10年前、原点、Life is beautiful.
40歳を前に、写真やらメールやらいろいろ過去を振り返ることが最近多い。
そんな中、10年前に1つだけ書いたブログが発掘された。
今とほとんど変わらない文体で
今の僕の原点である考え方が書かれている。
ちょうどこの辺の話を書こうと思っていたので、
その代わりに、転載しておきます。
2010年05月30日22:33
001. ”自由意思”という奇蹟
世界は、物質でできている。
これが僕らが世界を見るときの、まぎれもない前提。
もしそうならば、僕らのこの世界は、原子やら素粒子やらが永遠に動き回る摩擦係数が無い「ビリヤード台」のようなモノに似ていて、「予定された運動」を、未来永劫続けるだけなのではないか。
そんな不安を抱え始めた19歳のころ。
当時の感覚は詳しくは覚えていないのだけれども、今とは、世界の色がずいぶん違ったように思う。
世界がひどく他人行儀に見えて、それを悩んでいる自分の思考が借り物のように感じる毎日。
文字にすると思春期特有の悩みのように見えなくもないけれども、当時の僕は、明確に世界を疑っていた。
人生と世界に疑問を抱きつつ哲学科に入り、2年ほど精神的に路頭に迷う。
転機はおそらく、髄膜炎で死にかけた22歳のとき。
「死にたくない」と心から願ったからか。
最終戦の結果を病室でメールで受け取って、人目を憚らず大泣きしたからか。
自分の、この思考とこの感情を信じよう。
自分の、この思考とこの感情の上でのみ、自分と世界は成り立っていると信じよう。
そんな気分に少しだけなった(完全に乗り越えたのは、つい最近)。
感情が強く揺れたときに、人は信じるモノを変える。
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僕らが、感情に突き動かされ、
何かを考え、行動し、喜び、悲しみ、笑う時。
そこには、"自由意思"と呼ぶべきものが存在する。
僕らは確かに、自分の意思で、世界を変えているのだ。
その瞬間瞬間、物質は、予定などされていない方向に動くのだ。
世界がもし物質でできているなら、
それは奇蹟と呼べる。
そして、その奇蹟を積み重ねた人生は、すべからく美しい。
Life is beautiful, definitely.
これが原点。
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