与えることの喜び

おととい、自分が所属している学部の横飲み会があった。
自分はその飲み会の幹事を務めていた。

参加人数は計38名。同学年の学部生が全体で約90名なので、1/3以上の人々が集まってくれた。(参加してくれた国教16のみんな、一緒に幹事やってくれた2人共、ありがとうございました)

飲み会当日は、2時間弱の楽しいひと時だった。実際自分も当日は色んな人と喋って飲んで、あっという間に時間が過ぎていた。

ただ自分にとっては、準備まで含めればこの横飲み会は約1ヶ月前から始まっていた。
昨年の12月末に学年ラインに開催を告知して参加者を募り、1月頭に一緒に幹事をやってくれる人をスカウトして、1月中旬には希望予算やお店のジャンルを尋ねるアンケートを作成した。そのアンケートを集計した後に、お店の候補をリストアップして再度アンケートをとり、お店に電話して、予約を完了させた。予約が済んだあとも、一度お店に足を運んで、席の配置や当日の流れを確認したり、予算内に収まるように交渉をしたりした。

また、昨年の8月にも同様の横飲み会を企画したのだが、そこでは1次会終了後に、行く宛が決まらずダラダラしてしまう時間が課題だったので、2次会の会場もこちらで予めおさえておき、スムーズに2次会が開催できるようにした。

この間、授業でのグループ発表・レポート、ゼミでの発表・そのための準備、別のプロジェクトの企画・予算決め、研究内容の最終報告会の日程調整、週3-4のバイト、という様々なタスクが並行しており、1月はまあまあ多忙を極めていた。

ただ他のタスクと違って、この横飲み会自体を企画することは、単位がもらえたり、お金がもらえたり、別に明確なメリットがあるわけではない。

それでも、自分がこの横飲み会を企画してきたのは、結局それが自分の喜びに繋がっていたからである。

昨年8月に催した横飲み会は、もっと自分のために企画していた。
前期の授業がしんどくて、だから夏休み前に思いっきり飲みたかった。けれど一人で飲むのは寂しいので、学部のみんなも呼べないかと思って声をかけてみたら、51人も集まった。そういう会だった。

そしてこの経験から、こうした学部での横飲み会は一定のニーズがあると分かったので、みんなのためにもまたこうした機会を設けようと考えたのが、今回の横飲み会を企画しようと思ったきっかけだった。

ただ、みんなのためとは言っていたが、結局これは回り回って自分のためであることに最近気が付いた。みんなのニーズを自分が満たすことで、自分はみんなからの評価を高めて、自分にとって良い環境を作り上げようとしていたに過ぎない。

「みんなの喜ぶ顔が見たい」とは、なんと尊大な願望でしょうか! その願望は、結局は自分のまわりの環境を自分に好ましいように整えたいからであって、エゴイズムなのです。
中島義道(2008)『私の嫌いな10の人びと』新潮文庫 p. 64


だから、積極的に幹事を引き受けてきた自分は決して利他的な人間ではなく、限りなく利己的な人間である。

そのことを認めた上で、これからもこうしたイベントを積極的に開催していきたいと思う。たとえ行為の意図は自己満足だとしても、行為の結果が利他的ならば、その行為自体に価値はあるはずだから。

Giving! The only real joy is giving!
「与えることだよ!ただ一つのほんとうの喜びは与えることだ!」
チャーリー・ブラウン



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わたこ
ここまで読んでくださりありがとうございました。