土に親しみ、皆農しよう――「報徳いもこじ農楽塾・やさいクラブ」始まる――(『報徳』2024年10月号巻頭言より)
小学生たちが「やさいクラブ」を結成
少し暑さが遠のき始めた9月初め、掛川の2か所で、小学生たち主体の「やさいクラブ」が立ち上がりました。大坂地区で5名、山口地区で13名の小学生たちで、地域クラブとして保護者も随時参加します。学校の近くの畑、構内の空き地で、まずジャガイモ、そしてインゲンの植えつけから始まりました。
大地の上に立ち、土の素晴らしさを知ろう
畑を耕し、額に汗して働く歓びを体験しよう
育つ野菜をよく観察し、自然の豊かさ、奥深さを極めよう
教科書の勉強も大切ですが、体験で学ぶことはもっと大切です。体と心を全開して、土に親しみ、自ら動き、肌身でいろいろ感じながら、土と野菜を相手に格闘する、新しい体験の世界が始まりました。
植物を相手にしていると、枯れたり、虫にやられたり、思いかけない事態に直面します。こうした体験を通じて、知識が知恵になっていきます。
作物の凄さ
主宰の中田繁之さんは、子どもたちに「この1個のジャガイモを土の中に植えておくと、何個のジャガイモになるか知ってる?」と問いかけました。「何と、15個から20個になる」とのこと。「人間がいくら頑張っても、このようなことはできない。土の凄さ、ジャガイモの凄さ、自然の不思議さ、素晴らしいでしょう」。そして育てる楽しさ、収穫の喜び、自ら育てたジャガイモ、インゲンを食べる歓びを語りました。
この活動は、「報徳いもこじ農楽塾」に集まった皆さんの危機感から始まりました。地球の温暖化が進み、国連のグテーレス事務局長は「沸騰化」という言葉まで使って警告しています。
異常気象で、野菜の不作が慢性化。産地が北へ北へと大移動し、本来の場所に野菜が出来ない環境になりつつあります。
さらに世界の政情不安定化により、食料輸入は先細りが必定。しかし日本の食料自給率は38%です。欧米諸国は、100%を超えているというのに。
しかも日本は種子や肥料を100%輸入しており、実質食料自給率は4%ではないか、と農業経済学者の鈴木宣弘先生は、危機感をあらわにしています。
食糧危機が迫っているのではないか。そこで「自分の食べる野菜は自分で作ろう」。これが「やさいクラブ」結成の趣旨です。お金さえ出せば、キャベツも、トマトも、メロンも、パイナップルも買えます。しかしいつまで続くかわかりません。これからはどうなるのか。私たちの生活スタイルも反省の時に入っています。
以前は、家族で小さいながらも畑や茶園や田んぼを作っていました。お父さんは勤めで土日しか出来ませんが、おじいさん、おばあさん、お母さんが頑張り、子供も手伝いました。
そのような生活スタイルは廃れつつありますが、中田さんは、農と一体の生活スタイルを、日本人はもっと大切にしたほうがよいと考えています。自然との対話は、私たちに根源的な力を養い、知識を知恵に変え、体も心も健全にするからです。
センス・オブ・ワンダー
中田さんが子どもたちに強調したのは、自然の不思議さ、自然の凄さを感じる敏感な心です。同じことを「センス・オブ・ワンダー」として語った人がいます。『沈黙の春』で生態系を崩す薬害について世界で最初に警告したレイチェル・カーソンです。
センス・オブ・ワンダーを「神秘さや不思議さに目を見張る感性」と言い換えて、海洋学者である彼女は、甥とともに海辺や森で過ごした時の体験をエッセイに残しています。
子どもの世界はいつも生き生きとして新鮮で、驚きと感激に充ち「未知なことに触れ、賛嘆、愛情が呼び覚まされると、新しいことをもっと知りたくなる」溌溂の世界です。大人にとっても、子どもと探検すると「感受性に磨きをかけられ」「使っていなかった感覚の回路を開かれる」ことに気づきます。
大人になると、世間で流通している在り来たりの考え方に支配されてしまいます。センス・オブ・ワンダーがそれを打ち破ります。
