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民間武術探検隊 ~通背の郷9~

民間武術家との交流は楽しいものであるが、時として難しい問題をはらむ時もある。
基本は楽しく友好的にであるが、一応それなりの覚悟が必要でもある。


第九章 謎の漢(おとこ)たち

「さっき通背拳をやったのは、おまえか?」
背後で声がした。
振り返ると見知らぬ男が立っていた。
年齢は30代前半くらいだろうか、ボクらと同世代に見える。
しかし、面構えは、なかなかにふてぶてしい。
薄ら笑いを浮かべているようにも見える。
さらに、そのふてぶて顔の男の両脇には、少し距離をとって二人の男が立っている。
一人は、キツネ目をした一見ヤサ男風、もう一人はこれといって特徴のない民間中国人風(どんなだ?(^-^;)。
ぼくを取り囲むような感じでもある。

「さっき通背拳をやったのは、おまえか?」
「そうだ」
「修剣痴の通背拳だな?」
(なにぃ、こいつ何者っ)と思いつつ
「そうだ。よくわかったな。」
「やはりな。見ればわかる。お前の通背はなかなか良かった。老師はだれだ?」
「常松勝だ。知ってるか?」
「あぁ、于少亭の弟子だな」
(むむっ、ますますもって『何者っ!』)って感じ
「きみらも通背拳をしているのか?」と問いかけると
「あぁ、している。オレとコイツは通背門だ。こっちの男は少林門だがな」とふてぶて顔。
ふてぶて顔とキツネ目の男は通背門、特徴なし男は、少林門(おそらく秘宗門と思われる)であった。

さらに話しは続く。
「さっき表演したのは、なんという套路だ?」
「あれは大連で一般に広まっているのとは違うが、奇形花撃炮を基にして師父が作った套路だ」
「そうか。『台頭望月』が多かったな」
むむっ、
実は『狸猫捕鼠』のところを間違えて、『台頭望月』にしてしまったところがあったのだが、わかったというのか、この男・・・。

「ちょっと伸肩法を見せてくれないか?」

ぉおおー、いきなりそーくるかー、おい。
伸肩法かよぉー。
今回伸肩法でいろいろあったからなぁ、ちょっと見せるのは気がひけるけど。
まぁ、しょうがないやるか。
と、常松師父直伝の習ったまんまの伸肩法をやってみせた。
すると意外なことに
「同じだな」
と言うふてぶて顔。
(なにぃー、同じだとぉー!)
さらに「引き手はこうか?」と言って、ふてぶて顔の男が見せてくれた伸肩法には、ボクらのと同じく「滾」「落」が入っている。
今までいろいろな人の伸肩法を見てきたが、引き手がボクらと同じモノには出会ったことがなかった。
ボクは我が目を疑った。
そして確認するように、引き手を強調して、「こうか?」と訊ねると
「あぁ、そうだ。同じだな」とニヤリとするふてぶて顔の男。
(こいつら、ホントに何者なんだーだだだだっ!)

「きみらの老師はだれだ?」と訊ねると
「オレ達の老師はもういない」
(お、まずいこときいたか?)
しかし、会話は続く
「大連に来て、だれか他の通背拳家に会ったか?」
「労働公園の夏重規老師に会ったが、知ってるか?」
「ああ、方連徳の弟子だな。で、どうだった?」
(ホント、いろいろ知ってるヤツだ)
「練習を見せてくれと頼んだが、断られたよ」
「ふっ、だろうな」とふてぶて顔はさもありなんという顔をした。
「あの偏屈じじぃならな」という意味か?
それとも「お前らには見せないだろうな」という意味か。
ボク的には、前者と思いたい(^-^;

「通背三絶掌の一つ『追魂掌』知ってるか?」
「あぁ、『鑽拳』だろ」
「握りはどうやる?」と言うので、透骨拳(表)を握って見せる。
なんか物足りなさそう顔をしているので、しゃーねーなー、と裏の透骨拳を握って見せる。
すると「オレのとこでは、こうだ」と言って、見せてくれた握り方は、かなり特殊な握り方だった。
先ず中指を握り込み、その上に人差指を重ね、さらにその上に親指、そして薬指小指をさらに上に重ねるというやり方だ。
ちょっと真似して試してみたが、うまくできなかった。
ふてぶて顔曰く「こうすると、隙間が全然なくなるのさ」
ふてぶて顔は、こいつを相当練習しているようで、こんな複雑な握りをいとも簡単に、しかも、瞬時にやってのける。
手の形が、練習によって変わってしまっているかのようでもあった。

ちょっと動き始めて、通路の脇ではやりずらくなったので、会場裏の少し広く なっている場所に移動した。
「対練はどんなのやってるんだ?」
「三合炮とかいろいろだな」
「ふーん。ちょっと教えてくれないか?」
そう言うとふてぶて顔はボクに向かって引手で構えた。
む、これはどういう意味だ?
ここでヤルってことなのか?
それとも言葉通り、どういうものか「教えて」ってことなのか?
ここで対応を誤ると後々いろいろと面倒なことになるぞ。
教えるにしても、この距離から(前の手が触れあっている)マジ三合炮を普通に繰り出せば、いくらボクのようなモノの三合炮でも確実に入るぞ。
しかもうちの三合炮、普通のとこより一手多いようだし。

