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音楽レビューはどこまで要素を減らせるか?

お世話になっております。Water Walk主宰のEPOCALCです。

著者遠影

突然ですが、読者の皆さんはアルバムレビューライブレポートのような音楽記事を読んだことが一度はあると思います。他界隈の記事ではあまり見かけない独特なワードや文体が登場するものが多いですよね。

「恍惚感」「グルーヴィー」「ツーファイブ」……
音楽評論を読んだことない学生がみたら一体何を指しているか分からない語句がめじろ押し。これでは音楽入門者が路頭に迷ってしまいます。

しかしながらこういった文言は音楽評論を音楽評論たらしめている重要な要素であるのも事実です。軽々しく削るのも憚られます。


実験しましょう。




今回協力してもらうのはこの方。

もこみ
Water Walk所属ライター。音楽サイトReal Soundに寄稿するなど、音楽レビュワーとしても著名。
Twitter note

もこみ:なんか今日突然呼び出されたけれど、僕は今から何をさせられるの?

EPOCALC:今日あなたにやってもらうのはこちらです。

EPOCALC: My Bloody Valentine"Loveless"のレビューを300字程度で書いてください。

もこみ:!?

EPOCALC:パソコン準備、お願いします。

もこみ:今!?

早速書かされるもこみ氏

唐突な呼び出しに加え、今からレビューを書けという無茶ぶりに戸惑いつつも、しっかりこなしてくれるもこみ氏。他のレビューを参照したり、実際聴いてみたりしながら書き進めていきます。



もこみ:うん、こんなもんかな。

EPOCALC:おー!どんな感じになりましたか?

アイルランドのロックバンドによる1991年リリースのセカンドアルバム。本作はバンドのフロントマン、ケヴィン・シールズの脳内に渦巻くギターノイズサウンドを極限にまで追い求めた、「シューゲイザー」と呼ばれる音楽ジャンルの金字塔である。アルバムを再生すると、いきなり力強いスネアと鋭利なギターが耳をつんざくが、聴き進めていくと攻撃的な印象よりも夕暮れの海辺で波の音に包まれるような、穏やかで柔らかい心地がしてくるのが不思議だ。本作にはケヴィンの異常ともいえる音へのこだわりが随所に散りばめられている。それもそのはず、幾重にも重ねられた芳醇なノイズサウンドの実現のために、約25万ポンド(当時の日本円で約4500万円)もの製作費を費やし、レーベルを一つ傾けてしまったのだから。

たった300字程度でバックグラウンド、アルバム内容、現在の評価、ちょっとした逸話を含めた好内容。質の高いレビューを書いてくれました。


EPOCALC:素晴らしいです。でも、本番はここからです。

もこみ:まあそうだよね。


EPOCALC:そのレビューを比喩を使わないで書き直してください。

もこみ:うわ~、なんとなく比喩を入れた方が良い予感がして入れちゃったんだけど。でも、ここだけ書き直せばいいんだよね。

色を付けた部分が比喩

もこみ:ここを全部消せばよいのでは?

EPOCALC:あ、文章量はそのままでお願いします。

もこみ:ですよね~、これはムズイな。ちょっと比喩の意味調べていいですか。

もこみ:直喩と隠喩とがあるんだっけ。

EPOCALC:直喩は「針のような雨」みたいなので、隠喩は「雨の針」みたいなのですね。

もこみ:隠喩はあり?

EPOCALC:もちろんナシです。

もこみ:……ムズい。どうしても「ような」を使いそうになっちゃうなあ……

EPOCALC:フフフフ



もこみ:これでどうでしょうか。

EPOCALC:お、どんな感じになりましたか?

アイルランドのロックバンドによる1991年リリースのセカンドアルバム。本作はバンドのフロントマン、ケヴィン・シールズの脳内に渦巻くギターノイズサウンドを極限にまで追い求めた、「シューゲイザー」と呼ばれる音楽ジャンルの金字塔である。アルバムを再生すると、いきなり力強いスネアと鋭利なギターが耳をつんざくが、聴き進めていくと決して攻撃的な音楽ではないことが分かる。むしろ、「loveless」のサウンドは穏やかで柔らかいのだ。本作にはケヴィンの異常ともいえる音へのこだわりが随所に散りばめられている。それもそのはず、幾重にも重ねられた芳醇なノイズサウンドの実現のために、約25万ポンド(当時の日本円で約4500万円)もの製作費を費やし、レーベルを一つ傾けてしまったのだから。

太字部分は元の文章からの変更箇所

削除した比喩で少なくなった文章を二文に分けたり「むしろ」などのワードを足したりすることで、水増し元の文と同等の文字数にすることに成功しています。比喩を使わないだけで、より強い言い回しになっている気もしますね。


EPOCALC:素晴らしいじゃないですか。でもまだこれで終わらないわけでございまして。

EPOCALC:お次は専門用語をなくしてください。

もこみ:専門用語…….って例えば?

EPOCALC:ノイズサウンドとかシューゲイザーとかですね。あと、音楽関係の固有名詞は「My Bloody Valentine」と「Loveless」以外使わないでください。「マイブラのケヴィンが……」で分かるのは音楽ファンだけなので。

もこみ:それを説明した上で使うのも駄目?

EPOCALC:駄目ですね。

もこみ:厳しいな。えっと、「ロック」は?

EPOCALC:音楽用語なので駄目ですね。

もこみ:「アルバム」は?

