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【掌編小説】こころのみずたま
ぼくのなまえは優太6さい。
ぼくの 耳は 二才のおわりから、ほとんどきこえない。はなすのが じょうずじゃないから、 声はほとんど出していない。
みんなのはなしは「くちのかたち」でなんとなくわかる。
そんなあるひ、ぼくは みんなのおなかにうかぶ『 水の玉』がみえるようになったんだ。
ようちえんの なつきせんせいの水の玉は朱色。
えんちょうせんせいは、うすい若草色。
けんちゃんのは群青色になったり、茜色になったりいそがしい。
それは、みんなのおなかのなかでポヤンポヤンってうかんでる。
ぼくの水の玉は何色なんだろう。おへそをみたり、かがみにうつしてみたりしたけれど、じぶんのはみえないみたい。
あるとき、けんちゃんとあっくんが おおげんかをした。ふたりとも、かおを 真っ赤にして、たたいたり、ひっかいたり。ぼくはこわくて うごけなかった。ふたりの水の玉は、マグマみたいに赤黒くて ぐにゃりぐにゃりとかたちをかえていたよ。
なつきせんせいが「ふたりともやめて!」ってさけんで、あいだに はいった。
すると、あっちゃんの水の玉はパチンとわれて、藍色の水の玉があたらしくできると、ワーンってなきだしたんだ。
あぁ、きっとこわくて かなしかったんだね。だいすきなけんちゃんとおおげんかしちゃったから。
けんちゃんの水の玉は、まだ赤黒くもえたぎっていて、あっちゃんにつかみかかろうとしていたけれど、なつきせんせいはこわいかおでそれをとめたんだ。
水の玉は きもちをあらわす『 心の色』
おこっているときは、赤黒い色。
かなしいときは藍色。
たのしいときは黄色。
うれしいときは桃色。
うすい色はおちついたきもちで、こい色ははげしいきもちをあらわしているみたい。
***
けんちゃんのママはね、いつもニコニコわらっているよ。せんせいにも ぼくたちにも、とってもやさしくて、きくばりじょうずなんだ。きっと、えんちょうせんせいとおなじ若草色にちがいない。
……あれ? おかしいな? けんちゃんのママの水の玉は鉛色。ずっしりおもそうに、おなかにしずんでる。
鉛色はどんなきもちなのかな。
あるときから、けんちゃんがようちえんに こなくなった。どうしたのかな。けんちゃんがいないと みんなさびしいよ。
***
あるひ、ちかくのこうえんで、ひとりでブランコにのっているけんちゃんをみつけた。
『けんちゃん!』
ぼくはかけよった。
けんちゃんは、ぼくをみても みえていないみたいなかおをした。
わらっても、おこってもいないかお。
まさか、ぼくのことわすれちゃったの?
でも、ぼくはきづいたんだ。
けんちゃんの水の玉も鉛色。
けんちゃんのママとおなじ色。
『けんちゃんどうしたの? しんどいの? つらいの?』
そばでみつめているととつぜん、けんちゃんは びやーっとなきだした。ないて ないて おおなきして、鉛色の水の玉が ぐにゃりとかたちをかえて、灰色と藍色が かわるがわるでてきたんだ。
けんちゃんがなくのをはじめてみたものだから、ぼくはオロオロして、うごけなくなった。けれど、ゆうきをだして けんちゃんの手をぎゅっとにぎって、もうひとつの手で、あたまをなでたんだ。ぼくがいつもおかあさんにしてもらっているみたいに。そしたらね……。
「おかあさんが……こわれちゃう……」
けんちゃんは、たしかにそういったんだ。
ぼくはそれをきいて、いそいでおかあさんにつたえにいった。そのあと、いろいろなおとながけんちゃんのいえに『かていほうもん』にいったみたい。
しばらくすると、けんちゃんは げんきにようちえんにくるようになった。おかあさんはぼくに こういった。
「けんちゃんのママはね、とってもとっても つらいきもちでいっぱいだったの。だれにも「たすけて」っていえなかったみたい。でもね、けんちゃんと優太のおかげで、けんちゃんのママをたすけることができたよ。きづいてくれて、つたえてくれて、ありがとね」
あぁ、そうか。ぼくはきづいたんだ。鉛色はつらいきもち。
けんちゃんのママは、いつもニコニコわらっていたけれど、心はくるしかったんだ。
「つらいときは『たすけて』っていうんだよ。がまんしちゃだめだ」
そういったのは、ぼくのおばあちゃん。ぼくのみみがきこえなくなっても、いろんなことをおしえてくれた、だいすきなおばあちゃん。すこしまえに、おそらのほしになったんだ。
ベッドでねむる おばあちゃんの水の玉は、とうめいで ほうせきみたいにきれいだった。おそらにのぼるとき、ぼくはみたんだ。
水の玉が、おばあちゃんのからだから ふわんって うかびあがると、ぱしゅんって はじけて、まわりにキラキラと とびちった。
みんな ないていたけれど、そのしゅんかん、やさしい くうきにつつまれたんだ。
しんじゃうときは、水の玉がとうめいになるのかな?
