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エロティック東三河物語①

2017年9月30日

 毎年恒例の「第4回 百儂人まつり」が豊橋駅南口駅前広場で行われた。この年のテーマは「ワシらの『五感』大公開」だった。農業経営者のツワモノたちが集まる「豊橋百儂人」主催のイベントだから、当然、食べ物が美味しい。必然的にランチタイムに人が多く集まって来る。

 この日、私はいつものように百儂人キッチンカーで出店していたわけではなかった。特別な(この日限定の)「百儂人ビール」を来場者に提供するため、他の儂人さんたちと一緒に「共同運営」していたのだ。当時、私は豊橋百儂人の事務局長という立場であったから、百儂人まつりの企画から運営に至るまですべてのプロセスに携わっていた。「百儂人ビール」という名で、一人一人の儂人さん(豊橋百儂人では「農家」のことを「儂人」と呼び、個性を貴びつつチームとしての活動を展開している)の作品(生産物のこと)をビールに混ぜ、ビアカクテルとして販売する企画が上がった際、キッチンカーの提供を申し出た。この「百儂人ビール」企画は大成功だった。後で売上リストを見せてもらったが、意外にも「ねぎビール」の売上が上位であったことに関係者一同驚きと歓びがあったことを付け加えておく。

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 騒がしかったランチタイムが過ぎ、少し会場内にも秋の風が吹き始めた。百儂人ブースの裏で目立たないように一人で遅い昼食をとっていた時、ふと鈴木美仁(よしひと)さんがこちらに近づいて来るのが見えた。いつになく真剣な面持ちだったので、直感的に嫌な予感がした。豊橋百儂人の中で「養豚儂人」と呼ばれている美仁さんは、田原市で養豚業を営む株式会社G・ファームの代表だ。「G・ファーム」と聞いてピンとくる人はそう多くないかもしれないが、「田原ポーク」という名前は地元の人なら一度は耳にしたことがあるだろう。養豚王国・東三河を代表するブランド豚の一つだ。

 とかく、この養豚儂人さんは普段から顔がいかつい。初めて会う人は一瞬たじろんでしまうだろう。事実、私もそうだった。スキンヘッドに鋭い目つき、黄金のネックレスと腕時計から想像できる職業などそう多くはない。2008年、豊橋百儂人を発足する際に、百儂人考案者の河合浩樹さん(河合果樹園代表)から美仁さんを紹介されたのが最初の出会いだった。

 しかし、実際に話をしてみると、言葉少なく、おとなしそうな人という印象に変わった。やがてお付き合いの時間が長くなるにつれて、それが優しさの裏返しであることを知り、さらにその優しさの中に一本筋の通った男気が隠れていることに気付く。

 その「男の中の男」が真剣な顔でこちらにゆっくりと近づいてくるのだから、私もつい身構えてしまった。そして、嫌な予感はやはり的中した。

 「豊川用水のアレ、何とかできんか?」

 すぐ隣に立ってささやく。

 私にはもはや「アレ」だけで十分過ぎるほどに伝わっていた。この一年余り、美仁さんに会うといつも「アレ」の話になる。

 (やはり来たか・・・)

 とてもじゃないけど、「アレ」を自分たちの手で何とかしようなんて、度を超え過ぎていると感じていた。美仁さんが思い描いているほど簡単にできることではない。我々だけでなく、多くの人たちの人生を変えてしまうかもしれない。何も進んでそこまでの責任を負う必要はないし、私にも小規模ながら責任を全うすべき一つの事業体がある。コツコツと10年以上続けてこれたのは、この事業のためにずっと応援、協力してくださった多くの方々のおかげである。受けたご恩をないがしろにすることは絶対に許されない。「アレ」は我々にとってあまりに大ごと過ぎるのだ。

 「もう来年か・・・」

 そう言ってはにかむ美仁さんを横目に、私はいつものようにニコッと会釈だけしてその場をそっと離れた。

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