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楽しく生きるだけには一生が長すぎる

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何のために生きるのか?そんな問いに意味はない。

生まれたから呼吸をし、腹が減ったら食べ、愛されるから温かい。
朝日が昇ったら目を覚まし、暗くなるから眠くなり。あるいは目的があるからそこに出向き、目的がないから趣を見出し、嬉しかったり悲しかったりしながら大きな宇宙のサイクルの中にただ存在する。

それでも生まれた意味や生きている意味を必要とするのは、退屈だからだ。
極度の貧困や暴力にさらされている「誰か」はこの数年でずいぶん少数派になった。
電気や石油やインターネットの回線が世界中を血管のように張り巡らされ、その上を血液のような飛行機と船舶と貨幣と信用が飛び交い、勝ったり負けたり得たり失ったりを繰り返しながら地球という巨大な生命体は来るべき終わりに向かって進んでいる。

わたしたち人間は長くても150年ほどしか生きることはできないから、数千億年スパンで循環する地球の一生の中で、今がどのあたりにいるのかなど到底わからないのだけれど、
わたしの顔の表皮上で一生を過ごすダニや細菌たちと同じように、増えたり減ったり造ったり壊したり殺したり殺されたりしながらこの地球を成長させていく。

その営みすべてが誰かの仕事。
人間はもとより動物植物微生物細菌といった有機物。
地質や鉱石や海や大気。心や気や神の見えざる手とかデータという概念、UMAやUFOといった超常現象まで含めて、それぞれの果たした結果。
利己的な生存本能によって成り立つ営み。それが仕事。

そんな巨大な環の中、わたしの仕事など本当に取るに足らないものだ。
たった数十年。必死に生きてきたつもりだが、その程度だ。なお結果に辿り着くにはまだもう少しかかりそうで、常に過程。あらゆる仕事は過程。

だからわたしの仕事を、地球や世界にくれてやるつもりは毛頭ない。
わたしの仕事はわたしだけのもの。
わたしの生きた数十年は誰のものでもなく、わたしの為だけに存在する唯一無二の価値。わたしのみが成し得た、わたしだけの仕事。

もし

本当に遥かかなたの宇宙の彼方で、わたしと同じように考え悶え苦しみ、短絡的に結果を急ぐような人がいるのだとしたら

わたしはここにいるよというメッセージを受け取ってもらえたら嬉しい。

その時は、ぜひともあなたの仕事の話を聞きたいな


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