創作における時代考証とは「文化と文明の整合性」をとること
お風呂と水と燃料
異世界転生系でも悪役令嬢系でも、チャンバラ歴史モノ系でも、「入浴」シーンは描きたいのが世の常ですね。しかし最近の原作となるストーリーでは「文明度」を無視した描画が少し目立ちます。ファンタジーなのだからそこまで云わなくても…という領域をそろそろ逸脱しているというより、後世に間違った世界観が伝わってしまい、実社会の文明度に関して意識できなくなる弊害が起こるのではないかと危惧しています。
つまるところ文明度の意識というのは、現実の問題に関して自分の半径何メートルまで意識できるかに直結し、その影響を引きずったまま大人になってしまう(った)ケースも十分考えられます。
お風呂のシーンはその国の文化度と文明度、さらにはエネルギー問題に直結する表現の一つ。そこまで…と思われがちですが、創作表現はそれなりに影響が大きいのです。というわけで、今回はちょっとお説教回です。
明治・大正時代をイメージした入浴シーン
下図のようなイメージで描かれることが多い入浴シーン。
浴室・湯船・湯桶のイメージですが、これは昭和初期〜中期のイメージ。
まず明治には裕福な家にしか家風呂はないと考えて良いです。
また枡形の風呂桶は、水密・維持管理の面から檜で出来ているため、数は少なく、昭和初期頃にやっと五右衛門風呂のようなタイプの風呂が普及します。つまり枡形の風呂桶を描く=高級な宿、一部の裕福な家を表します。
街道宿などは共同浴場が基本です。
実際の江戸期の風呂は?
銭湯(湯屋)を利用することが一般的です。数はその一例。
大きさなどもなんとなく想像できないでしょうか?
湯の張替えは大変な重労働のため、回数は少なかったそうです。
湯を沸かす燃料と里山
お風呂もそうですが、調理のために燃料は欠かせません。
魔法世界では便利な「火魔法」や「水魔法」で済ませられますが、それはそれで文明的な整合性が取れていないのです。
実際の調理など、湯を使う場合は炭や薪が使われています。
都市部では農村部から運ばれ、市場で販売されています。
このあたりまでは想像の範囲と思いますが、問題は原料となる「木」です。
木材資源の管理・保護
江戸時代は森林の管理と伐採には厳しい規制がありました。
勝手に木を切ることは許されません。かなり厳しい罰則も存在しています。
1. 幕府による管理
御林(おはやし)と御留山(おとめやま)
特に重要な森林を「御林」や「御留山」として指定されていました。
これらの地域では伐採が厳しく制限され、特定の樹木の伐採が禁じられ、「御留木」として保護されました。
また「御林奉行」が設置され、森林の状態を把握し伐採の許可や植林の奨励を行っています。
2. 藩による管理
有名どころでは、尾張藩の木曽ヒノキ、秋田藩の秋田杉、津軽藩の青森ヒバなどが上げられ、良材を保護するために「留山」を設け、厳しく伐採を制限していました。
3. 村落による管理
農村部の村落では共同で森林を管理していました。
村の規則に従い、無断での伐採は厳しく禁じられていました。
この流れは明治に入っても続き、地租改正へとつながります。
(必ず教科書で習うやつ)
これほどまでに厳しく管理するのは、木材以外の燃料は少なく貴重であり、燃料以外にも土木・建築や製紙、軍備など幅広く利用される資源だったからで、戦国期の領地拡大というのは、資源確保という意味も大きかった背景が存在します。
そのため、昭和中期頃までは里山と言えば禿山の風景となるのです。
緑豊かな里山の風景は、戦後の植林事業を経て、昭和後期ごろから作られたごく近年の風景であることを知ってください。
ここまでは日本の例を上げてきましたが、西洋ではどうだったのか…剣と魔法のファンタジーでは、暗闇の森などでてきますが…
欧州の場合
日本にいると夏になったら雑草が生い茂り、樹木も成長が早いため、一度植林をしたら数十年でかなりの大きさに育つため、常に緑化されているイメージが刷り込まれています。
