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新宿歌舞伎町のカオスから生まれてきた名優・原田芳雄、「俺が俺が」な主演作四本だて。
新宿歌舞伎町への風当たりが強い、この頃。
永島慎二がいれば、彼らに寄り添う物語を語ったに違いない、と思うこの頃。
または、原田芳雄がいればなあ! と思うこの頃。
リアルタイムでピンときた出演作はなかったが、東京に進学して新宿に何度も足を運ぶようになって初めて分かることがある:彼の演じる役柄のアナーキーさ、さまよえる魂というべきもの。彼のデビューは1968年。ちょうど新宿が祝祭の街だった時代の、落とし子なのだ。
この人の何がいいかって、「地の底」を背負っている感があるところだろう。
烈しいバイタリティを持って、周囲の重圧・圧力と戦い、もがく様が絵になる。
演じているのはつねに「原田芳雄」というキャラクターでしかないけれど、それが見ていて非常に心地よいのだ。
今回は、新宿歌舞伎町感=アウトロー感を、原田芳雄がぷんぷんに漂わせる作品に絞って紹介してみることにする。映画に取り憑かれた男が発散する、新宿と同じカーニバル、アナーキーさ、祝祭さ。 ご堪能いただきたい。
もみあげで支配する男。with健さん「君よ憤怒の河を渉れ」。
無実の罪を着せられた現職の検事が、執拗な刑事の追跡をかわしながら真犯人を追っていくアクション映画。原作は西村寿行の同名小説。脚本は「金環蝕」の田坂啓、監督は脚本も執筆している「新幹線大爆破」の佐藤純彌、撮影は「金環蝕」の小林節雄がそれぞれ担当。
キャスト
杜丘冬人:高倉健
矢村警部:原田芳雄
池部良、大滝秀治、中野良子、倍賞美津子、内藤武敏、岡田英次、西村晃、田中邦衛
スタッフ
監督: 佐藤純彌
脚本: 佐藤純彌/田坂啓
撮影: 小林節雄
音楽: 青山八郎
製作: 永田雅一
製作協力: 徳間康快
原作: 西村寿行
照明: 高橋彪夫
録音: 大橋鉄也
美術: 今井高司/間野重雄
角川映画 公式サイトから引用
のちにジョン・ウーが「マンハント」でリメイクした、中国では一・二を争うほど知名度の高い言わずと知れた怪作。
「逃げる」高倉健が主役なのだが、「追う」原田芳雄の存在感も忘れ難い。
なんといっても原田芳雄のもみあげの恐ろしさよ。高倉健以外も池部良はじめ確かに豪華スターの顔合わせなのだが、原田芳雄のもみあげが画面が映るたびに、そればかりが気になって、他の顔は全く印象に残らない。
高倉健以外で唯一記憶に残るのは、サラブレッドの一群が新宿の街を疾走する一幕だけだ。(うち一頭が、蹄鉄から火花を散らして派手に転倒する。70年代の新宿なら、この程度のハプニング、起こっても何らおかしくないという妙なリアリティがある。)
最後、真相にたどりついた健さんは、原田芳雄の真前で自分を陥れた黒幕(西村晃)を射殺する。原田芳雄が太々しく健さんを逃して、映画はエンドだ。
原田の横顔のクローズアップ:健さんのほっとした顔よりも、もみあげばかりを強く意識させて、映画は終わる。
フィリピン在住ワケあり男。 藤田敏八「海燕ジョーの奇跡」。
佐木隆三原作おなじみ:追手から逃亡を続ける若い兇状持ちが、主役。
この原作、演出家によってタッチが変わる。
重厚なドラマとなった今村昌平監督「復讐するは我にあり」、
軽く軽快なタッチになった和泉聖治監督「南へ走れ、海の道を!」に対し
藤田敏八監督の本作は、気怠さ漂う辺境目指すドラマに仕上がっている。
フィリピン人とのハーフのジョーは、沖縄中のヤクザが大同団結して結成された琉球連合から破門された事で、解散声明を出した島袋一家に身を置いていた。ある夜、酔ったあげくの喧嘩がもとで、弟分の与那城寛敏が、琉球連合那覇派の連中にリンチされた上に射殺される。復讐として琉球連合理事長の金城盛光を射殺したジョーは、警察の前に車を乗り捨てたその足で安ホテルに潜伏、ジョーの親分島袋長幸の情婦ミッチーが経営するスナックでホステスをする恋人・陽子の助けを得て逃亡する。せめてもの金を渡そうと実家に帰ったジョーは、フィリピンにいる実父が送ってきたと云う10年前の手紙を母親から渡される。逃亡を続けていたジョーは、刑務所時代の面友・上勢頭とバスの中で再会、何人もの海外逃亡を扶助したと云う話を聞いたジョーは、フィリピンへの脱出を夢に描くのだが――
スタッフ
原作:佐木隆三
脚本:神波史男、内田栄一、藤田敏八
監督:藤田敏八
キャスト
時任三郎/藤谷美和子/田中邦衛/清水健太郎/五月みどり/原田芳雄/三船敏郎
