マンガ「冷食捜査官」_ 空腹の人間だらけの、おかしく、おいしいディストピア。
過密・公害・荒廃に混沌の度を極めた夜の摩天楼都市の終末像。
気が滅入るほど混沌とした、未来のダウンタウン。
あるいは、椎名誠曰く「きわめて未来的な機械や道具などが、手垢にまみれ、角角が消耗してすり切れたようになったりしているリアル感」。
「ブレードランナー」以降、サイバーパンクは漫画・アニメ・映画で、これまた手垢に塗れるほど題材にされてきた。
もちろん、それを愛に溢れたパロディ作品も、一定数存在して。
私が好きなのが、とり・みき原作の漫画「冷食捜査官」だ。
動機は“食べたい”ただそれだけだ!
SF大将とり・みきが贈る近未来ハードボイルドギャグ漫画、推参!
時は近未来。安全無害の合成食料の完成により、食料統制が始まった。雑菌だらけで汚染された自然食品は製造・飲食が禁止となり、冷凍食品も所持することすら禁止された。それでも食料統制以前に作られ地下の貯蔵庫に眠っていた大量の冷凍食品がブラックマーケットで取引されている。巨額の金と血を賭してまで“冷食” を求める連中は後をたたない。冷食シンジケートが暗躍する中、我らが農林水産省・冷食捜査官が立ち上がる!
細かいあらすじを語るのは、粋じゃない。
合成食糧でお腹は膨れる、でも、「ニセモノ」じゃ、何かが物足りない。
だから、皆、「ホンモノ」のために大金、あるいは多大な労力を払う。
空腹の人間だらけの、侘びしい眺めだ。 皆、飢えているのが、おかしい。
この時代、「ホンモノ」となっているのは、かつては「ニセモノ」だと、食通やグルメからは低く見られていた冷凍食品だけだ。
価値が転倒しているおかしさ!
それを淡々と追い詰める捜査官のおかしさ!
俺にはわからない 命を賭けてまで生物の死骸を食おうとする人間のいることが
とのモノローグを繰り返しつつ、冷食捜査官のシニカルさ。
各話、ハードボイルド小説の文法に忠実に、この捜査官のモノローグと並行して物語は展開されるのだが、そのひとつ一つが素晴らしい。
話のあらすじをこまごま紹介するよりは、台詞回しを引用して、紹介した方が良いだろう。
中華冷食シンジゲートを追い詰める「チャイナタウン 」は
港はふやけた点心でいっぱいになった
それからひと月の間 街からギョーザの臭いが消えることはなかった
捜査官が定年間際のオヤジさんと対峙する「黄金三角を持つ男」の幕切れは
伝説の調味料”ショウユ”の焼ける匂いが街全体に広がった
かつて嗅いだどんな匂いよりもそれは俺の食欲を刺激した
そして、かつての食通に請われるまま、ホンモノのネタをもう一度握ることとなった「伝説の」すし職人が実質的主役の「マグロの出てきた日」は
唯一わかったのは本物のマグロの頭の形状だけだった
なぜかその顔はこの場所で食われることを喜んでいるかのような顔をしていた
なんで全1巻でまとまっちゃったんだろう。もっと続きが見たい。
それも「おかしさ、かなしさ」を描く方向で!
ディストピアの夢と、サイバーパンクの夢に溢れた、ユーモラスな漫画だ。