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「日本の美を子どもたちに(1)」〜Sense of Transience & DESIGN Thinking

日本の美・デザインの系譜 〜 Sense of Transienceとともに
 
 言葉の概念は時代と共に変化するものですが、「デザイン」に関しては「環境(状況)との対話」であり「問題解決」であるというのが現代の通説になりつつあります。その通説に沿って「日本の美」を概観してみると、それは西洋哲学に基づく「アート」として表現されたものとは異なり、極めて「デザイン」的な特質を備えていることが分かります。その根底には、日本独自の自然環境(風土)が大きな影響を及ぼしています。
 
 私たち日本人は、古来より人智を超えた自然の力に翻弄され続けてきました。しかし、その自然から受ける恩恵のために、この地に留まり生活を営んできました。つまり災害という「環境」と向き合いながらそれを受容し、如何に被害を最小限に食い止められるかという「問題解決」を追求してきたのです。しかし、自然の前では人間は無力であることを悟り、自然に対抗するのではなく、自然と共に生きる道を選びました。それは、破壊や死をも受け入れ、あきらめることでもありました。そういった自然観、死生観が日本人固有の「幽玄」「もののあわれ」「わびさび」という美意識に昇華されていったのです。それと同時に数多くの被災経験から、困難な状況での助け合いの重要性を学び、それが「利他の心」として文化に受け継がれたのではないでしょうか。
 避けようのない自然環境を前提にしながら、ある時は知恵や技術によって災いから逃れ、またある時は「美」として受け入れ、それを洗練させて多くの人々と共有していく。こう見ると、日本人は過酷な生活環境の中でデザインの感性を磨いていった国民であり、それが日本人の性質として内在化していったのではないでしょうか。
 
 一方で、日本の美を象徴するような建築、庭、屏風絵や襖絵などは、時代の権力者である公家や武家、寺院等の依頼によりつくられたもので、その出発点において既にデザイン的であるといえます。そして、そこに表現されたものは、無駄を削ぎ落とすことで象徴性を高め、美しさと機能性を持った「用の美」として作り上げられました。また、世界の美術愛好家からも人気の浮世絵は、歌舞伎役者のブロマイドであったり、観光案内のような役割を果たしたもので、現代的に言えば広告ポスターであり、これもやはりデザイン的といえるでしょう。
 
 このように日本の美を俯瞰してみると、デザイン的であるということが大きな特徴と言えるのではないでしょうか。そのDNAは、現代のまちづくりや建築、アニメや漫画、キャラクターデザインにも息づいています。そして、その源には日本独自の「Sense of Transience(儚さの感性)」が横たわっているのです。

「老いることも死ぬことも、人間という儚き生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそたまらなく愛おしく尊いのだ。」
         アニメ「鬼滅の刃」無限列車編〜煉獄杏寿郎の言葉より

 経済発展と共に生活様式が大きく変化し、危険だからと自然が遠のけられ、また医療の進歩によって死が遠のけられ、そして古いものは存在価値を失い廃棄され、本来は日常生活の中で感じ取ることのできた「Sense of Transience(儚さの感性)」が失われつつあります。これから先、ますます厳しくなるであろう未来の地球を少しでも良い方向に軌道修正させるために、私たちは今、心に「Sense of Transience(儚さの感性)」を持って、新たな社会をデザインしてける人間を育てていかなければなりません。

「Sense of Transience(センス・オブ・トランジエンス)」
 =儚さの感性。「幽玄」「もののあわれ」「わびさび」という日本独自の美意識を英語の文脈で説明した言葉。
                        ガーディアン誌(英)

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