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女性の『刀剣乱舞』聖地巡礼が地域活性化に繋がった

アニメ等の「聖地巡礼」と「地域の街おこし」について調査をする機会がありました。【前回】の続きを書きます。

「観光業界向け」のトークイベントで、
「コンテンツ(作品)の聖地巡礼が地域をどのように活性化させるか」をテーマに登壇者が語った
トークセッションイベント「クールジャパンDXサミット2023」
「聖地巡礼ツーリズム」

登壇者
・司会:エンタメ社会学者・中山淳雄さん(著書『推しエコノミー』等)
・JTBパブリッシング・江本典隆さん(『るるぶ沼津 ラブライブ!サンシャイン!!』発行)
・地方創生研究者・夷さん(著書『聖地移住』等)

「コンテンツツーリズム」という言葉も生まれるほど、作品ファンによる聖地巡礼がさかんになり、『ガールズ&パンツァー』の茨城県大洗町、『ラブライブ!サンシャイン!!』静岡県沼津市など地域の街おこしに繋がり、広く知られるようになりました。
けれど、聖地巡礼が「地域の街おこし」に繋がるほどの成功事例はまだ限られているそうです。
大洗町も沼津市も近年観光客が減じていたところ、作品ファンの聖地巡礼者が街のリピーターになり、地域活性化に繋がったのでした。
江本さん発表の沼津市の事例も、私の発表も共通点があり、
成功の肝は《作品》《ファン》《街(自治体、商店会等)》の三位一体の連携にある
という結論に至ったのでした。

私の発表テーマは「女性と聖地巡礼」
女性ファンが聖地巡礼への意欲が高い一方で、有名観光地”以外”の地域へのリピーターにはなりにくい理由をお伝えしました。
理由としては、女性は「身の安全」をマストに考える。地域に行くには交通、食事、宿泊などの「周辺インフラ」が発見できないと難しい、というところにありました。詳しくは【前回】記事をご覧下さい。

■『刀剣乱舞』:足利市の事例

女性ファンのパワーは「地域の街おこし」には繋がらない?
そんなことはありませんでした。調査を進めてみたら、すでに「街おこし」に繋がっている大きな事例が全国各地にいくつも存在していたのでした。

ゲーム『刀剣乱舞ONLINE』(2015年サービス開始)

「刀剣乱舞(とうらぶ) - 公式 - DMM GAMES」公式トップ画面より

『刀剣乱舞』とは、日本に存在する「刀剣」が人の姿になって登場する“刀剣男士”を育成して戦闘するゲームです。
全国100振り以上の“刀(キャラクター)”が登場。刀剣男士は元の持ち主との縁を語り、戦国武将など歴史上の人物の物語を背負っているのが特徴です。
2015年にサービスを開始した『刀剣乱舞』をきっかけに、女性ファンが「推しの刀」を見たいと思い、全国各地にある「刀剣」を所蔵する施設(美術館・博物館、神社など)を来訪するようになりました

私がトークセッションで、
地域活性化の成功事例として紹介したのが、栃木県足利市です
足利市を訪問する女性ファンの増加、誘客の経緯は下記になります。

【展示第一弾】
★足利市立美術館に「打刀『山姥切国広』の展示はありませんか」と問い合わせが多く寄せられる
★2017年3月、足利市立美術館で特別展『今、超克のとき。山姥切国広 いざ、足利。』として、20年ぶりに「山姥切国広」を展示。同館では「刀剣」展示の他、刀剣に関する講演会を実施。さらに『刀剣乱舞』ともコラボを実施。
→→海外客を含め入館者は約3万8千人
→→グッズ販売、飲食店、宿泊施設など、市の試算で4億円の経済効果
★2017年8月 第103回足利花火大会内で「足利市×刀剣乱舞-ONLINE-コラボ花火」打上げ

この2017年の足利市立美術館「山姥切国広」展示×『刀剣乱舞』コラボで
集客に成功した”後”の、
足利市で起こった街ぐるみの動きに着目すべき点があると思いました。

【展示第二弾 足利市制100周年 街ぐるみのコラボ】
地元商店会が足利市に「山姥切国広」の再展示を要望
★22年、足利市立美術館「市制100周年特別展「足利ゆかりの名宝展」を開催。
★足利市と『刀剣乱舞』がコラボレーション。
★足利市内の神社(「大祥山 長林寺」「本城厳島神社」等)、観光施設(「足利学校」「太平記館」「あしかがフラワーパーク」等)、商店など市内全域に渡って周遊スタンプラリーを開催。

足利市市制100周年スタンプラリー

→→足利市立美術館 3万7千人来館。
経済効果約4.8億円(「足利市制 100 周年記念特別展 戦国武将足利長尾の武と美. ―その命脈は永遠(とわ)に―」及び関連事業 実施結果報告書.」より)

