三島由紀夫を志賀直哉と結ぶ線で理解しようとする時、その補助となるのは坂口安吾ではないかと思います。
三島は戦後の無頼派と呼ばれた作家達の中で、太宰治よりも坂口安吾を高く評価していました。
坂口安吾全集の推薦文で三島は
と述べた後、
と述べています。
坂口安吾は何をどのように洞察し見透かしたのだろうか?
有名な「堕落論」の中で坂口安吾は述べています。
だからこそ
のであり、その必要によって生まれた武士道は
これが三島由紀夫が拘った武士道に関する坂口安吾の既定だとすると、
もう一つの三島の思想の鍵である天皇については
どうだろうか?
「天皇陛下にさゝぐる言葉」の中で坂口安吾は述べています。
このような武士道と天皇に関する坂口安吾の洞察を三島由紀夫は受け入れていたのだろうか?
受け入れていたと考えると、三島の武士道と天皇に関する発言と思想も、だいぶ違って響いて来ます。
それは本文中で取り上げた志賀直哉の
と云う朴訥な認識とも更に近づいて感じられて来ます。
とはいえ、坂口安吾の豪放な言葉には、志賀直哉の素朴さとは異質なものがありますし、
三島由紀夫の認識も、素朴なものにとどまっていたわけではありません。
1968年の石原慎太郎との対談で三島由紀夫は
と言い切り
と繰り返した後
と述べています。
これは志賀直哉の朴訥な認識とは、随分と遠く隔たっています。
そして、このような考察に三島由紀夫を向かわせた契機も、坂口安吾にあるのではないかと、私は思います。
前述の石原慎太郎との対談で三島由紀夫は
と述べています。
これは坂口安吾が「堕落論」の中で述べている。
という言葉と殆ど同じ事について述べているように思えます。
日本歴史と文化・武士道・天皇について、明確に自身の見解を示し
とまで三島由紀夫に言わしめた坂口安吾。
最終的な三島由紀夫の認識は、坂口安吾のものとはだいぶ異なるものを含むとしても、それは坂口安吾の洞察を一度は受け入れた上でのものであったのだろうと思います。
坂口安吾の認識から、更に自分の論を進めた三島由紀夫ですが
1969年の東大全共闘との対話の中では
という個人的な回顧を述べています。
これは志賀直哉の
という素朴な言葉を再び思い起こさせます。
そして志賀直哉と三島由紀夫が時期は違っても共に学習院に在籍していたことを想起させます。
しかし同時にこの発言には奇異な印象を私は受けます。
この東大全共闘との討論が行われた時点で、三島由紀夫は既にこのような個人的な感慨とは異質な地点にいたように思われるからです。
先に取り上げた石原慎太郎との対談での発言からも、その事は明らかです。
そのような三島由紀夫がなぜ今更
と断りつつも
という個人的感懐を敢えて述べたのだろうか?
そこには何か意図があるのだろうか?
それとも文化的・歴史的な考察・見解とは別に、このような素朴な敬愛の念も、隠しきれぬほどに強く持ち続けていたのだろうか?
という石原慎太郎の問いかけに
三島由紀夫は
と言い
と述べています。
このような考えは
志賀直哉の素朴さとはもちろん
坂口安吾の
という発想とも、全く異質なものであるように思います。
何か天皇に対して冷淡なようにさえ、私は感じます。
志賀直哉・坂口安吾・三島由紀夫の3人をこのように簡単に比較しただけでも、興味深い論点が浮かび上がってきます。
三島由紀夫の思想についは多く論じられて来たが、この2人との比較は、管見の限りでは殆ど見受けない。
特に三島由紀夫が
とまでいう坂口安吾との比較は、三島由紀夫を論じる際には必須ではないかとすら、私は思うのだけれども。
引用文献・映画:
① 決定版三島由紀夫全集34
著者 三島由紀夫
発行 2003.9.10. 2刷2012.10.5.
発行所 株式会社新潮社
所収 無題(「坂口安吾全集」推薦文)
〈初出〉坂口安吾全集 内容見本・冬樹社・昭和42年11月
〈初刊〉三島由紀夫全集33・新潮社・昭和51年1月
②「堕落論」青空文庫
2006年1月11日作成 2012年5月19日修正
著者: 坂口安吾
底本:「坂口安吾全集14」ちくま文庫、筑摩書房1990(平成2)年6月26日第1刷発行
底本の親本:「堕落論」銀座出版社 1947(昭和22)年6月25日発行
初出:「新潮 第四十三巻第四号」1946(昭和21)年4月1日発行
③「天皇陛下にさゝぐる言葉」
青空文庫 2007年2月18日作成
著者: 坂口安吾
底本:「坂口安吾全集 06」筑摩書房 1998(平成10)年7月20日初版第1刷発行
底本の親本:「風報 第二巻第一号」
1948(昭和23)年1月5日発行
初出:「風報 第二巻第一号」1948(昭和23)年1月5日発行
④志賀直哉, 志賀直哉全集 第七巻, 岩波書店, 1999.6.7. [12]
「天皇制」1946.4.1.「婦人公論」]
⑤『三島由紀夫 石原慎太郎 全体話』
2020.7.25.初版発行
著者: 三島由紀夫 石原慎太郎
発行所: 中央公論社
引用した「天皇と現代日本の風土」は、初出『論争ジャーナル』昭和43年2月号 底本:『中央公論特別編集 三島由紀夫と戦後』
⑥監督 豊島圭介, 『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』[37]
1969.5.13.東京駒場キャンパスでの三島由紀夫と全共闘学生の討論会のドキュメンタリー, 2020.3.20.公開.
この記事は↓の論考に付した注です。本文中の(xxi)より、ここへ繋がるようになっています。