封印された過去との対峙
1. 語られない記憶の重み
映画のラストに近い印象的なシーンで、雑誌の記者がトランプに幼少期について質問を投げかけます。その瞬間、それまで強さと自信に満ちていた彼の表情が一変し、露骨に話題を避けようとする様子が描かれます。
この反応の背景には、厳格な父と複雑な兄との関係が深く関わっているように見えます。父フレッド・シニアの期待は、二人の息子の人生を大きく左右しました。パイロットを志した兄は父の期待を裏切り、アルコール依存症という悲劇的な結末を迎えます。一方でドナルドは父の期待に応えることで成功を収めましたが、その過程で最愛の兄を失うことになります。
2. 複雑な兄弟関係が映し出す人間ドラマ
兄の行きつけのバーでは、年下の弟に強がる兄の姿が印象的です。しかし家族の食卓では、長男であるにもかかわらず父親と最も離れた席に座る兄の後ろめたさが、無言のうちに語られます。パイロットという自分の道を選んだことへの負い目が、兄の心を蝕んでいったのです。
特に衝撃的なのは、トランプの結婚式のシーンです。泥酔した兄に激怒する若きトランプの姿は、兄への愛情と失望が入り混じった複雑な感情を見事に表現しています。
そして物語は、兄の死という悲劇的な結末を迎えます。それまで「強さ」を体現してきたトランプが、初めて感情を抑えきれず取り乱すシーンは、本作最大の山場の一つとなっています。実業家としての成功の陰で、最愛の兄を失った人間としての苦悩が、鮮烈に描き出されるのです。
3. 過去が形作る現在
この映画が示唆するのは、トランプの成功への執着と「弱さ」を認めない性格が、実は深い家族の傷跡と結びついているということです。幼少期について語ることを避けるトランプの姿は、彼の中で未だ癒えない感情の存在を暗示しています。
公の場では決して見せない彼の弱さや躊躇い、そして家族への複雑な感情。それらが、逆説的に彼の「強さ」への執着を生み出したのかもしれません。映画は、権力者の表の顔の裏に潜む、一人の人間としての葛藤を静かに、しかし力強く描き出しているのです。
4. 狡猾な師匠との出会い
本作のもう一つの核を成すのは、悪名高き弁護士ロイ・コーン(ジェレミー・ストロング)と若きトランプ(セバスチャン・スタン)の異色の師弟関係です。コーンは違法行為も辞さない手腕で知られる弁護士でしたが、その背後には深い政治的洞察力と戦略眼を持っていました。
興味深いのは、コーンがトランプに教えた「勝つための3つのルール」です。これらは単なる処世術ではなく、後の「トランプ現象」の本質を形作ることになります:
「攻撃、攻撃、攻撃」:批判を恐れず、常に先手を取る
「非を絶対に認めるな」:自信と強さを見せ続ける
「勝利を主張し続けろ」:現実は主張する者のものになる
歴史を変えた1980年代 - 映画が描く時代の転換点
1. ニューヨークの征服者
1970年代後半から80年代、トランプはニューヨークの不動産界で次々と大胆な事業を展開します。映画は特に、コモドアホテルの再開発とトランプタワーの建設に焦点を当てています。
これらのプロジェクトでトランプが見せた戦略は、まさにコーンから学んだ手法の実践でした。反対意見は徹底的に押し切り、メディアを巧みに利用し、常に「勝利者」としての自己イメージを発信し続けたのです。
2. 「偉大なアメリカ」の個人的ルーツ
映画は、トランプの代名詞となった「Make America Great Again」というスローガンの深層に迫ります。このフレーズは、レーガン大統領が1980年に使用したものでしたが、トランプの使用には独特の個人的な意味が込められていました。
この時代、トランプは自身最大の成功を収めています。トランプタワーの完成、カジノ事業の成功、社交界での名声。「アメリカを再び偉大に」という言葉には、この個人的黄金期への郷愁が色濃く反映されているのです。
芸術性と社会性の融合
1. 圧巻の演技と演出