なぜ、地元の商店会が「山姥切国広」の再展示を要望して、 足利市制100周年の年に街を挙げてのコラボレーションとなったのか、 こちらの記事に経緯が掲載されていました。

「地元商店会が市に再展示を要望。足利市は新型コロナウイルス禍で苦境に立つ観光商業対策として、所蔵家と協議し再展示」
街の商店会が市に依頼をしていることで、経済効果が足利市の街全体に波及していたことがわかります

また、市制100周年の再展示と街ぐるみのイベントの結果報告も『産経新聞』で取り上げられています(「足利の山姥切再展示、コロナ禍でも2万5千人が来館」22年4月6日【トップ画像も引用】)
「要因とされるのは、46から95に増えた協力店舗における、充実したオリジナルグッズの販売増」。
商業会会長のコメントでは「各店舗が工夫を凝らし、全体的に潤ったのでは。背景に初展示以降、足利ファンが根付いたこともある」とありました。

20年間展示がなかった「山姥切国広」にスポットをあてる契機になったのが、『刀剣乱舞』と女性ファンでした。

『刀剣乱舞』で聖地巡礼をしている女性ファンの方々にお話をうかがいました。
ファンの草の根の動きとしては、足利市在住の『刀剣乱舞』ファンの方が個人的に「足利市紹介マップ」を作成。このマップがファンの間で共有されたことで、女性にとって聖地巡礼の障壁になる「交通、食事、宿泊、他の観光場所の案内」がクリアされていったそうです。
そして聖地巡礼をする女性ファンが徐々に増え始め、美術館への展示問い合わせも含めたファンの動きがあり、足利市立美術館で「山姥切国広」の展示が始まったという経緯がありました。

その後「山姥切国広」個人所蔵者と足利市との話し合いがあり、23年に足利市が3億円で取得しました。
2億円は足利市の公益財団法人足利市民文化財団が拠出、残りの1億円については「ふるさと納税型クラウドファンディング」が行なわれました。
足利市民と共に、『刀剣乱舞』ファンの支援が決め手になったと考えられます。

ふるさと納税型クラウドファンディング「山姥切縷縷(るる)プロジェクト」目標額1億円を達成

■全国各地で「刀剣」展示・保存・文化継承

『刀剣乱舞』を発端とした「刀剣」と街の盛り上がりは、全国様々な地域で起こっていました

刀剣を所蔵する施設は、大別すると三種類になります。
「美術館・博物館」「神社仏閣」「城」

神社などで刀剣の写し(再現刀)が作られ、奉納される
・京都市・藤森神社「鶴丸」……「鶴丸」の再現刀が作刀され、神社に奉納される
・大阪府・石切劔箭神社「石切丸」……「石切丸」の再現刀が制作され、神社に奉納される

刀剣に縁がある神社でも、刀剣そのものを所有・展示することが困難になっていました。
その刀剣が貴重なため、皇室の御物(ぎょぶつ)になる、国宝や重要文化財に指定され博物館に寄贈される、本殿に奉納している等の理由からです。
そのため、刀剣ファンが望む展示のためには「再現刀」を作刀する必要がありました。
石切劔箭神社によると、奉納刀の作刀と継続保存には「約3,000万円ほどの費用の捻出が必要」となり、「石切丸」クラウドファンディングでは、目標額1千万円のところ、7900万円(支援者数7,980名)が集まったそうです。

⚫「刀剣」職人と文化継承
「刀剣」は平安時代から残る日本の重要な文化財です。けれど江戸時代から明治になると作刀の機会が減り、刀鍛冶の職人も、包丁など日用品を作るほうに力点が移りました。
作刀が減ったことで、刀剣文化継承の危機にみまわれます。それを救ったのが昭和40年代(1970年代)に起こった「日本刀ブーム」。刀剣を所有したい(主に)男性コレクターによって継承されたのです。
けれど近年は、刀剣文化の担い手が高齢化。次世代への継承が課題となっていました。
そんな時、2015年『刀剣乱舞』で女性の刀剣ファンが顕在化。
「再現刀」が作られたことで若手刀匠の育成にも繋がったそうです。

『刀剣乱舞』をきっかけにした現在の「刀剣」ムーブメント。
その効果は「街おこし」のみならず「日本の伝統文化とその継承」にまで及んでいました

■女性の地域巡礼者が増えた理由

前回、「観光地としてあまり知られていない地域では、女性の聖地巡礼リピーターを獲得するのは難しい」とお伝えしました。
『刀剣乱舞』聖地ではそれが可能になったのはなぜか。
誘客に成功した理由は下記だと考えられます。