***
ぼくのおかあさんの 水の玉は橙色。うすくなったり、こくなったり、いろんな色もでてくるけれど、だいたいは橙色。
おかあさんは、あかるくて げんきで がんばりやさん。しごとでとおくにいる おとうさんのかわりもしてくれるし、手話もべんきょうしているし、りょうりもじょうずで、いつもぼくにげんきをくれる。ぼくはそんなおかあさんがだいすき。
でも、さいきんへんなんだ。いつものおかあさんと かわりないのに、水の玉がにごってみえる。
『おかあさん、げんき?』
ってきいても、
「どうして? げんきだよ」
って、わらってこたえる。ぼくのきのせいなのかな。でも、ひにひに おかあさんの水の玉は、鉛色にちかづいている。ときどき、とうめいになりそうなときもある。
え? おかあさんしんじゃうの?
いやだいやだ。ぼくは、どうすることもできなくて、どうしたらいいかわからなくて。きっといま、ぼくの水の玉は藍色と鉛色だ。
あるよる おそくに ぼくは めがさめて、おかあさんがなきながら でんわをしているのをみてしまったんだ。でんわのあいては、たぶんおとうさん。おかあさんの水の玉は、こい紫色と灰色。ぼくはいそいで、かけよった。
だって、まえにおなじような色の水の玉をみたことがあったから。
なきむしのりなちゃんが、はっぴょうかいのときにみせた色だった。
ふあんでこわいときの色。
『おかあさん、どうしたの? こわいの? なにかふあんなことがあるの?』
おかあさんは あわててなみだをふいて、でんわをきった。
「ごめんごめん。なんでもないよ。だいじょうぶだから」
『だいじょうぶじゃないよ。おばあちゃんがいってたよ。だいじょうぶっていうひとほど、 心でたすけてって、ないてるって。ぼくがたすけるよ』
ぼくは、おかあさんを ぎゅっとだきしめた。そのとき、おかあさんのおなかに もうひとつ 水の玉がみえたんだ。
ちいさなちいさな虹色の水の玉。
ぼくはしばらくかんがえた。
「あっ!」
ぼくはおもわずこえをあげた。
『おかあさん、おなかにあかちゃんがいるの?』
すると、おかあさんはビックリしたかおをした。
『うわぁ。いもうとかな? おとうとかな? うれしいね。たのしみだね』
ウキウキしながらそういうと、おかあさんは、またポロポロと なみだをながして、こんどは、おかあさんがぼくを ぎゅっとだきしめた。でも、さっきのなみだとはちがう。だって、おかあさんの水の玉は、きれいな桃色みたいな うすい橙 色にかわっていたんだ。
つぎのやすみに、おとうさんがかえってきた。おとうさんは、ぼくのあたまをなでながら、こういったんだ。
「優太は すごいな。ひとの心がわかる、やさしくて、つよいひとだ。おかあさんをたすけてくれてありがとう」
そしてこうもいった。
「優太はヒーローだな。これからも、おかあさんのこと たのむぞ」
そうか! ぼくは【とくしゅのうりょく】をもったヒーローなんだ。
***
それからしばらくして、いもうとがうまれた。あれから、おかあさんの水の玉は にごっていない。ときどき、紅色になったり、藍色になったりするけどね。
いもうとの水の玉は、虹色からきゅうに こい赤や青にかわるよ。紅葉色や瑠璃色がチカチカてんめつするみたいに。そんなとき、きまって「ふんぎゃー、ふんぎゃー」ってなきだすんだ。
いもうとの水の玉は、ねているときが虹色。おかあさんになにかしてほしいときは、けいこくランプがてんめつするみたいな色だ。
おかあさんってすごいんだ。ぼくやいもうとのきもちがよくわかる。
水の玉はみえていないはずなのに、ふしぎだな。
おかあさんにも【とくしゅのうりょく】があるみたい。ぼくといもうとげんていでね。
おかあさんは、ぼくたちのヒーロー。
そしてぼくは、みんなのヒーローなんだ。
了
(約3600字)
※優太のセリフの『』は、優太の心の声と手話表現の会話部分です。
※子ども視点なので、ひらがな表記ですが、色の名称は漢字表記にしてあります。
※優太が6歳の割に大人びている感じるかもしれませんが、5歳児(年長児)ともなると、色々な感情の機微がわかる子も多くいます。ただ、うまく言語化できないだけです。心の中では、大人の想像を超える、たくさんの考えや気持ちがあります。うまく表現、表出できないだけなのです。
※色の種類は、サイト『伝統色のいろは』を参考にしています。
※作中にある抽象的な色の表現について
・赤黒い色→朱殷(しゅあん)色
・濃い紫色→至極色
・桃色みたいなうすい橙色→珊瑚色(コーラルオレンジ)
【あとがき】
noteには、基本、公募作品とつぶやきと「なんのはなしですか」の記事しか出していないのですが、私の書くものが好きだとおっしゃる方が、ごくまれにいらっしゃるので、出してみました。
児童書テイストですが、実は大人向けの作品となっております。母子関係のお話が多いですが、母でない方にも読んで頂けると幸いです。
いしもともり🍊
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おつかれさまです!