別れ ー恋ー
「もう行くわ」
遼子はベンチから立ち上がった。
「…」
祐介は何も答えなかった。
黙ったまま、夕陽の色合いを映している海をみていた。
そんな祐介を見て遼子は少し口元をゆるめると、そのままクルリと背を向けて駅へと踏み出していった。
4年。
長かったのか、短かったのか、もうすぐ39歳の誕生日を迎えようとしている遼子にはわからなかった。
1つ年上の祐介とは、友人を介して知り合った。
今思うと、別に付き合わなくても良かったのかもしれない。
距離が近づかなければ、友人のひとりのままだったのかもしれない。
迷いが2人を近づけ、そして、迷いが結局お互いを傷つけることになった。
30代後半という年齢もあり、付き合って1年もすると、結婚の話がちらつくようになっていたが、ひとりのペースで仕事が順調にきていた祐介と、結婚というルートを通らずに積み重ねてきたキャリアを、結婚でどのように舵取りをするのかということに直面した遼子と2人。
2人の結婚へのイメージは上手く重ならなかった。
「オレも、おまえも、別にこのままでいんじゃないの?」
祐介の言葉は、いつもとても正直だった。
その正直さを好いていると遼子は思っていたが、結婚という夢…
ああ、私も世間一般の雑誌に出てくるような結婚の何かに憧れていたのか、と遼子は情けないような気持ちに時々打ちひしがれることもあった。
(誰に教えられたともわからない夢に振り回されなくてもいいか)
遼子は決断すると、もう迷わなかった。
祐介もそれを止めようとはしなかった。
(誰かと寄り添いあって、子どもを生んで、歳を重ねて、きついな…この、誰かに見せられている夢は…)
「さよなら」
遼子は祐介に別れを告げたその瞬間、祐介の膝の上に置かれた手にポンと触れた。
「もう行くわ」
時々2人で並んで歩いたこの公園を、祐介と並んで歩くことはもうないだろう。
後悔がないと言ったら嘘になるが、それでも一生嘘をつき続けて生きるよりいい、と遼子は沈んでいく夕陽を見ながら思っていた。
(きっとあの人もそう)
最後に言葉もなくベンチに座ったままだった祐介を思った。
(もう一度くらい声が聞きたかったかな…)
今日は少し遠回りして帰ろう。
電車を待つホームで、遼子は携帯を取り出すとスケジュール帳から祐介の誕生日を削除した。
※この物語はフィクションです。