舞台付箋 『富豪刑事 Balance: UNLIMITED The STAGE』

劇場・配信にて観劇。
舞台富豪刑事bul祝・10/11大千秋楽。おめでとうございました。
神戸大助のその後の人生、或いは、もう一人の主人公、加藤春の物語。

■公演概要

原作:筒井康隆 『富豪刑事』(新潮文庫刊)
/アニメ「富豪刑事Balance:UNLIMITED」
脚本:岸本 卓
演出:西田大輔
企画協力:新潮社
主催:ソニー・ミュージックエンタテインメント/アニプレックス
公演期間
東京 2020年10月02日(金)~10月11日(日)
品川プリンスホテル クラブeX
https://stage-fugoukeiji-bul.com/
チケット:12,000円(特ブロマイド付き・全席指定・消費税込)
※未就学児童入場不可

■出演

神戸大助:糸川耀士郎
加藤 春:菊池修司
宮城友輔:瀬戸祐介
神戸鈴江:立道梨緒奈
星野 涼:坪倉康晴
亀井新之助:松島勇之介
室井 敏:堂本翔平
清水幸宏:すわいつ郎
湯本鉄平:真壁勇樹
佐伯まほろ:森田涼花
坂守信雄:窪寺 昭
守山秋文:山本一慶
アンサンブル
本間健大、書川勇輝、藤田峻輔、綿貫志信、和田啓汰、市川絵美

■作品概要

今年2020年4月に放送開始し2話まで放送していたものの、コロナ禍の影響により番組編成が変更、7月から改めて放送開始、9月25日に最終回を迎えたアニメ「富豪刑事Balance:UNLIMIRED」の後日譚の物語。脚本はアニメと同じ岸本氏によるもので、アニメから飛び出したような最終回の続きが劇場に現れたような舞台作品です。
アニメシリーズ前提で、人間関係や諸々の諸説明は一切なし。アニメを履修してから観ると充分に富豪刑事の世界を楽しめます。筒井先生の原作小説は未読の為、アニメ・舞台共にどの程度原作との一致・乖離があるのか未確認です。少々調べたところアニメシリーズでは現代に設定を大幅にチューンナップしている模様。とりあえずアニメを観ていれば良し。3話くらいまで観ていれば登場人物の名前くらいはわかります。俳優を切欠に観る場合は、あらゆる引っ掛かりを全てスルーすれば充分にエンタテイメントとして楽しめる筈。
 場所はクラブeX、前方後円墳のような円形劇場。中央の円形のステージを300度の方向から見つめる形式の作品です。

■舞台付箋

・好きな場面を抜粋(随時追記していきます)
オープニング、クラブeX潜入捜査、留置所のアクリル板、病室の神戸鈴江ナース、現対本部面子は富豪になりたいor加藤三千万、雨の中の加藤と守山、一瞬のバディによるハイタッチ、クライマックスの加藤春の言葉と表情の話、MVPは星野涼(坪倉康晴)

・ここが好きだよオープニング
 アニメ第一話冒頭でも使用された『ある日を境に、すべてが変わってしまった』のピアノから舞台も始まります。
 暗闇に現れるピンスポットと鳴り響く機械音は、見えない固定電話を浮かび上がらせ、正面奥に現れた影は、神戸大助(糸川耀士郎)。鳴り続けるベルの中、神戸が受話器を取ろうとし――、横入りした加藤春(菊池修司)が受話器に答える。「はいこちら、現対本部」
『富・豪・刑・事!』をBGMに始まるOP。テンポよくノリノリの曲なんでこの曲が一番好きです。
 最初からフルスロットルなのがいいですね。ここで音楽に合わせて役名を壁に投影しながら、役者が入れ代わり立ち代わり、劇場の端から端まで駆け回り、自己紹介のような日常的なワンシーンの連続。神戸と加藤の一緒に行動するのに息が合わないところや、現対本部や捜査一課の面々、本作舞台オリジナルの人間などの人間関係がここで垣間見える訳ですが、いやもう演出家が憎い。舞台ウェブサイトでも演者と役名、ヴィジュアルは発表されていましたが、彼らとの関係性をこのOPでチラ見せするのがもう憎い。一度観てからOPを見直すと、誰が誰と、どう関係しているのか見えてきて初っ端から楽しいですね! しかし全てが一瞬なので目が足りない。いいぞ演出家もっとやれー! また、OPで神戸鈴江(立道梨緒奈)があの美しい御御足の長さを披露するのも本編の伏線だと思っています。ご馳走様です。

