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「好きな花」を言えない、という話。

「あなたの好きな花は何ですか?」
これほど善性に満ちた、無害な質問は他にないのではないだろうか。
どんな属性のどんな思想を持つ人であっても、出る回答は全て花の名前だ。バラが好きな人、サクラが好きな人、ちょっと捻って月下美人だとか、頑張って危険な雰囲気を出そうとしてもトリカブトあたりが限界で、決して争いが起こる要素はない。世界のあらゆる多様性を肯定し、人類の文化の発展と世界平和に寄与できるポテンシャルを秘めた、素晴らしい質問だと思う。

なのだが。
私はこの質問が大変に苦手だった。

ユキヤナギとかドウダンツツジとか、私の中では「一軍」に属する花を回答して事なきを得るのだが、心の中で、ごめんなさいごめんなさい勘弁してください、とつい唱えてしまう。
何故かと言うと答えは単純で、幼少期から一貫して、私の一番好きな花というのが、『オオイヌノフグリ』だからである。

オオイヌノフグリ。
大きい、犬の、ふぐり。
ふぐりとは要するに、そう。キンタマ。
キンタマ、なのだ。

ひどい!!!

誰だこんな名前つけたやつ!出てこい、ちょっとそこに座れ!!
この可愛い花に何故そんな無体な名を付けたのか説明したまえ。いや説明しなくていい、今すぐ改名しろ。つべこべ言わずに今すぐ、可及的速やかにだ。
老若男女、誰がどんなシーンで、どんな音量で発音しても問題ない和名を!今すぐ!つけろ、付け直せ!!

そう全世界の植物学者たちに向かって叫びたい。

私の誕生日は3月で、この花はちょうどその頃、まだ他に咲く花の少ない時期に、そこかしこで咲き始める。田んぼのあぜ道に、アスファルトの隙間に、まだ花が植えられていない花壇に、春の訪れを知らせるように。
地を這うような低い草丈、小指の爪にも満たないような小さな花は、つい雑草として見落とされがちだけれど。花そのものをよく見れば、春の晴れた空を映すような白から青へのグラデーションが鮮やかで、そのいじらしさも含めて、私はこの花が好きだ。一番好きなのだ。

なのに、なのに、この名前はあんまりじゃないか!!

私がこの不条理に初めて向き合ったのは、小学校3年生ぐらいの頃だったと思う。その時点で、私はこの花をずっと前から好きだったし、大人たちに好きな花を聞かれると、「オオイヌノフグリ!」と胸を張って答えていた。
しかし「ふぐり」という単語の意味を辞書で調べたその瞬間から、私はそれが出来なくなった。当時教室で流行していたサイン帳――好きな食べ物や色や趣味や、そういったプロフィールを互いに書いて交換するという代物――の「好きな花」の欄にも、その名を書くことは諦めた。そうせざるを得なかった。
妥当な判断だったと今でも思う。教室の黒板に「うんこ」「ちんこ」と書いてはゲラゲラ笑っている男子たちの内の誰か一人でも、「ふぐり=キンタマ」ということに気付いたら最後、私の身は破滅したはずだ。ただでさえ苗字をもじって『チビ原』と呼ばれていた私の呼称が『キンタマ好きのチビ原』にグレードアップしてしまうのは、どう考えても避けられない。
元々スクールカーストで不安定な位置にあった当時の私に、そんなリスクを払う勇気など、あるわけがなかった。

サイン帳が回ってくるたび、『スイートピー』や『カスミ草』など、花屋に並ぶ分かりやすい花の名を書きながら、私は鬱屈したものを抱えていた。
大体にして、「青い花」というのはそれ自体、種類が少ないのだ。アジサイやツユクサは何か違うし、ヤグルマソウ(正しくはヤグルマギクと言うらしいが)は当時あまり見かけなかったし、ワスレナグサは「サイン帳に書く」にはあまりにセンチメンタル過ぎる。せめてもう少し似た花があれば、嘘をついている感じが少なくて済むのに、と私はずっとモヤモヤしていた。

そのモヤモヤは、私が二十歳近くなった頃に一応の解決がついた。
地元の国営公園が「ネモフィラの丘」で有名になったのである。そのころ私は上京していて、その絶景を見る機会はなかったが、ネモフィラという花の認知度が上がったのは地味に嬉しいことだった。
園芸品種ではあるが、ネモフィラは色合いや形がかなりオオイヌノフグリに似ている。「ネモフィラの丘」の”映え”のせいで、キャッチ―過ぎるイメージがついていることに目をつぶれば、「好きな花はネモフィラです」というのは、まずまず許容可能な代替案といえる。

でも。私が好きなのは、本当はネモフィラよりずっとずっと地味な、オオイヌノフグリだ。
息子がよちよち歩きを始め、田んぼのあぜ道を散歩できるようになった頃、小さな手にタンポポを握らせながら、私はオオイヌノフグリの名前をいつ息子に教えようか悩んだ。
私の愛する青い花を指して「ママの一番好きな花はこれなんだよ」と言ってみたい。なのに、キンタマが邪魔をする。
タンポポ、ハコベ、ハルジオン、ホトケノザ、田んぼのあぜ道に咲く草花の名前を私は息子に教えているのに、一番好きなオオイヌノフグリをどうしても避けてしまうのが、悔しい。
「ふぐり=キンタマ」という意味さえ教えなければいい、と割り切る気にもなれず、何か別の呼び名はないか、私はGoogle先生に頼ることにした。

Google先生は、私の要望に答えてくれた。
『瑠璃唐草』
『ヴェロニカ・ペルシカ』
『バーズアイ』

素晴らしい!!
流石はGoogle大先生である。もう一生ついていく。
バーズアイ、良いじゃん!!これにしようぜ、これに!!

結局「好きな花は何ですか?」「バーズアイです」「???聞いたことないなぁ、どんな花?」「えーっと、アレです。オオイヌノフグリです」と言わなくてはいけないのだろうけれど。
言えないよりは、良い。例え誰にも一発では伝わらなくても、言い続けるしかないのだ。

私は息子に「この花はバーズアイだよ」と教え、以後、自分の好きなこの花を『バーズアイ』と呼ぶことに決めた。
やがて日本中がこの花を『バーズアイ』と呼んでくれる日が来ることを祈って。

私の一番好きな花は『バーズアイ』だ。
たとえ力及ばずとも、千里の道も一歩から。私の一生をかけて、隙あらば主張し続けていく所存である。

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