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今回は性別の話

最近ちらほらと聞く言葉でいうと、私の性自認は、多分、男性である。

「多分」というのは、自認という言葉の定義がよくわからないから。社会的にどう自分を認めますかというのであれば、男性で間違いない。でも、本当に自分を男性と思っていますか?と聞かれたら、答えは「わからない」になる。

それは解離のために、比較的はっきりと感じることのできる女性のパーツが何人かいるからかもしれない。彼女たちの存在が性別の感覚に揺らぎを与えていることは確かだと思う。例えば、考えている内容に応じてパーツの比率が変わり、私の心の声は男性と女性の間を行ったり来たりする。切り替わりは自然すぎて意識できない。しかも、いつから始まったのかわからないぐらい昔からそうだったらしく、つい最近になるまで気が付かなかったぐらいの自然さである(もしかして、普通の人も皆そうなのかもしれないが)。

解離性障害らしいことがわかる前から、身体に対する違和感を感じることはあった。違和感が強いときには、男性器なんかなければいいと思うこともあった。不思議なことに、だからといって女性器があればいいと思うかといえばそんなことはなくて、「何もなければいい」と思うことが多々あった。多分、何もなければ苦しまなくて済むからだと思う。

でも、ここ最近は、男性の体であることを悲しいと思うときがあり、悲しく感じるなんてこれまでにはなかったことなので、どうしたのだろう?と思っていた。主なパーツである、まり、みかん、ハナはそうは思っていないし、ひなたさんもそこまでは思っていないように感じたので、まだ気づいていないパーツがどこかにいるのかもと考えていた。身体の左側の密度がなんとなく低いままだし。

しかし、どうやらこの悲しみは、子どものときの記憶が感情付きで蘇ったためらしい。


子どものとき、多分、4、5歳ぐらいのときには、私は自分は女性になるのだと思っていた。そして、周囲にいる女性たちのように子どもを産みたいと思っていた(昭和の第2次ベビーブームの頃の話なので感覚は今とは全く違うはず)。男の子たちといるよりも女の子たちといる方が楽しく違和感もなくて、小学校の低学年までぐらいは女の子たちと遊んでいた。特に仲が良かった子は今でも顔と名前を憶えている。

それでも、そのうちに子どもは産めないらしいことに気付いた。すると、ある日、親がつけっぱなしにしていたラジオから、男性でも子どもが作れるようになるかもしれませんという話が流れてきた。それはAMラジオでよくある与太話だったのだけど、嬉しくて、その後帰宅した母に「子どもがつくれるんだって」と喋ってしまった。別に喜んでくれるとは思っていなかったが、予想以上に酷い剣幕で怒られてしまい、二度とその話はしなかった。

それからしばらくして夏休みの昼間にテレビを見ていると、美人の人が何かを喋っていた。聞いているうちに、その人はもともとは男性で、手術で性別を変更したらしいことがわかった。性別を変更できるのかもしれないと思った。でも、その人に対する周囲の男性たちの態度は、子どもながらあまり良いように思えなくて嫌な感じがした。少なくとも、きちんとその人に接していないように見えた。すると、多分男性のうちの一人がその人の胸のことを茶化すかなにかしたのだと思う。その人は、突然、自分の胸を持ち上げながら「これは私の武器なのよ」みたいなことを言った。正確な言葉は覚えていないが。

とてもショックだった。

周囲の男たちの態度と、大切であるはずのものをそういう風に扱わざるを得ない状況が。

あまりにショックで、それきり性別を変更するということは忘れてしまった。第一、性別については、もっと時間が過ぎるまで、あまり理解していなかった。性別を本当に意識できたのは中学生になってから(2年の林間学校の宿舎で脚を触られてから)だと思う。

これらのことは覚えていた。
そのときの気持ちも覚えていた。

でも、それは感情を伴わない記憶だった。

今になって感情付きで蘇ることで、悲しみを感じたように思う。


***


最近、自分のことで悲しみを感じることができるようになった。

良いことだと思っているが、正直、とまどってもいる。


うまく処理するには、時間が必要らしい。


***


※以下、追記

この記事を公開した次の日の朝になってふと気づいたが、子どもを産みたいという気持ちは、もしかして、自分が理想の母親になるという気持ちが転化したものなのかも。

理想の父親ではなくて理想な母親である理由は、実質的に家庭に父親が不在だったこと、それに、母が私に息子としてだけではなく、娘として、存在しない父の代わりとして、そして母自身の親の代わりとしての役割を無意識に強く求め続けたからなのかもしれない。私は、子どもながらそれを全てこなすことができ、こなすことで家庭の崩壊は避けることができた。その代償として私は自分を失うことになり、残された隙間である理想の母親になるという気持ちを持ったのかもしれない。

父も母も親から棄てられた人である。

父が不在なのは、会社人間だからというわけではなくて、生きる幽霊のようだったから。本来は快活で才能のある彼を、彼が子どものときに社会的に存在しないものに貶めて幽霊としたのは、彼の親族たちである。

そしてこれは最近になって気づいたのだけれど、母が求め続けていたのは、自分を棄てた親たちを見返すための理想の家だったように思える。当然ながら、理想の家などどこにも存在しなくて、彼女自身をずっと苦しめることになった。