セバスチャン・スタンの演技は、特筆に値します。20代から30代にかけてのトランプを演じ切った彼の変貌は、「本人にしか見えない」と評される程の完成度です。特に、純粋な青年から強烈な個性を持つ実業家への変化の過程は、細やかな演技の積み重ねによって説得力を持って描かれています。
一方、ジェレミー・ストロングは、狡猾さと知性を併せ持つロイ・コーンを見事に演じ切りました。彼の冷徹な眼差しと説得力のある台詞回しは、観る者を釘付けにします。
2. 現代への警鐘
本作の真の価値は、単なる一個人の成功物語を超えた、現代社会への深い洞察にあります。権力の獲得過程で人間性が変質していく様を克明に描くことで、私たちの社会が直面する本質的な問題を投げかけているのです。
例えば:
成功と権力は人間をどう変えるのか
「強さ」への執着は何をもたらすのか
メディアと権力の関係性とは
家族の影響力はどこまで及ぶのか
これらの問いは、現代社会を生きる私たちすべてに関わるものといえるでしょう。
おわりに
「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」は、第82回ゴールデングローブ賞で主演男優賞(ドラマ部門)と助演男優賞にノミネートされました。この評価は、本作が持つ芸術性と社会性の高さを証明しています。
そして本作の公開は、きわめてタイムリーなものと言えるでしょう。権威ある経済誌「The Economist」の特別号「The World Ahead 2025」の表紙の中心を飾ったのは、他ならぬドナルド・トランプの姿でした。2025年、世界は再び彼を中心に動いていくのでしょうか。
一人の青年が権力者へと変貌していく過程を描きながら、私たちの社会が抱える本質的な問題を浮き彫りにする本作。それは単なる伝記映画を超えた、現代社会への鋭い問いかけとなっています。
世界が大きな転換点を迎えようとしている今、彼の原点と変貌を描いた本作は、間違いなく観ておくべき一本と言えるでしょう。
[追記] 映画評論家たちが語る本作の本質
本作は一見するとトランプの伝記映画のように見えますが、実はアメリカという国そのものを描いた、より大きなテーマを持つ作品だと言えます。
1. 表面的な伝記映画を超えて
評論家たちが指摘するように、本作は意図的にドラマ性を抑えています。例えば、トランプと父親との複雑な関係や、兄との確執といった要素は、通常の伝記映画なら深く掘り下げるはずの題材です。しかし、本作はそれらを比較的淡々と描くことで、むしろトランプという人物の「空虚さ」を浮き彫りにすることに成功しています。
2. イラン系監督による冷静な視点
監督のアリ・アッバシは、イラン系デンマーク人という立場から、アメリカを外部の目で観察しています。これにより、アメリカ人監督では避けがちな微妙な問題にも、より客観的にアプローチすることができています。
3. 印象的なラストシーン
物語は、トランプが自身のオフィスからアメリカの風景を見下ろすシーンで終わります。このシーンは単なる成功者の満足感を表現するだけでなく、アメリカという国の行く末を暗示する象徴的な場面として機能しています。
4. ロイ・コーンという存在
特に注目すべきは、トランプの師となったロイ・コーンの存在です。1950年代の赤狩り時代から活躍した彼の戦術が、70年の時を経て現代のトランプにまで受け継がれているという設定は、アメリカという国の本質を示唆しています。
5. 演技の評価
セバスチャン・スタンのトランプ役、ジェレミー・ストロングのコーン役は、単なる物まね演技を超えた深みのある演技として高く評価されています。特にストロングは、コーンの特徴的な仕草や習慣(毎日200回の腹筋など)まで徹底的に研究し、役作りに活かしています。
この映画は、一人の人物の伝記としてよりも、むしろアメリカという国の本質を描いた作品として見るべきかもしれません。それは、勝利への執着、強さの追求、そして時として生まれる空虚さといった、現代アメリカの姿を映し出す鏡となっているのです。
詳細は私が大好きなYouTuberの茶一郎さんの動画で語られているので、興味のある方はそちらもご覧になってみてください。