美術館や神社は女性にとって安心して滞在・見学できる場所で、仲間が集う拠点となった
美術館の学芸員に女性が多く、『刀剣乱舞』ファンの存在とニーズをいち早く察知できた
「文化財」施設は地域を超えた“横の連携”が強い
(施設同士で文化財を貸し借りするため横連携があり、集客情報なども早く全国に回る)
文化財施設と自治体は連携のパイプができている
★文化財施設の要望を受けた自治体がハブになることで、商店や各観光施設の連携が可能になった
★街の商店・観光施設の協力で「案内マップ」が作成され、女性にとってハードルが高い「交通、食事、宿泊、他の観光地案内」が可能になった
★連携により「街のイベント」と「刀剣展示」を同時開催。限られた交通・人的リソースを一定期間に集中できた(臨時バス運行、案内スタッフ、各店舗での作品コラボ名産品の提供や物販など)。
男性が支えてきた刀剣文化に女性ファンが新風を吹き込み、お互いにない要素で化学反応
(刀剣というひとつの題材から、「展示鑑賞」「刀鍛冶見学・体験」「コラボフード」など、幅広い層が楽しめる催しが生まれた)

■聖地巡礼者が心惹かれる「土地の歴史と文化」

今回のトークセッションでは、観光業界の方々に向けて
「コンテンツの聖地巡礼では何が重要か」といった結論を述べさせていただきました。詳しくはセッションの動画をご覧いただければと思いますが、こちらのイベントに登壇されていた「星野リゾート」代表・星野佳路さんの記事の談話「地域の個性あふれる芸術家、職人さん、また食の生産者の方々との連携が必要」(初出 月刊「旅行読売」2021年11月号)をヒントに、

作品×地域「聖地巡礼」の本質は、
土地の歴史と職人に、芸術文化(アート)の視点を入れて、
土地の世界観を醸成すること

と、しました。作品ファンにとっての聖地巡礼とは、街を巡ることで登場人物の行動、もしくはかつて居た時代など、作品の世界観を感じる行為です。
多くのファンが聖地に着くと「作品と同じ構図」で写真を撮っています。
これには作品と、今自分がいる聖地(街)、世界観のレイヤーを合わせる行為で、それにより自分が作品の世界に立っているように感じる心理があるのではないかと思っています。

作品の聖地巡礼者は《その土地の文化的背景が感じられるもの》を求めており、土地にある名産品や工芸品、職人さんのものづくりといった土地に根付く文化を通して「街そのもののファン」になる、いう流れがあります。
これが、ファンが作品聖地を通して「地域の街おこし」に関与する意義だと思いました。

■女性ファンの声を地域「キーマン」に届けるには

今回は「女性ファンの地域への聖地巡礼」を軸に書いてきました。
女性ファンが地域を訪問するには、周辺インフラの案内が大事だとお伝えしてきましたが、
最後に、もうひとつなかなか解決しない大きなハードルについて、
お伝えしたいことを書かせて下さい。

聖地の街おこし成功の肝は、《作品》《ファン》《街(自治体、商店会等)》の連携にあると書きましたが、
こちらは各セクションが縦割りということもあり、今でもハードルが高いことが多いです。
聖地街おこしが成功した地域の関連書籍でも、
「作品関係者、自治体、施設、商工会などのキーマン同士が偶然出会った、知り合いだったという“奇跡”があった」と書いてありました。

聖地巡礼、地域活性化には「奇跡の出会い」があった。
それ自体は本当に素晴らしいことです。
けれど私がそのとき思ったことは、
(地域のキーマンが男性中心だったら、住民ではない女性ファンの声はなかなか届かないだろうな……)ということでした

トークセッションでは、地域創生研究者・夷さんから
「全国各地域で女性人口の流出もあり、自治体(会議に出るような立場の人)には男性が多い。意志決定者は上の世代の男性がほとんど。
女性や若い人の声が届きにくいのが現状」

という発言が印象に残りました【前回記事より】。

こちら、本当に難しい課題だと思いました。
女性ファンの力で大きな街おこしが実現した『刀剣乱舞』も
ファンのニーズをいち早く察知、対応できたのは、美術館の学芸員に女性が多かったから
刀剣文化が男性のキーマンに結びついていたから
……だとすれば、やはり“奇跡中の奇跡”なのだろうなと思います。

聖地巡礼の研究をされている方から、これまで様々な成功事例の発表や、方法論の抽出が行なわれてきたというお話をうかがいました。
 
私は研究者ではない外部の者ですが、もしかしたら外側にいることで「地域と距離がある女性ファン」という存在が見えてきたのかもしれません。
今後、聖地巡礼、コンテンツツーリズムに関する研究はさらに進んでいくと思いますが、時にはそんな“外側の声”も聞いていただけるととても嬉しいです。

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