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そもそも
自分がやりたいことってなんだろう?
なんのために作ったり直したりしてるんだっけ?
子どもと関わってるけど、子ども好きなんだっけ?
というところに今立ち戻っている。
作ることが好きだと思い込んでたんじゃないかなぁとか、子ども好きならもっと早くにそういう仕事を選んでたんじゃないかとか、なんか頭の中ぐるぐるしている。
頼まれたお直しをしているときは、相手のことを考えながら、どう直したら良いかなぁと頭を巡らせる。
思い通りになることもあれば、ならない時もある。
試行錯誤しながら直す時間は嫌いじゃない。
じゃあ好きかと言われたら微妙だ。
ワクワクとか楽しいとかそういう感じにはあまりならない。
できることをやってるだけだからかな。
手を動かすことは好きなはず笑
人の持ってるものやお店で見た可愛いものからインスピレーションを得て作りたいと思ったものは、その過程を楽しむことができる。
たぶん没頭している時間が好きなんだ。
なにものにも邪魔されない時間。
ただやっぱり作ったものでその人が元気になったり、笑顔になったりするのを見るのは好きだな。
喜んでもらえるって嬉しいもの。
子どもはどうだろう。
結婚するまでは好きだったと思う。それも思い込みか?
子ども産んでから責任の重さに好きって言えなくなって。
ただ教室を持ってからは子どもの未来を懸念するようにはなった。
このままじゃ生きづらくなるよなと。
たぶん、わたし自身が発達障害を持ち生きづらかったから、そんな子たちが増えてる今、どうしたら良いのかなと考えるようにはなった。
ただそれも、深く知ろうという気持ちでは取り組んでなかったかも。
目の前の子どもたちを伸ばすにはを考えることしかできなかった。
今の仕事してみてわかったことは、本当に自分が見ていた世界は狭くて、外のことはなにも知らなかったし知ろうとも思っていなかったということだ。
結局わたしは自分のことしか考えてなかったんだろうな。
娘たちの将来も真剣にかんがえてなかったかも。
人にそもそも関心がない。それは身内であっても。
障害も影響してたと今ならわかる。
頑張る必要はないけど、大人だからある程度のことは対応できるようにならないと。
ここ最近いかに能がないかを突きつけられて、いろんなことがわからなくなってる。
さてどう生きたら良いのかな。
答えは自分の中にしかないのだけど、モヤモヤする日々を過ごしてる。