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【#048|間違いの喜劇】(2019年01月05日)

「お疲れさまです」

 出先で寄った書店のレジで知らない男性店員から急に言われた。

 もちろん私はここの書店員ではない。というより今まで書店で働いたことがない。だから仕事関係でどこか彼に出会った可能性はない。常連のお客なら顔を覚えてもらう可能性もあるけど、ここの書店は今日初めて来たし、まずお客に「お疲れさま」なんて普通言わないだろう。もしかして古いクラスメイトではないかと、自分が覚えている顔を一生懸命思い出すも、彼の顔に該当するクラスメイトはいなかった。はっきり言って私は彼を知らない。

 たぶん誰か仕事仲間と勘違いしてるのだろう。わざわざ訂正するのも面倒だから適当に受け流すことにした。

「お疲れさまです」

「今日はどこ行ってたんですか?」

 どうやらその書店員は休日出かけるのが好きみたいだ。

「まあニトリで適当に家具見てました(笑)」

「えっ、なぜ敬語を?」

 ということは君は後輩なのかな…?

「いや、今日はお客で来てるからそういう口調になっちゃっただけ(笑)」

「あーなるほど!(笑)」

「うん。そう(笑)」

 妙に会話が続くな。プランでは一言程度の挨拶で終わるはずが最近珍しいぐらい他人と会話してるぞ。というより、こんなに会話してて向こうも気がつかないのか。よく見たら顔が違ってたとか、普段と声が違うとか、この店員は気がつかないのか。それほど私とそっくりな店員がこの店にいるのか。もう会ってみたくなってきたよ。いや待て、そうじゃない。もう自分を偽るのは疲れたんだ、いいかげん早くこの場を去りたい…。

「では社割しときますね」

「はっ!? え、社割…かい?」

「何言ってるんですか。ウチで買ったら社割利くでしょう」

 社割ってあれでしょう。社員割引でしょう。書店員が自店で本を買うと定価から1割引されるってやつでしょう。無難な会話だけならまだしも金銭が関係してくると話は変わる。今自分は他人の名義を使って不法に値段下げようとしている。これは立派な詐欺行為に当たる。このまま割引かれた値段で買ってしまったら、最悪の場合、偽証の罪で刑事事件に発展するかもしれない。それはまずい…本当にまずいぞ…。

「あっ、今回はいいから」

「はい?」

「えっと、その文庫の著者ね、俺大ファンで。なるべく売り上げ貢献してあげたいから値段そのままでお願い」 

 本当は今日初めて買う著者の本だけど、こういう場合は仕方ない。

「そういうことですか。分かりました。では値段そのままにしときますね」

 とっさの機転が功を奏した!

「感謝するよ」

 それは本心だから嘘ではない。

 無事に定価で買えて、袋を受け取った私は一目散に去ろうとした。そうしたらあの店員からまた声を掛けられた。

「すいません、来月のシフトのことなんですが……」

「ごめん急いでるから詳しいことは後でLINEして」

 これで向こうを撒くことに成功した。きっと彼がLINEする頃には全てを知るであろう。正直に言って、その書店員に会ってみたい気持ちが沸々と上がってはいるが、何か犯罪に触れてしまいそうな領域になってまで会いたくない。その前に、その書店員が私のドッペルゲンガーか何かだとしたら、それは出会わないほうが互いのために良い。人の一生で出会える人の数は限られている。その中で出会うべき人たちに出会えることを人は運命の導きとか呼ぶが、逆に出会うべき人たち以外の人たちとは距離を置くべきだ。距離を置くことこそ出会うべき世界の秩序を保つ掟だ。

「俺はこの広い世界から見ればまるで海の中に落ちた一滴の水を探しに海に飛び込んだもう一滴の水のようなものだ」

弟アンティフォラス
『間違いの喜劇』ウィリアム・シェイクスピア(訳:小田島雄志):白水Uブックス

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【あとがき】

 もし今回のタイトルを読んだ時点で直ぐにシェイクスピアを思いついたとしたら、あなたはなかなかの通ですね!

 翻訳されたシェイクスピアシリーズの中で一番ポピュラーに読まれている新潮文庫では刊行されてなく、ちくま文庫か白水Uブックスのシェイクスピア全集もしくは最近出た角川文庫の新訳シリーズでないと読めない作品なので、そこにたどり着いたあなたとお友達になりたいです。

 私は白水Uブックスのを読んだんですが、これがメチャクチャ面白くて、ずっと読む手が止まらなかったです…!!

 またシェイクスピア作品の中で最も短い作品なので2時間足らずで読み終わります。そのおかげか本当に観劇してるような錯覚になります。

 あらすじを言うと、船旅中の嵐で十数年間生き別れた二組の双子がお互い知らずに同じ町にたどり着いて、双子だと知らない町民たちが本人たちを巻き込んで大騒動になっていく喜劇作なんですが、『ハムレット』『マクベス』みたいな悲惨な要素や『リア王』『ヴェニスの商人』ほど難解な表現がなく、ファミリーで楽しめる軽快な喜劇なんですよねぇ。

 登場人物たちの関係図が話が進むにつれてどんどん拗れていくんですが、後半から散々散らかした伏線が酒場の舞踏会みたいにリズム良く回収されていって、その気持ち良さに観客(読者)は思わずニヤニヤしてしまうんですよ。

 これこそ演劇の醍醐味で、この快感を再び味わいたくて何度も劇場に行ってしまうんですよねぇ…!(まだ1回しか行ったことないけど凄くハマる)

 すみません、悪いクセでどうでもいい話を長々してしまいました…。

 昨日の記事でも少し出しましたが、自分は本当に特徴のない顔してるので、無理矢理思い出せば古い誰かに引っ掛かりそうな顔ということで何回か間違われたことはあります。

 芸能人の誰々さんとかならまだ良いし何なら嬉しい。

 でも私のは、

「あれ村上じゃね?(たぶん友人さん)」

「やだーヒロシちゃん久しぶり!お母さん元気?(たぶん親戚の誰か)」

「奇遇だな鈴木くん。こんな所に会うなんて(たぶん直属の部下かと)」

みたいな『THE 一般人』の顔として年に何回か

「やせいの ポケモンが あらわれた!」

的な突発イベントとして立ち会います。

 生まれつき『芸能人顔』『一般人顔』って、ありますよね。

 もし新垣結衣や広瀬すずが街中を歩いていたら、たとえ芸能人になってない世界だとしても100人中100人が芸能人だと思ってしまうでしょう。

 木村拓哉や福山雅治は何をしても圧倒的カリスマオーラが光って、彼が芸能人じゃなかったら何が芸能人なの!?と民衆の憤怒が渦巻くと思います。

 一度で良いから自分も芸能人顔になってみたいです。

 でも…今ニートだから、

①平日昼間に街中歩いても「あの人カッコいい!でも仕事してないんだ…」

②夕方スーパーで買い物しても「あの人カッコいい!でも特売ネギ買うんだ…」

③深夜レンタルDVD店にいても「あの人カッコいい!でもアダルトコーナー入るんだ…」

 何だよコレ身動きとれないっ!!!

 もし自分が芸能人だったらイメージのために制約しましょう。

 でも「分類:一般人」だから好きなときに好きなことやらしてくれよ…。

 やっぱり一般人顔で良いです。

 全く稼ぎに繋がらないけど。

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渡邉綿飴
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