しかし欧州は日本と違い緯度が高いのです。日本だと北海道と同じくらいの緯度に位置する国が多く、そこでの樹木は寒冷な気候のため成長が遅いことが特徴です。
下図は有名なウェールズの草原の光景ですが、12世紀より前は森林だった場所。伐採してしまったため、現代まで樹木が育たずこうなっています。
欧州の戦争と森林資源
一度伐採してしまった森林が復元できない土壌だったため、森林資源を巡る戦争が何度も起こっています。
軍事面では、欧州各国では城や要塞の建設、武器や防具の製造に大量の木材資源を確保する必要がありました。
またイギリスなどは海軍力の強化のために、船舶の建造にも大量の木材が必要で、バイキングの船や後の大航海時代の帆船などがその例です。
同時に経済面でも鉱業や製塩業が大量の燃料を必要とし、木材が主要な燃料として使用されました。
領地拡大の一環として豊かな森林資源を持つ地域を支配することは、経済発展や国家の維持存続などと、戦略的にも非常に重要だったのです。
この流れは産業革命期で石炭が使われるようになってからも大きく変わっていません。
国の礎とは信仰から発生する思想と文化
争いをモチーフにした物語は多いのですが、浅く感じてしまうのは「国」の重みをあまり意識していないから。
国を守るのは、民の生活を守ることで終わってしまっており、根底である文化を守ることが抜け落ちているため、表面的な諍いで終わってしまいます。
その結果、武器・戦術・戦略がどういった思想から生まれてきて、その時代の技術度は、どの程度文明が進んでいるかを表現することがちぐはぐになっています。
今までは昭和の終わりから平成にかけて、誰かが考えた世界観から借り受けて物語を書いていたり、考えたりしていたわけですが、同時に昭和から令和かけて、歴史の解釈も変化しています。
創作物語のベースもそれに合わせてアップデートしなければいけなかったのですが、今までそれがされてきませんでした。
そろそろ、この創作におけるベース世界観のアップデート作業をしなければならない時期だと考えています。
ゲームにしても、アニメにしても、古臭さを感じてしまうのはベースの世界観がアップデートされていないからです。
(コンテンツ系の会社さん、一緒にアップデートやりませんか?)
入浴シーンから見える社会背景とは?
入浴というシーン一つからも、背景には燃料資源が絡んでいるわけで、それを取り仕切る組織や政治力が存在しています。
また温泉に関しても、日本では多いと言われていますが、どこにでも湧くわけではなく、地下深くまで掘れる掘削技術に加えて、水脈を見つけるなど、様々な技術が必要です。
江戸期より前までは自然湧出の温泉が主流でしたので、場所が限定されるうえに、治癒と信仰の場所としての役割もあったことから、武家の管理が厳しく、江戸期以降も幕府や藩の管理下で運用されています。
現代とは役割が違うことに加え、リラックスのために訪れるのではなく、病気や怪我の治療のために訪れることが目的でした。
明治に入って戸籍法が制定され、人の移動が自由にできるようになり、鉄道ができる明治20年以降に近代観光が発展することになります。
明治を舞台にする場合、帝国ホテルが明治23年に開業することからも、当時の近代観光層や裕福層とはどのような人々だったかを想像しなければなりません。
一般庶民の観光宿が整備されてくるのは昭和中期からです。
山中の露天風呂のある一軒宿のイメージはこの頃のものです。
思っているイメージよりも最近の風景なのです。
一方欧州でも中世までの旅は「巡礼」によるものが多く、産業革命以前は16〜18世紀には、イギリスの上流階級が欧州大陸を旅行するスタイルが近代観光の走りと言われています。
大衆に広まるのはやはり鉄道が整備されてからなので、かなり近い時代の話です。
つまり入浴シーンの裏側となる社会背景には、資源をどれだけ持っているかという国力が反映しており、平和度も影響するため、その国の文化・思想が影響していることを意識をした表現やストーリー展開が、深みを与えることとなるわけです。