松竹DVD倶楽部から引用
ジョーは、与那国経由でフィリピンに逃亡する。
旅の中でお世話になるのが元学生運動家の手配屋:上勢頭(田中邦衛)だったり
木で作った小舟の船頭(三船敏郎)だったりする。
大物男優ふたりの次、フィリピンで彼を出迎えるのが、グラサンかけた怪しい実業家、歌舞伎町のパブに屯してそうな胡散臭さ満点、与那嶺(原田芳雄)だ。
遥々逃げてきたジョーのために、与那嶺は仕事のあれこれを世話してやる。ふたりは一台の車に乗り合わせて、マニラのあちこちを巡る。当然、彼らが仕事をするのは、高級ホテルやビーチといった観光的な場所ではない、スラムや繁華街の裏通り、マニラマフィアのアジト、密輸船といった後ろ暗い場所。
特にマニラマフィアのアジトは、学校か病院かのような白い壁が果てしなく続き、セル状の部屋が規則的に並ぶ不思議な建築物で、浮浪児の学校のようになっている部屋、娼婦のような女がたまっている部屋、ローカル博奕が行われている部屋と、不夜城そのもの。
このアンダーグラウンドで異様な空間に、与那嶺(とジョー)が、しっとり似合う。タバコを吸ったり、愚痴を言ったり、黒社会の人間たちと言い争ったり・・・悪所が絵になる与那嶺。(色黒のジョーも違和感なくハマっている。)
で、最後は案の定琉球連合の追手が上陸、彼らと一大カーチェイス、
銃撃戦の果て、与那嶺は死んだ……かと思ったらタフに生き残る。これくらいフィリピンじゃ屁でもないぜとばかり、ふうと一息、妙にかっこいい。
方やジョーは(自分をはるばるマニラまで追ってきて)流れ弾に撃たれた女を海に捨てに車を走らせる、そこでフィリピン軍の検問にぶつかる、ジョーはなぜか強行突破しようとして・・・あまりカッコよくない、蜂の巣エンドだ。
60年代末に終わらせるべきだった映画をビッグバジェットでやった感満載だが、
妙に捨てがたい。原田芳雄のナチュラルな演技のおかげで。
勝新太郎とむさくるしく愛し合う男。 黒木和雄「浪人街」。
ストーリー
江戸末期の下町を舞台に、そこの裏界隈を生きるアナーキーな浪人たちの人間模様を描く時代劇。
江戸下町のはずれ、一膳めし屋の“まる太”で2人の浪人が対立した。この街で用心棒をしている赤牛弥五右衛門と、新顔の荒牧源内だ。対立する2人の前に、源内とかつてただならぬ仲であったお新にひそかに心を寄せている浪人母衣権兵衛が仲裁に入る。
一方、長屋の井戸端には土居孫左衛門という浪人が妹おぶんと共に住んでいた。2人にとって帰参は夢。だが、それにはどうしても百両という大金が必要であった。そんな時、街で夜鷹が次々と斬られる事件が起こる。犯人は旗本小畑一党。この事実を知った浪人たちは……。
スタッフ
原作:山上伊太郎
脚本:笠原和夫
監督:黒木和雄
音楽:松村禎三
撮影:高岩仁
特別協力:宮川一夫
キャスト
原田芳雄/樋口可南子/石橋蓮司/杉田かおる/佐藤慶/長門裕之/田中邦衛/勝新太郎
のちに「座頭市」を撮るビートたけしが(仮にも勝新太郎御大 出演作なのに)
インチキくさい浪人に憧れているから パンツにコカイン隠しちゃうんだよ
「仁義なき映画論」71ページから引用
と一言で切って棄てた時代劇だ。 なんと的確な冷静な評論なのだろうか。
(私自身がファンである黒木和雄の監督作品だが、否定はできない。)
とりあえず
赤牛弥五右衛門=勝新太郎と荒牧源内=原田芳雄が、やりたい放題する映画だ。
冒頭の掛け合い(アドリブ)だけで、二人だけの世界にinしている。愛し合っているというか、じゃれ合ってるようにしか見えない。イチャイチャしている。
監督の黒木和雄は、原田芳雄の主演映画を多数撮ったし、勝新主演のテレビドラマ「座頭市」も何本か演出している。ウマがあった、というか、好きにさせることができた、と言うべきだろう。
この二人に石橋蓮司、田中邦衛も加わって、四人のおっさんが最後、旗本相手に立ち上がる。ゴールデン街にある様なやたら騒がしい居酒屋に屯っては、酒浸りの鬱屈した日々を送っていた中年男子たちの怒りの爆発。それは実にアナーキーで、矜持も何にもない、やぶれかぶれで覇気に満ちたものだ。
ともあれ。勝新太郎と原田芳雄、「日本を代表する独りよがりの俳優」二人が好きなファンにはたまらない映画。 客層が、どれだけ存在するかは…問うまい。
夢よもう一度を願う男。 若松孝二「われに撃つ用意あり」。
かつて全共闘闘士だったスナックのマスター郷田が、20年続けてきた店を閉めるその日、一人の女が逃げ込んできた。名はメイラン。どうやら、警察とヤクザの両方に追われているらしい。郷田と元同士の律子にとって、彼女との出会いが大きく運命を変えることになっていく――。