EPOCALC:音楽用語なので駄目ですね。

もこみ:いよいよ何も使えないじゃん!

色を付けた部分が訂正箇所

もこみ:もしかして、ギターも……?

EPOCALC:最後の慈悲でギターは大丈夫にします。

もこみ:ありがとうございます…….

EPOCALC:あ、比喩表現はまだ禁止なので気を付けてください。



もこみ:これでどうですか?

EPOCALC:おー、素晴らしいですね!

愛国の音楽家集団が発表した1991年の作品。本作は音楽家集団中心人物の脳内に渦巻く音のイメージを完全なかたちで具体化することを目指して制作された。その結果、ある音楽ジャンルの金字塔となった。本作を再生すると、いきなり力強い打撃音と鋭利なギターが耳をつんざくが、聴き進めていくと決して攻撃的な音楽ではないことが分かる。むしろ、「loveless」のサウンドは穏やかで柔らかい。本作には中心人物の異常ともいえる音へのこだわりが随所に散りばめられている。それもそのはず、幾重にも重ねられた芳醇な「雑音」の実現のために、約25万ポンド(当時の日本円で約4500万円)もの製作費を費やし、音楽家集団の所属する制作マネジメント会社を一つ傾けてしまったのだから。

太字部分は専門用語からの変更箇所

バンド=音楽家集団、アルバム=作品のように明治時代の訳語の如く専門用語を日常語(?)に置き換えています。そしてノイズを「雑音」と評する潔さは通常のレビューではありえないでしょう。


もこみ:自分で書いといてなんだけれど、「ある音楽ジャンルの金字塔になった」なんてもう何も言ってないに等しいじゃん。あと音楽家集団の所属する制作マネジメント会社って何?真面目なのかふざけているのか……

EPOCALC:まあまあ。そこら辺は頑張ったのだから。そして次で最後です。

EPOCALC:音に触れないでレビューしてください。

もこみ:うわ~、なんとなくそうくるかなとは思っていたけど……。でも「音に言及しない」ってどういうこと?

EPOCALC:例えばその文章だったら「渦巻く音のイメージ」とかですね。あとは「本作を再生すると」以降の文はほぼ全部NGです。

もこみ:ええええ!?そうするとここも駄目でしょ。ここも駄目だ。お金はについては……?

EPOCALC:お金は大丈夫ですね。

半分以上が訂正箇所になってしまった

ここまでスムースに難題をこなしてきたもこみ氏でしたが、ここにきて手が止まってしまいます。

考えるもこみ

もこみ:これってもはや「言い換え」が通用しないじゃん。音ってそれ以上因数分解できない概念だから。あ、「空気振動」って言い換えるのは?

EPOCALC:空気振動と言い換えても、それは音なのでダメです。全く別のことを書かないといけませんね。

もこみ:全く別のこと、か……

もこみ:う~ん……全く別だと比喩になっちゃうな、でも比喩は禁止されてるから袋小路だ。でも音に触れずに奇を衒わない文章もあるもんな……

EPOCALC:全然衒ってもらって大丈夫ですが……

もこみ:……だめだ、奇を衒っても音が出てきちゃう。




もこみ:これでどうですか。

EPOCALC:ついに..….素晴らしいと思います!

愛国の音楽家集団が発表した1991年の作品。本作は音楽家集団の中心人物の脳内にだけ存在する、妄想ともいえる理想を完全なかたちで具体化することを目指して制作された。その結果、ある音楽ジャンルの金字塔となった。
本作に触れた前後の私の健康状態を描写してみる。本作に触れる前は、心身ともに健康で穏やかな日々を送っている平凡で幸福な、そして特にその自覚もない普通の大学生であった。しかし、『loveless』は私のそんな何気ない日常を奪い去ってしまい、私は自分が幸福な人間であったことを自覚せねばならなくなった。もうあの健やかな日々は戻らないのだ。
本作には中心人物の異常ともいえる偏執的なこだわりが随所に散りばめられている。それもそのはず、その実現のために、約25万ポンド(当時の日本円で約4500万円)もの製作費が投じられ、音楽家集団の所属する制作マネジメント会社を一つ傾けてしまったのだから。そして、「愛なき世界」は私の身をも滅ぼしてしまった。

太線部が改稿した主な部分

音楽そのものではなく、聴取したことによる自身の健康状態を描写するというアクロバットな表現により、音そのものに言及することを回避しているのは神業的。『Loveless』の世界に置かれた人間の破滅的心理に触れる、私小説的な文章になりました。

EPOCALC:今回やってみてどうでしたか?

もこみ:最初のレビューは情報を多めに書いたんですよね。『Loveless』を聴いたことない人にも、聴いたことある人にも得るものがあればいいなと思って。でも、要素を減らしていくにつれ、自分の外側にある「情報」を書くことから、「私」の内側に触れる文章にならざるを得なくなっていくのが不思議で面白かったですね。

EPOCALC:音楽への理解って自己への理解なのかもしれませんね。

もこみ:全人格で聴く、ってことなのかなと思いました。ただ、私は健康です。滅んでません。



単なる好奇心で始めた企画でしたが、大変有用な知見を得られました。
新しい表現をしたい音楽評論家の皆様、何かレビューしてみたい皆様、音楽を聴いた自分自身を表現してみてはいかがでしょうか。



by EPOCALC (EPOCALC(@insomniaEPOCALC) / Twitter

協力:もこみ(もこみ(@mocomi__) / Twitter




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