・品川のプリンスホテルにアニメから富豪刑事が飛び出して来た!
 舞台はアニメ直後の時間軸で、おそらく11話のCパート前、神戸と加藤が海外での活動を始める少し前と推測されます。(根拠はない)
 冒頭の電話はアドリウムの取引についての匿名のタレコミで、取引の場所は品川のプリンスホテル、クラブeXのチャリティーパーティ。何だよ此処(劇場)じゃあないか! 自分(観客)達はチャリティ参加者なんかーい! こればかりは劇場に足を運んだ人の特権的な感覚ですね。円盤では味わえない沸き立つ楽しさを得られます。
 ITセキュリティのベンチャー企業の若手社長・宮城友輔(瀬戸祐介)が催すチャリティーパーティーへの潜入捜査。そこで加藤は警察学校卒業前に別れた友人・守山秋文(山本一慶)と七年振りの再会を果たしますが、何やら相手は取り込み中のようで……ターゲットの外国人物理学者を追う中で、日本とは思えぬ銃撃戦に巻き込まれ、守山は負傷。追っていたターゲットも死亡し、加藤は査問会議にかけられる……どころか機密情報漏洩と内通の容疑で拘束されてしまう。
「俺が今まで、一度でも自分の不平不満を組織のせいにしたことがあったか」
 アニメ本編から一貫していた、加藤の真っ直ぐな性格を思い起こされる台詞。無い、という言葉は警察組織の誰からも聞く事ができませんでしたが、視聴者だけは自信を持って断言できるのが良い。この一言でアニメ全話が走馬灯のように思い出せますね(多分)。捜査一課の星野涼(坪倉康晴)も顔を背けて答えたくとも立場上答えられないのがまた辛い場面でもあります。
・留置所のアクリル板
・病室の神戸鈴江ナース
・現対本部面子は富豪になりたいor加藤三千万
・雨の中の加藤と守山
・一瞬のバディによるハイタッチ
・クライマックスの加藤春の言葉と表情の話。
終盤、終わりも間近になった1:50頃の、裏切りと信頼と、魔法のような奇跡の種明かしがあった場面。加藤春は捕まえられた犯人にとある言葉を投げかけます。
「お前は何も変わってねぇよ」
千秋楽配信で確認しましたがあの時カメラは加藤春の背後を抜いていて、相手の表情は一切見えません。ただそれは劇場のA或いはFブロックの観客には見えるのです。
その表情を、初日の一度だけ劇場で見ました。笑顔もなく泣き顔もなく、憑き物が落ちたようなすっきりした表情でした。これが15公演を通してどのように変化があったのか、窺い知る事はできませんが、きっとそれは劇場に足を運びその席にいた観客だけが知ることができる醍醐味だと思います。

■結論:アニメシリーズの続き、或いは加藤春の物語。 

 思い返せばアニメシリーズは神戸大助の物語(人生)に、左遷された元捜査一課の加藤春の物語(人生)が交差する世界でした。そして最終回11話で神戸の復讐の終わりと、新たなる目標の始まりが描かれて物語は一旦の幕を下ろします。
 では舞台はどうだったかと言えば、これは間違いなく、加藤春の物語に、神戸大助が交差してきた世界だと考えられます。

 開幕直後の、物語の始まりを告げる電話の受話器を取ったのも、OPの最後に二人並んで暗転する前の、円形ステージの中央に立ってライトを浴びるのも、実は加藤春。
 序盤の場面では、品川のプリンスホテルでの潜入捜査での「バックアップは任せた」の台詞は勿論捜査に関わる全員とガジェットを駆使する神戸への言葉でありながら、この舞台世界に於ける神戸大助への言葉でもあった訳です。
 この言葉通り、この物語(舞台脚本)に於ける神戸大助は加藤春のバックアップに回っていました。
 捜査一課を目指していた七年前の過去の自分とそれを知る仲間と、捜査一課から外れながらも警察官を続ける今の仲間と、この物語を動かすのは、坂守信雄(窪寺昭)も守山秋文もどちらも加藤春に縁ある者達。※室井敏(堂本翔平)についてはアニメシリーズにもいた職務に熱い根は真面目な仕事人間の立ち位置の気がします。
 また、アドリウムに関わる話は神戸大助が率先して請け負い追跡をするものの、事件に巻き込まれる切欠になった加藤春の過去とその縁の物語に対しては、加藤春自信が追いかけ、事件そのものと向き合い、対峙する。
 二人の交差する物語が上手く噛み合い、事件を解決へ運ぶ流れは、アニメシリーズの第一話冒頭の演出のようでありながら、アニメ後に改めて、バディとして活躍しているの様子が描かれていたのだと感じられました。

■まとめ

 劇場と配信で観劇しましたが、全体的にアニメがお好きな方には美味し過ぎる作りです。アニメと同じ脚本家・岸本氏のお陰でシームレスに舞台版として作られており、人物のセリフ、役回り、物語に違和がない。
 原作として「アニメ富豪刑事bul」があるお陰で全編アニメ楽曲が使用されているのがサントラ好きには堪りません。最高です。(アニメOP,ED楽曲は一切使用されませんが……)
  アニメシリーズ前提の為、アニメ本編中で起きた事件、出来事、人物名の説明は省略されますが、例えその出来事を知らずとも、生身の人間の息遣いが聞こえる劇場空間に放り込まれれば、間違いなくその圧倒的熱量に飲みこまれてしまうものでした。

 劇場へ足を運んだ方は、席によって見られない表情もあったかもしれません。けれどその席だからこそ見えたものもある筈です。それが、劇場の観劇の楽しみ方の一つなのだと思います。
 脚本、演出、音楽、照明、音響、そしてあのクラブeXという小さな箱庭のような大きな世界。決して長くはない公演期間でしたが、その初日から千秋楽まで怪我もなく、体調不良者もなく中断することなく、無事に全公演を終えられた事は本当に良かった。それが当たり前ではない世の中になってしまった今のこの時に、こうして応援することができて、観劇を体感することができて本当に幸運だったと思っています。

ああ、楽しかった!! めっちゃ楽しかった!!

この記事が参加している募集