数々の映画賞を独占し、益々円熟した演技の原田芳雄と桃井かおりに、香港の人気スター ルー・シュウリンを加え、男と女の鮮烈なバイオレンスシーンが展開。鬼才・若松孝二監督が、不夜城・新宿を舞台に非情な世界へ立ち向かう人間たちを描いた野心作。
スタッフ
原作:佐々木譲
脚本:丸内敏治
監督:若松孝二
キャスト
原田芳雄/桃井かおり/ルー・シュウリン/蟹江敬三/斉藤洋介/西岡徳馬/石橋蓮司/磨赤児
松竹DVD倶楽部 から引用
「夢よもう一度…」 という溜息しか出ない。若松孝二が20年前の「全学連」の夢に懐古している:いたたまれないし、正直、ダサい。
マスターの店は、新宿・歌舞伎町にある。
新宿が「新しい文化に敏感な若者の溜まり場」だったのは、70年代のはなし。
本作の舞台である90年代において、すでに文化の中心部は渋谷や池袋に移ってしまっている。かわって「不夜城」のイメージに塗り替えられる頃だ。
「クニの中心を取ってやる!」というべき覇気を、新宿や店の運命と共に失ってしまったのだろう:原田芳雄演じるマスター郷太は、なんとなく、終わることを良しとする気分を、顔に漂わせる。(厳つい顔とは対照的に、最後訪れた顔馴染みの客たちに甘える姿が印象的だ。)
感傷に浸ってるんじゃねえ!甘ったれるな!
と中盤、昔とった杵柄(学生闘士風にいうならゲバ棒)でヤクザに立ち向かう。銃撃戦の果て、救えたのはメイランひとりだけ。ちっぽけな勝利に、マスターは勝手に満足して、勝手に静かに死んでいく。
原田芳雄のPVに徹した本作。 これはこれで良い。
この後「いつかギラギラする日」で主役を食う男の最終形態:バスジャックが似合いすぎる黒マントの男を演じる。
総じて、この頃の原田芳雄は、無理にでも「若くて、エネルギッシュで、ギラギラしてるジブン」を意識して演じていた(製作者もそれを期待した)気がする。
それが、ミレニアムに(前述の黒木和雄と組んで)製作された「スリ」では、
同じ歌舞伎町を生きる男でも、印象が全く変わる:何というか、枯れている。
相変わらず「主役は俺だ」とぎらぎらしているのだが。
世紀末裏ぶれた新宿が似合う男。 黒木和雄の「スリ」。
電車専門でアル中のスリ:海藤(演:原田芳雄)、彼を追いかけることを生きがいにするヒラのベテラン刑事:矢尾板(演:石橋蓮司)、海藤と同居している娘レイ(演:真野きりな)、レイに一目ボレして海藤に弟子入りする一樹(演:柏原収史)、海藤を断酒会に誘う同類のお嬢様・鈴子(演:風吹ジュン)。
物語は、彼らが何となく集い、何となく散り散りになっていく
そんな、永島慎二の「フーテン」的な物語だ。
本作出演時の原田芳雄は還暦。にもかかわらず削げた顔が、強い印象を残す。
(顔がドッジボールのように丸くなってしまった石橋蓮司と、対照的だ。)
どこか超然とした雰囲気すら漂わせる彼が、アルコールの毒で指も思うように動かせず、アップアップしている。強い哀愁を感じさせる。
黒木和雄は、ワンポイントで役者を使うのが上手い。香川照之、平田満。出場は控えめだが、彼らと海道の間の会話が、映画にふくらみをもたらしている。
世紀末の新宿の鬱屈した空気感、カオス的なエネルギーが消滅していく瞬間、転落していく人々の不安感、というものを見事に捉えている。
もちろん、最後は悲痛だ。
指をへし折られた海道は、それでもプラットフォームに立ってスリに挑む。不慣れな手つき、それが駅員に発見されて…
原田の無言で浮かべる表情、誇りをへし折られた男の顔、絶叫に近い、それだ。
底辺というものが、「哀感」から排除されていく、一つ前の時代のはなし。
以上、駆け足で4つの作品を紹介した。
もちろん、原田芳雄主演作には、もっとラディカルな作品が存在しまして。
黒木和雄が監督を務めた一連の野心作が、それだ。
「竜馬暗殺」「原子力戦争」「Tomorrow 明日」「美しい夏 キリシマ」「父と暮らせば」。
登場人物全員の浮遊感、所在のなさ、所在を求めて漂い、焦り、自滅して再生する、そのすべてを映像の中にかっちり収める。
結果、取捨選択ばかりが先行する現代のカメラワークには見られない、空間の広がり というものを感じさせる。
その中で、原田芳雄の持つアナーキーさ、所在なさが、作品全体を支配する。
ここに黒木和雄と原田芳雄の本気がある。 また、場を変えて紹介したい。
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