2022年2月の俳句。
雨の日の 暮れて静かに 春の雪
雪国の 雪の予報を 検索す
親しい知人が 雪国に移住。
雪とは無縁の南国から暮らしも一変して どうしているかと その地方の雪情報をネットで検索などしてみる。
サンダル買う この小ちさき乗り物 雨水うすい
それまで使っていたサンダルが突然壊れてしまった。底板かめくれて はがれてしまったのだ。新しいサンダルに足を乗せてみて、このサンダルが自分のからだを色々な場所へ運んで行って暮れていたことを感じた。
そう、これは小さな乗り物だったのた。
「雨水うすい」とは暦の一つである二十四節気の一つで 新暦二月十九日ごろに当たる。
降る雪が雨に代わり 積もった雪や
氷が溶けて水となるという意味から雨水ウスイという。
こんなときは 卵おじやと 塩じゃけで
配達に来た生協の若い女性と話をしていて、
「やっぱり 塩しゃけは塩の効いたやつじゃないとだめだよね。薄塩の塩じゃけなんて 塩じゃけの自己否定のようなものじゃないかな。」と言ったら
彼女は「私は薄塩が好きですけど」と言った。
「まあ健康なときはそれでいいかもしれないけどね、からだが弱っているときには、卵おじやときりっと 塩の効いた 塩じゃけじゃないとだめだよ。」と私が言った。
すると彼女は「渡邉さんは そんなにからだがよわってるんですか。」と 笑顔で聞いてきた。
ベーリング海 カニカマ工船多喜二の忌
カニカマは 日本人が戦後に発明した世界に誇る三台食品のひとつであると知ったのはつい最近のことだ。ちなみに三台食品の内の他の二つとはインスタントラーメンとデトルトカレーである。
例えばフランスでは 日本と同じ量のカニカマが消費されているのだという。
人口は日本の半分だから 一人当たりでいえば日本人の倍 たべているわけだ。
このカニカマの材料は スケソウダラで、主に北の海で捕れるらしい。
特にベーリング海は 豊富な漁場で 日本から出漁しているのだが、このスケソウダラはすぐに鮮度が落ちてしまうので 収穫したそばからすぐにカニカマに加工しなければならないのだという。そこで船の中にカニカマの工場が設備されている。
つまり これはただの船ではなく 工場を兼ねた 工船なのである。
荒れるうみの上での作業はたいへんで、近代的な設備を整えても 労働はらくではない、その代わりに賃金は一般の工場労働者の三倍なのだという。
カニカマ工船から連想するのは小林多喜二の代表作 蟹工船だ。
戦前のきびしい労働者の実態を告発する さくひんとなっている。劣悪な労働環境についに労働者は立ち上がり 氾濫を起こすという、いかにも当時のプロレタリア文学を象徴しているさくひんだったという記憶がある。
多喜二忌は二月二十日。小林多喜二(1903から1933)秋田県生まれ。「蟹工船」で作家としての地位を確率した。共産党に入党し非業補法活動の末、特高警察に逮捕され拷問を受け死亡する。
ラメールと 歌えば 遠く 春の海
フランスの菓子でサブレにラメールという名前が着いていた。
思わずシャンソンのラメールという歌が浮かんできた。ラメールは 海という意味だ。
ラメールと口ずさんでしまう。フランスの海は 日本の海岸と違って 潮の満ち引きが大きく、干潮のときは なぎさが砂漠のように広がり、海は遠くに後退したように感じられるという話を聞いたことがある。
ドビッシーの公共詩「海」もそんな情景を表しているらしい。
大いなる 手の打ち寄せし 春の波
近くの突堤を散歩すると 突堤の内側に回り込んできた波が タップンタップンと波音を立てていた。
それがあたかも 何か大きな手で堤防に 波を打ち寄せているかのように 聞こえた。
春の河 そうだそうだと 鴉鳴く
川沿いの歩道を歩きながら「そうだよな、やっぱりそうだよな」とひとりごとを呟いていたら 頭上で 鴉が 「そうだ、そうだ」というように 鳴いていた。