ボクとふてぶて顔は中国語で話しをしていたので、周りにいた隊員達には、このやりとりはわからない。
いきなり引手で相対したボクらを見て、S隊員は、
「ぉおおー、いきなりヤルかぁー。こんなところで。ドキドキ」
と思ったそうである。
注:ヤル=戦う、組み手、立ち合い、スパーリング等的なイメージ

話しはちょいそれるが、このS隊員。本名、松岡くんと言って、中国語だと「song1gang1」なので「S」隊員としたのである。
修行年数はまだ浅いが、真面目且つ練習熱心で、なかなかイイモノを持っている。
特にスピードはピカイチで、SPEEDの「S」でも通るな、という感じ。
ある時、某武術をやっている人達のところへ見学に行ったSくんは、そこで「三合炮ってどんなの?」と聞かれ、そこの人へ説明する時に、普段通りの三合炮をかまし、見事顔面にヒットさせてしまったことがあるのである(^-^;
彼曰く「どうしてよけないのか、不思議でした」って、オイオイ(^-^;

ふてぶて顔は、ふてぶてしい顔をしてはいるが、悪いヤツではなさそうだったので、言葉通りと受け取り、順番を示すようにゆっくりと行うことにした。
もしかしたら、受ける自信があったのかもしれないが>ふてぶて顔
「受けはどうやるんだ?」と聞くので、うちの隊員を相手にノーマル速度でやってみせると
「オレならこうだな」と見せてくれたのは『一字』だった。
むむ、つくづくやるな>ふてぶて
そのあとも「オレのとこでは、この技で耳裏の死穴をつく」だのいろいろと見せてくれたりするふてぶて。
ボクらを探るような、それでいていろいろと教えてくれているような妙なヤツであった。
夕方になり「飯だよー」と他の隊員が呼びに来たところで、その奇妙な交流は終わった。
「オレらは××公園で練習しているから、時間があったら来いよ。またな」
「ぉお、サンキュ。じゃあね」という感じで彼らとわかれた。

結局、彼らの正体については何もわからなかった。
「もしかしたら、常松師父の大連時代の弟子かもしれんな」
そうボクらは話した。

最終章 お爺さん(仮) に続く

語句解説


○修剣痴
近代通背拳史上とても有名な人。現存する写真では、顔はコワクない。

修剣痴


于少亭
大連『通背三亭』の一人。修剣痴から30年間、通背を学ぶ。顔がコワイ。

于少亭


常松勝
元中国残留日本人孤児。大連で秘宗拳、通背拳を学び、帰国。時折顔がコワイ。

常松勝


方連徳
なんかそーとー強かったという噂あり。顔がコワイかは不明。調査中。

夏重規
労働公園で通背と陳式を教えている。顔がコワイ。

夏重規(左)、常松勝(右)


関係はこんな感じ 修剣痴─┬于少亭─常松勝
                └方連徳─夏重規

○推窓望月
「架打」のような招法。左手で上段を受け、右掌で胸を打つ技。
古い中国の家の窓で、上部に付けられた蝶番で開け閉めするタイプのものがあり、その窓を開けるときは中から窓を押し上げ開ける。(固定する時はつっかえ棒をかます)
キレイな月の出ている夜、その月を見るために窓を押し開けて見る様子がこの技を形容している。実用性重視な通背拳の中にあって珍しく風流な技名。
ジャッキーチェンの映画に出てくる蘇化子(酔拳、蛇拳の老師)が住んでる小屋の窓がそんな感じだった。

○狸猫捕鼠
両手で胸をだぁーんと打つ招法。いろいろな使い方がある。威力のある技。

○奇形花撃炮
大連でスタンダードなやつと、うちのは結構違う。
今回やったのは、明堂功、五十四手からいくつか動作を足してある。

○通背三絶掌
迷魂掌、追魂掌、断魂掌の三つ。拍掌、鑽拳、撩陰掌の別名である。

○透骨拳
中指の第二関節を突き出すように握る。うちでは2種類ある。
表は普通のヤツに、裏はイヤなヤツに使え!

○三合炮
うちでは、摔拍鑽(詳しく言うと、引手、捕手摔掌、落手拍掌、落手鑽拳、引手)。伝承者によって、少々異なるようである。

○松岡くん
SPEEDのSくん。と言っても、沖縄出身の4人組アイドルとは関係がない。一部関係者の間では、SPEEDのファンではないかと噂されるが本人は否定している。現在、槍を特訓中。

○一字
通背の攻防上の理論。片手で受けと攻撃を同時に行うことを一字という。
基本的にどの招法でも「一字」の使い方はできると思うが、やりやすいのとそうでないのがあるかな。

○ふてぶて顔
名前は李宏剣。修剣痴と同じ「剣」を名前に持つ男。三人組の中でリーダー的な存在。かなりの使い手と見た。

※この探検から20数年後、YouTubeで李宏剣に再会!
若い頃のふてぶて顔は健在!通背の功夫も相当なもの!

○引手
通背門の構え。「さぁ、いくぜぜぜっ!」って時とかに使う。日本人通背拳修行者の間では「いんしゅ」と発音されている。

常松勝の引手

次章予告

次々に現れる民間武術家達。
交流表演会場裏で繰り広げられる裏交流表演会(早口言葉じゃないよ)
そして、遂に明かされる謎の漢たちの正体!
そしてそして、最後の最後で現れた伝説の漢!

刮目して待て!  最終章「お爺さん」
(なんかチカラの抜けるタイトルだ(^-^;)

1998.07.11 民間武術探検隊 わたる

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