見出し画像

"子供よりも親が大事" ー短編小説「桜桃」

 今回は、太宰治の作品である「桜桃」について書いていきます。「桜桃」とはサクランボのことです。太宰治はサクランボが好物でありました。そんなサクランボを題名とした作品です。
 青空文庫で読めます。非常に短く、気軽に読める作品ですので、この機会にぜひ読んでみてください。

「生きるということは、大変な事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴き出す」

太宰治,桜桃

 このセリフは父の置かれた状況を表している、非常に痛々しい描写です。妻とは一触即発の状態、子どもは小さく、長男のことで親戚にも頼れない。自身の無さや自己肯定感の低さから、友人に頼ることも難しいと考えられます。もしくは、議論についての描写や、愉快な人物を演じていることからすると、自身のプライドによって頼ることを避けているのかもしれません。
 しかし父についてよく見ると、苦しくて仕方がない現状に対して、何も行動をしてはいないことが分かります。愉快な人物を演じているのも、他人との気まずい雰囲気が嫌なため。障がいの可能性がある長男に対しては、一切の話題を避ける。子どもの世話をすることになっても、黙って外へ逃げる。「この桜桃(サクランボ)を子ども達にあげれば喜ぶだろう」と考えながらも一人で食べる。など、この短い小説の内でも、父の悪い意味で子どものような性格が見て取れます。この小説はあくまでも、悪い状況に置かれた人物の話ではなく、自ら作り上げた悪い状況から逃げ続ける男の話なのです。最終的に考え付く先は「自殺」であります。
 ここまで読むと、父がどうしようもない人間に思えてくるかもしれません。しかしタイトルの「子供よりも親が大事」というセリフには続きがあります。

子供よりも親が大事、と思いたい。

太宰治,桜桃

 父はそう信じているのではなく、そうであってほしいと願っているのです。父も内心では子供の方が大事と思っているが、それを口に出すと、自分の立ち位置やしたいことを捨ててしまわなければならない、ある意味での恐怖心に縛られていると考えられます。
 桜桃(サクランボ)の食べる部分は果実です。果実とは、種子を守る役割を持っています。果実を食べては、種子を吐き出し、果実を食べては、種子を吐き出す。そうして思うことは、「子供よりも親が大事」。妻の負担を知り、子どもにあげるべき桜桃を一人で食べる。父はどういった思いで桜桃を食べていたのでしょうね。この言葉に表せない不穏さと息苦しい世界が、この作品の魅力であります。

感想まとめ

 「すべきこと」と「したいこと」。この板挟みには現代の人間にも共感ができます。なぜもっと早くやらなかったのか、と締め切りが近づくたびに思いますよね。しかし、いつかはやらないといけません。嫌な事ですが、全てを投げ出すあと一歩のところまで来れば、もう後戻りもできなくなってしまうように思います。「しなければならないこと」が常に頭の片隅にある生活ほど、苦しいことはないですよね。

いいなと思ったら応援しよう!