「地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独に苛まれることは決してないでしょう」
「たとえ生活の中で苦しみや心配事にであったとしても、必ずや内面的な満足感と生きていることへの新たな歓びへと通ずる小道を見つけ出すでしょう」
「自然がくりかえすリフレイン──夜の次に朝が来て、冬が去れば春になるという確かさ──の中には、限りなく私たちを癒してくれる何かがあるのです」
国民皆農の考え方
「報徳いもこじ農楽塾」では、食料危機の問題はもちろんのこと、農業従事者の激減や耕作放棄地の激増の問題も議論し、ここから抜け出る道を模索しています。
いろいろな意見が出されました。育てる喜び、分ちあう喜び、食べる喜びをもっと皆で共有しよう。野菜づくり、みそづくり、梅干しづくりと、私たち自身が土に触れ、作物をつくり、文化として育てることが必要ではないか。
土が汚いという親がいるが、あらゆるものを育み、瑞穂の国をつくった土ほど素晴らしいものはない。過剰な除菌衛生社会になってアトピーなどが増えている。小さい頃から土に触れていればそうならない、生活にもっと自然を取り入れよう。
「どろんこ遊び」「田植え体験」の幼稚園では、ここで自分の食べるものができ、自分の体ができることを知り、親御さんにも興味を持ってもらえている。その流れで「地域の農業」「地域の自然」「地域の食」が考えられたらいい。
農業者は、食料を自給し、農地を守っているだけでない。地域の田園風景も、地域のコミュニティも、地域の生態系も守っている。田んぼの水は、私たちを地球温暖化から守っている。みんなで、何らかの形で農業をやれば、日本は困らないのではないか。
報徳は「至誠と実行」です。こうした議論の中から「やさいクラブ」が誕生しました。
中田さんの想い
中田さんはこれまで、掛川駅「これっしか処」の店長をしてきました。消費者はもっと生産の現場を知って欲しい、生産者の熱い想いを中田さんはよく知っているだけに、二方よし、三方よしの商いを貫き、旬産旬消、地産地消を、いかに互産互消、国産国消のプロセスに組み込むかも構想し、実践しました。
今回、更に一歩踏み出して、子どもたちと農の世界へ参入です。それはセンス・オブ・ワンダーの世界であり、生産の世界であり、自給自足、外国に依存しない自主独立の世界です。それは見栄えのよい商品、便利、効率、スピード、歪んだ豊かさを追求する世界ではありません。
「おたまじゃくしの足が生えない内は、田んぼの水はきらせない」という生命原理の世界です。それが農の世界。本当の生き方はここにあるのではないか。ここから中田さんに、ふつふつと「国民皆農の想い」が湧いてきます。
天つちの 恵み積みおく 無尽蔵
二宮尊徳は田んぼの空き地に捨て苗を植え、秋には一俵のお米になりました。自然の法則は私たちを裏切りません。そして自然は無尽蔵です。「天つちの 恵み積みおく 無尽蔵、鍬で掘り出せ、鎌で刈り取れ」
「やさいクラブ」が、地域に理解され、拡張していけば、大規模農業経営を奨励し土地集約化を図るなど、財政的に大きな負担がかかるやり方で行き詰りを見せている政府のやり方に対して、資金は無くても、小さな単位で活動が展開でき、しかも地域の皆さんも広く参加できて、大きなメリットがあると考えます。
中田主宰のもとに集まった皆さんを紹介しましょう。少年野球の監督久村宏和さん、杉原保夫さんは資材建築設計の仕事、杉浦清司さんは農協に、中島三郎さんは酒造会社に、守屋治代さんは大学に勤めていた経験があり、青島直道さんは子どもの保護者です。
「天・地・人の経文を読む」センス・オブ・ワンダーの報徳の考え方に共鳴し、「皆農しようかいのう」のモットーの下に集まりました。
畑に行くと、お母さんやおじいちゃんも来ています。作物のことだけでなく、土をいじりながらいろいろな会話が弾みます。子どもたちの想い、好奇心、行動力はどこまで溌溂と伸びていくでしょうか。
新しい試みの第一歩が始まりました。顔の見える実践です。是非、お声掛け下さい。